(総集編)アンバランスでテンプレートな学園ラブコメ

(1)


 いつもと変わらない日常。

 いつもと変わらない教室。

 今日もまた、そこで、いつもと変わらない学園ラブコメが行われる。


「それでは、出席を取ります」


 私、西條彰人(さいじょうあきと)は、出席簿を手に持ちながら、教壇から教室内を見渡す。

 後方には各自の荷物置き場になっている棚と、私の背に位置する物より一回り小さな黒板が壁に掛かっている。窓側の端には掃除用具等が入っているとされるロッカーが一つ。

 そんな教室に規則正しく並べられた机には生徒達が座っているが、はっきりと顔が見える生徒は三人だけ。

 高峰碧(たかみねあおい)、平内美希(ひらうちみき)、皇椿樹(すめらぎつばき)の三人だ。


 そんな室内を眺めながら、一人一人点呼をしていく。

 点呼はある順番に従って行われる。一番最初に呼ばれたのは、高嶺碧だった。


「はい!」


 とても元気の良い、よく通る声が教室内に響くと共に、ガタッと音を立てて碧が椅子から立ち上がる。

 その勢いで、窓から差し込む光を受けてきらきらと輝く少し茶色がかったショートの髪がサラリと揺れる。よく整った顔立ちの中でも一際目を惹く、くりっとした大きめの瞳が真っ直ぐに向けられ、俺を射抜く。


「……別に立ち上がらなくていいですよ?」

「あ、はい。えへへ、つい……」


 恥かしげに微笑を浮かべながら、ゆっくりと着席する碧。


「続けて……」


 碧がしっかり着席したのを確認してから、次に平内美希の名を呼ぶ。


「はい」


 点呼に、着席したまま少しだけ手を挙げ、静かに返事をする美希。

 彼女は、白髪にも見える位に色素の薄い銀髪セミロングで、大体いつも少し眠たげな表情をしているのが特徴だ。ぼーっとした表情をしている事が多い為に気付きにくいが、この子も顔立ちが良く、美人の部類に入る女性である。


「では続いて……皇椿樹」

「は、はい……」


 蚊の鳴くような、とても小さな声が聴こえる。それは他に物音がしていない教室内であっても、注意しないと解らない位の声量だったが、さすがにもう慣れたので聴き逃すことはない。

 声の主は、いつも落ち着いた色合いの着物を着ており、その着物と、彼女の持つ長く伸びた鮮やかな黒髪の対比が、何とも言えない優雅さを醸し出している。


「ちゃんと返事出来ましたね。偉いですよ、皇さん」

「あっ……はい……」


 椿樹は自分から声を出す事がとても苦手な人なので、しっかり声を出せた時には褒めてあげる事にしている。

 私の言葉に、若干俯きながら返事をする椿樹。そんな私達のやり取りの様子を見た美希が、少しだけ眠そうな眼を開きジトっとした視線を俺の方に向ける。


「あれ? 碧や椿樹には一言あって、あたしには無し?」

「いや、そういう訳では……」

「じゃあ、なんか言って? あたしにも」


 責めるような、強請るような、何とも言えない眼を向けてそんな事を言う美希。

 すると碧が「あーっ!」と、にやにやとした意地悪い笑みを浮かべながら美希の方を向く。


「美希ちゃん、自分だけ何も言われなくて妬いてるんだぁ……かっわいいー!」

「ばっ、ちがっ……そ、そんなんじゃない」


 碧の指摘が図星だったのか、顔を逸らして明後日の方を見る美希。反応や態度で、感情が解り易すぎますね。


「あー……平内さん?」

「……あによ?」


 少し不貞腐れた感を出しながら返事をする。それを受けて私は、何だか可愛いななんて内心思いながら、微笑みを浮かべる。


「今日は遅刻しませんでしたね、平内さんも偉いですよ」

「あっ、うっ……何あったりまえの事言ってんのバカ……」


 そんな風に悪態を吐きながらも、表情がニマニマと笑顔の形になっている辺り、やっぱりとても可愛らしいなと思ってしまう。


「ふふふっ、良かったね美希ちゃん……あ、あれ? でもこれってボクだけ褒められてないんじゃ……」


 ……気づかれましたね。

 これも教師の役割とは言え、色々人を……それも、三人揃いも揃って美女と言える彼女らを褒めるとか、精神的に結構ハードル高いんですよ?


「高峰さんも、いつも元気で見ていて明るくなりますよ」

「う、うん! ありがと!」


 私に褒められて満面の笑みを浮かべる碧。彼女を見てると実家で飼ってた人懐っこいチワワを思い出す。


「ふふふ、碧さんも美希さんも良かったですね」


 碧と美希の様子を見て、彼女自身も笑顔になりながら、本気で喜ばしい事の様に椿樹が言う。こういう所は、椿樹の心根の良さが滲み出ていますね。


 そんな三人のやり取りを眺めながら、私はふっと心の中で浮かんだ罪悪感に胸を刺される。


 高嶺碧、平内美希、皇椿樹。

 私がこの三人を内心で名前呼びをしているのには訳がある。

 それは、この三人が、私の恋人だから。


 浮かんできた複雑な思いを胸の奥にしまい込み、視線を教室の壁掛け時計に向けると、既に思った以上に時間が過ぎていた。

 そろそろ、一応授業を始めないといけないですね。


「では、そろそろ授業を始めますよ?」

「「「はーい(はい)」」」


 今日も、変わらない日常が始まる。


(2)


 キーンコーンカーンコーン。

 授業がの終わりを告げるチャイムが鳴ると共に、私は手にしたチョークを黒板に打ち付ける動きを止める。


「それでは、今日はここまでにしましょう」


 綺麗な黒板に背を向け、三人の方へ向き直り、新品のチョークをチョーク入れに戻しながら、そう告げる。


「やったー! やっと終わったー!」

「碧、あんた本当に勉強好きじゃないのね」

「身体動かせないのは退屈なんだもん!」

「ふふふ、碧さんは座学の時間だと本当に退屈そうにしていますものね」


 碧の叫びに、美希は呆れ、椿樹が笑う。

 二人の言葉通り、碧は身体を動かす体育以外の授業はいつもつまらなさそうにしている。彼女はその性格や言動のイメージに違わず、頭より身体を動かす方が好きなようで、成績は悪くは無いものの、授業態度はあまり良いとは言えない……寝てる時もある位ですからね。

 そんな授業態度を美希や椿樹にからかわれたりしているのだけど、そういう時は、普段は出席を取った時のように話す声が異様に小さい椿樹も普通に聴き取れる声量で話をする。

 まだこのクラスが出来たばかりの頃の、一番声の出なかった初期の彼女を知っている身としては、その成長が嬉しい限りではある。


「ねぇねぇ先生!」


 そんな昔の事を思い返していると、いつの間にか教壇上の俺のすぐ傍まで、碧が寄ってきていた。本当に犬っぽいですよね、この人。


「なんでしょうか?」

「放課後デートしよ?」

「「なっ……」」


 碧の唐突な提案に、美希と椿樹は驚きの声を挙げる。

 一応それぞれと恋人関係にある事は、他二人には認知出来ないようになっていますが、碧に関しては関係性を人前でも隠そうとしない事が多く、時々こうしてぶっ飛んだ事を他二人の前でも言ったりしてしまいます。


「……ダメ?」


 そんな風に上目遣いで見つめられると、もうだいぶ経つのにドキッとさせられる事がありますね。もう少し自分の美貌を自覚してもらいたいものです、心臓に悪い。


「……今日は無理です。ただ、予定の空きを確認しますから、都合の良い日なら良いですよ?」


 デートをするとなったら、色々準備もありますからね。私の準備も、それ以外の準備も。


「本当!? やったぁー!」


 色良い返事を貰えた為か、その場でぴょんぴょんと跳び跳ねて喜ぶ碧。

 ……そんなに跳び跳ねると、貴女の女性らしい一部位が揺れまくるので、非常に目のやり場に困るんですけどね?


「……せんせー、目がやらしい」

「だ、だめです、そんな見ちゃ……」


 そんな事を思っていると、ジト目の美希と、顔を赤くした椿樹から、私に対して非難の言葉が投げ掛けられます。

 ……何か言うなら私では無くて、現在進行形で飛び跳ねている碧に言って欲しいのですけどね?


「……あれ? みんなどうしたの?」


 いつの間にか落ち着きを取り戻していた碧が、私と他二人の間に流れる雰囲気を察して、頭上に疑問符が浮かんでそうな表情で小首を傾げる。

 この雰囲気の変化を察する事が出来るなら、その意識をもう少し自分の女性らしい身体にも……いえ、彼女は良くも悪くも前しか見えてない性格なので、それは難しいですかね。


「何でもなーい! あきとせんせーが女性の敵で変態ってだけだよ」

「酷くないですか、それは?」


 少しむくれた様子で言う美希に、私は思わず脊髄反射で反応してしまう。無意識にでも目線がそちらに向いてしまった事は、確かに女性には望ましくない反応なんでしょうけども、その言い分はどうかと……


「み、美希さん、何もそこまで……」

「むっ……椿樹はいいよねー、椿樹も結構なモノを持ってるしさぁ」

「え、えっ!?」


 不意に話を振られた椿樹は、自分の胸を抱きかかえる様にして腕を組み、美希の視線から逃れるように身を捩る。

 碧のよりは小振りですが、平均以上に立派なものを持ってる彼女がそんな動きをするものだから、押し潰された彼女の胸が、何とも凄い状態になってしまっています。


「……せーんせー?」

「い、痛いですよ? 平内さん?」


 椿樹のそんな姿に目を奪われた私の様子を察知したのか、控えめに言って鬼や悪魔でも逃げ出しそうな刺すような眼と表情をした美希が、脛をがしがしと蹴り上げてくる。


「ダメー!」

「「!?」」


 そんな私達の間に、叫び声をあげながら碧が全身で割り込んでくる。

 その割り込んできたタイミングが悪くて、美希が放った蹴りの一発が、彼女を掠める。

 しかし碧はそんな事を気にかけた様子もなく、とても悲しそうな顔をして私と美希を交互に見てくる。


「喧嘩しちゃダメ! ね!? 先生! 美希ちゃん!」

「ご、ごめん、碧……ちょ、ちょっとしたおふざけだから……ごめん、ごめんね……ってか、今の痛くなかった? 大丈夫?」

「私は大丈夫だよ。だから喧嘩はやめて、ね?」

「う、うん……ごめん」


 思わぬ形で碧に手を出してしまい動揺する美希を、逆に冷静な様子で彼女はなだめる。そんな彼女の様子に、美希も徐々に落ち着き、怒りと動揺を収める。

 碧は、自分が痛い目や辛い目に遭うことより、他人がそういう目に遭う方が辛いし悲しい……そんな人です。

 状況によっては、人に騙されたり良い様に扱われやすい性格であるとも言えるでしょうけれど、幸か不幸か、此処には彼女を利用する様な人間は居ないので、そういう意味ではこの学校での生活も悪くは無いのかもしれません、彼女にとっては。


「良いよ、喧嘩を止めてくれたら何にも謝る事なんてないから、ね、美希ちゃん?」

「うん……ありがと、碧」


 謝り続ける美希の手をそっと取って微笑みを向ける碧。

 それにつられて美希も微笑む。

 こういう優しさと芯の強さが、碧の良い所なんですよね。

 そんな風に思いながら二人の様子を眺めていた私にも、いつの間にか微笑が伝染していた。


(3)


 授業後にちょっとした一悶着はあったが、とりあえず今日の学園の予定は滞りなく終わり、彼女達は教室を出て、寮に帰っていった。


「……さて、と……」


 さっきのやり取りから、ある予感を覚え、休憩室には戻らず、学園の校舎横に設置されている飼育小屋に向かう。


「ぴょんた、どうしよ……あたし、どうしたらいい?」

「やっぱり此処でしたか」

「!?」


 予想通り、外からは中が覗けない様になっている、普通の学校等にある物よりもとても立派で綺麗な飼育小屋の中に、美希は居た。

 校舎は普通の学校とあまり変わらない内装なのに、この飼育小屋だけここまで立派な物になっているのは、ひとえに平内美希が動物好きだからである。

 此処は彼女の為の場所であるから、特別に用意された物だ。


 私が掛けた声に振り返った彼女の腕の中には、恐らく先程まで延々と美希の弱音や懺悔を聞かされていたであろう、一羽の白いウサギが、抱きかかえられ収まっていた。


「何しに来たんだよ、せんせー……」

「……美希が落ち込んでるんじゃないかなと思いまして」

「っ!」


 私の言葉に、気まずそうな表情で顔を背ける美希。その胸に抱かれたウサギは、そんな美希の表情を、訝し気に見つめている。やはり、そうでしたか。


「うっさいよ!? 大体誰のせいだと思って」

「私のせいですね……すみません」


 美希は、本当はとても根が優しい人なので、先程の様に他者と揉めたりすると、人目の付かない所で自己嫌悪に陥ってしまう事があります。ましてや今回は、図らずも碧に手を挙げてしまった事で、いつも以上に自身を責めてしまっているのでしょうね。

 私は言葉を掛けながら、そんな怯えた大きなウサギみたいにも見える美希の頭をそっと撫でる。


「うっ……う、うん……」


 頭を撫で始めると美希は途端にしおらしくなり、それと同時に安心したような、救われたような表情を見せる。実際、安心しているのでしょうし、自分を受け入れてもらえていると感じられる行為を受けて、気分的にも幾らかは救われているのでしょうね。


 しばらくお互いに無言のまま、撫で続け、撫でられ続けをした後、私はそっと美希の頭から手を外す。

 彼女は少し名残惜しそうな表情をしたけれど、とりあえずは撫でる前よりは落ち着いた様だ。


「……ありがと……ねぇ、せんせー?」

「うん?」


 礼を言った美希が、私の顔を覗き込むように上目遣いで見上げながら呼び掛けてくる。


「あたし、せんせーのそういう優しいところ好き、大好き」

「……ありがとうございます」


 何だかちょっとだけ、熱と言うか圧と言うか、大きな想いを感じさせる視線を向けたまま、美希は微笑みを浮かべてまっすぐ私を見て告げてくる。

 今までも何回か、こんな風に素直に好意をぶつけてくれる事がありましたが、美希みたいな美女にそんな事をされると、慣れる事なんてなくどぎまぎしてしまう。


「ふふふ、ふふふっ……だーいすき!」


 美希は、嬉しそうにそんな恥ずかしい事を言いながら、ウサギを抱えたまま飼育小屋から走り去ってしまう。

 ウサギ、小屋から持ち出しちゃ駄目でしょうが……いや、此処には咎める人も迷惑を感じる人も居ないのですが。


「普通なら、嬉しいことなんだけど、な……」


 さっきの美希からのあからさまな好意を思い出し、嬉しく思う反面、そればかりでは済まない事を改めて考えさせられる。


「……うまくやれているのでしょうかね、私は」


 私の口から洩れたそんな呟きが、静かになった飼育小屋の中に木霊した。


(4)


「彰人先生、今お時間ありますか?」


 廊下を歩いていると、そんな声が後ろから掛かる。

 振り向いてみると、そこには胸の前で教科書らしきものを両手で抱えている椿樹が立っていた。


「今なら大丈夫ですよ」


 今どころか、彼女や他の二人の用事なら、常時都合が空いているようなものですが、一応そう答える。


「勉強を見てほしいのですが……」

「じゃあ図書室が空いているから行きましょう」


 私の言葉に皇は顔を少し赤くして頷き、少し間隔を開けて後ろに寄り添う。


 こうして二人で図書室へ行くのも、もう何回目だろうか。

 椿樹は図書室、美希はウサギ小屋というのが大体の定番になっている。

 それぞれが、思い入れがあったり、居心地が良い場所を選んでいる様で、椿樹の場合は、図書室にて共に過ごす頻度が多かった。

 ちなみに碧の場合はケースバイケースで、実は一番対応に難儀していたりする。


 そんな事を考えている間に、私達は図書室の前まで来ていた。

 戸を引くと、がらがらと音を立てながら扉がスライドする。


「いつものテーブルで良いですか?」

「はい」


 椿樹に確認し、私達は見慣れたテーブルに備え付けられた椅子に腰掛ける。

 私が座るのを見届けてから、続けて椿樹も横に座る。


「今日もよろしくお願いします」

「はい。現国で良いですか?」

「はい」


 答えて椿樹がテーブルに教科書を広げる。

 得意分野が文系な為か、椿樹との勉強はそちらの分野で行われる事が多い。


 勉強中……一冊の教科書を二人で覗き込みながら教えるというのが、図書室でのお決まりのスタイルになっている。

 そして、毎度勉強を教える度に、私の腕に柔らかい感触が当たるのも、お決まりだったりする。


「……」

「っ!」


 ちらりと椿樹の方へ視線を向けると、彼女は私の方を見ており、目と目が合わさる。すると椿樹は顔を真っ赤にして、俯いたり教科書の方へ視線を向けたりする。これもいつもの光景だ。


 先程感じた柔らかい感触というのは……彼女の身体、主に胸部が当たる感触。椿樹は奥手な性格なのに、こういう所は大胆というか思い切りが良い。

 また、他の二人があまり理解していない、色恋に関する過激な話題が出た際等に、椿樹だけが理解しているであろう様子を見ると、言い方はあれですが、椿樹は少しばかりむっつりさんとか耳年増とか、そういうやつなんでしょうかね。


 そんな事を考えていると、教科書を読んでいる振りをしながら、より身体を密着させようとしてくる椿樹。

 ……これが教師と生徒って事でなければ、男としては嬉しい事なんですけどね。


「あ、あれ……?」


 不意に、妙な声を上げる椿樹。

 ……これは……


「……どうしました?」

「なんで私、こんなところに? 確か病室で寝ていたような気が……」


 やっぱりそうですか。

 今回は少々間隔が短かったですね……


「すみません」


 私は謝罪の言葉と共に指を鳴らす。

 すると椿樹は意識を失いがくりとうなだれる。


「段々間隔が短くなってるな……西城先生」


 私と、気を失った椿樹以外には誰も居ないはずの図書室に、初老の男性の声が響く。


「ですね。それでも今の所さしたる問題は無いですが」

「そうだな。引き続きよろしく頼む」


 緊張しているのが自分でも解る声色で返答をする私とは対照的に、抑揚の無い、良く言えば落ち着いた、悪く言えば他人に興味が無さそうに感じさせるその声がした後、図書室内は再び静寂に包まれた。


(5)


 カプセルの中で目を覚まし、身体を起こすと、一人の老紳士が杖を突きながら近付いてくる。


「皇さん、いらっしゃっていたのですか」

「あぁ。あの子の意識がまた乱れたと聞いてな」


 なるほど、お孫さん想いな事で。


「一年と四カ月……前より間隔は短くなっていますが、大きな問題という訳では無いと思います」

「うむ、我らにとってはこの処置しか希望が無いのだ。よろしく頼むよ」


 私が今いる部屋には、私が入っているカプセルとは別に、三基のカプセルがある。

 そこにはそれぞれ一基に一人、女性が入り眠っていた。

 その三人とは……高嶺碧、平内美希、皇椿樹。


 何故彼女らや、私がこんなカプセルに入っているのか?


 事の起こりは、十年前程に起きた新種の感染症の発生。

 凶悪な症状をもたらし、致死率が異常に高く、感染力も強く、明確な治療法が無いという質の悪い物で、世界中で数多くの死者が出た。

 そしてこの感染症の特徴の一つが、二十歳までの若者にしか感染しないというものだった。


 この感染症により、沢山の若者が亡くなっていった。

 だが、犠牲を糧にし、人類の英知はついにこの感染症への対処法を確立する。


 その対処法が……


「まるで御伽噺ですね」


 恋をする事。


 まだ完全に解明されてはいないが、恋をする時に発生する脳内物質が作用して、その感染症の進行を抑制し、場合によっては完全に抑え込んだりするケースがあるらしい。


 今、この三基のカプセルに入っている三人は、それぞれ高嶺碧と平内美希が十六歳、皇椿樹が十七歳の時にその感染症に感染した。


 彼女らが他の感染者と違って恵まれていたのは、それぞれの家が、大企業だったり財閥の家であったという事。

 世界に名だたる大企業である高嶺重工の一人娘と、歴史も実力もある名家である平内財閥と皇財閥のお嬢様二人。

 彼女らの家は、自分の身内が感染したと判明するや否や、積極的に対処法の研究にその莫大な財力を費やし、そして完成したのがこのカプセルだ。


 このカプセルは、中に居る者のバイタルチェックを常時行いながら、一種の仮死状態にして眠らせ、感染症の進行を遅らせつつ、備えられたVR機能で仮想の世界で生きさせる事が出来るという代物。


 そんな、SFにでも出てきそうな装置を、三家が共同出資・開発をして作りあげ、それに三人の令嬢が入れられ、そこから十年程経ち、今に至る。


「……私もだいぶ歳を取りましたね」


 部屋に備えられた鏡に映る自身の姿を見ながら、独り言ちる。

 私自身もカプセル使用中はその恩恵を受けているため、他の人より若干歳を取り難いのですが、それでも常時入っている訳ではないので歳は取る。

 ちなみに仮想現実の中では、私も彼女らもカプセルに入った時と同じ容姿のままで過ごしている。


「それにしても、未だに現実味が無いですね」


 私は、先程まで自身が入っていたカプセルを見る。


 このカプセルにVR機能が付けられた理由……それは、開発中に、恋愛による分泌物が感染症に効果があると判明したからで、その研究成果を聞きつけ急いで取り付けられた。

 要は、病の進行を遅らせつつ、可能であれば病気を退治しようとした訳だ。

 そしてそのVRの舞台は、彼女らの年代で最もなじみ深い学校……つまりは学園ラブコメという設定が為された。


 それ故に普通の学校とは違った部分も多々生じている。

 例えば点呼の順番。普通であれば名前順で、皇から始まり高嶺、そして平内の順番になるのですが、この世界では高嶺から始まり、平内、そして皇。

 これは、このカプセルを開発する際に高嶺重工が主導で技術開発をしたからで、次いで出資額が一番多かった平内家、最後に皇家と、話し合いの末に決められたという経緯がある。

 大事な娘達の生死が掛かっているというのに、序列やら何やらを気にしてああでもないこうでもないと言い合うのは、私みたいな一般人には理解に苦しむ事です。


 ともあれ、そうして彼女らを保護・治療する為の環境が整えられた訳ですが、しかし、機能が付けられたのが開発の後半も後半で、急ごしらえであったため、一つの問題が生じる。

 それは、教師役として誰かもう一人このカプセルを用いてその舞台に入らないといけないという事。


 そこで白羽の矢が立ったのが、私、西城彰人。


 私は元々教師でも何でもなく単なる精神科医だったのですが、事業で失敗し、その借金を肩代わりしてもらう事を条件に、この三人の教師役として、四基目のカプセルに入る事となった。


 それは別に私に何か特別な要素があったからではなく、カプセルの被験者という意味合いもあった様で、要は消えても構わない、消えてしまいそうな事情を持つ者という事で選ばれた感じでした。


 ちなみに本職の教師ではなく精神科医が選ばれた理由としては、彼女らに精神面で何かあった時に、専門家の方が対処をしやすいだろうという理由だとか。

 仮想の学園生活に適応させる為に、彼女らの認識も色々と弄っているらしく、ふとした際にその認識と現実のズレを感じパニックを起こす事がある。先程の椿樹の様に。

 さしづめ私は、緊急時のストッパーとかブレーカーとか、そんな役割でしょうか。


 そんな生活をしてもう十年程。

 彼女らの中には巣食う病魔は未だに残っており、この生活はまだまだ続きそうだった。




「出席を取りますよ……高峰碧」

「はい!」

「平内美希」

「はーい」

「皇椿樹」

「はい……」


 今日も今日とて、三人はいつも通りだ。

 点呼を終えた私は、常日頃と変わらぬ彼女らの様子を見てほっと一息つく。

 特に椿樹に関しては、先日の件もあり、記憶の混濁や精神の状態への影響が懸念されていただけに、普段通りという事は喜ばしい。


 本来なら、二十六・二十七歳になっている彼女達。

 そんな彼女達だが、ここではずっと学生のままだし、感染症の対策として、私に恋する女子高生という設定を延々と繰り返す。


 果たして、そんな生き方で、彼女達は生きていると言えるのか?

 そんな風に自問自答する事も、たまにある。

 けれども、こんな歪で狂った関係であっても、十年も関わってきた彼女達に情が移らないほど、私は薄情な人間じゃない。


 出来うる事なら生きていて欲しいし、生かしたい。


「あぁ、高嶺さん。この前のデートの件なんですが、平内さんと皇さんから提案があって、どうせなら四人で一緒に遊びに出かけないかという事なんですが、どうでしょうか?」

「えぇー! それじゃあ課外授業みたいになるじゃん!」

「碧、抜け駆け禁止」

「(こくこく)」


 美希がニヤニヤと笑みを浮かべながらそう呟き、椿樹がうんうんと頷き、碧が頭を抱えて悶絶する。


 ……まぁ、こんな風に彼女らと共に生きるのも、悪くないかもしれませんね。

 彼女達の微笑ましい光景を眺めていると、何故かそう思えてくるから不思議だ。


 もしかしたら、私の方が恋してるのかもしれないなと、ふと思う。

 この現実と隔てられた世界で、彼女らと共に生きるという事に。


 いつもと変わらない日常。

 いつもと変わらない教室。

 今日もまた、そこで、いつもと変わらない学園ラブコメが行われる。


 現実とは違う世界で、心と身体がアンバランスな彼女達と、テンプレートな学園ラブコメを。

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アンバランスでテンプレートな学園ラブコメ ロウ=K=C @Low-k-c

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