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博士の
(博士は何を食べているのかな)
固形栄養を
「
潮風にわずかに雨の匂いが混じりはじめた昼下がり、邸の扉が叩かれた。白衣を着た、三十代前半くらいの女の人だ。栗色の巻毛と
「いつものワクチン、持ってきたわ」
楓博士はちいさく笑って、左手に
ぼくたち《オルタナ》は、製造の過程で、免疫系の一部を抑制されている。いつか《シヴィタス》の部品になったときに拒絶反応を起こさないようにするための処置だ。同時に、ぼくたちを《マリアの子宮》の管理網から外へ出さないための
「あなたが来られたということは、博士はしばらく戻らないんですね」
応接室で、向かい合って座る。注射器の準備をしている楓博士に、ぼくは訊いた。
「そうね、三日くらいは研究室に缶詰かな」
楓博士の指先には、小さなバイアル。透明な薬液の中に、暖炉の炎が溶けて、ゆらゆらと茜の光で綾取っている。
「じゃ、腕、出して」
「はい」
ぼくは羽織の袖を
「あの……」
透明な茜の光がぼくの中に注がれていくのを眺めながら、ぼくは楓博士に言ってみた。
「毎回、来ていただくのも、ご足労ですから、在庫を置いていってもらえたら、自分で打ちますよ」
「だめ」
「え?」
「これは私の役目だから」
あなたが気にする必要はないのよ、と、楓博士は
「じゃ、また来るわね」
ひらりと手を振って、楓博士は《マリアの子宮》に戻っていった。海から吹き上がる風が、ひゅうひゅうと街を冷やしていく。暖炉の
腕に残った博士の跡を、そっと、なぞる。薄い皮膚の下で、ぼくの血は、とくとくと命を刻んでいる。指先に感じるぬくもりに、ぼくは微笑む。ぼくの躰は今日も正しく整えられ、ここでしあわせに生かされている。
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