report

 親愛なる君へ


 伊シリーズに自我の萌芽が見受けられてからの所感を、君は聞きたがっていたね。最初の個体――数学的に『n』としよう――は、《イノセンス》の投与を、もうひとつの個体に頼んだ。元々、伊群は、他の《オルタナ》と同じく、精神機能の凍結処理がなされていた。そこに、君は〝主を愛せ〟という命令プログラムを上書きした。それが思考回路の混線を引き起こしたのか、原因は定かではないが、伊群は、他の《オルタナ》にはない、意思という種を生み、意志の芽を出し、遺志の実をつけた。『n』のさいごは、なかなか劇的で楽しめたよ。近頃、ほとほと物語に飢えていたからね。味わい深い悲劇だったと思う。それが次の個体――同様に『n+1』としよう――以降も引き継がれることになったのは、君も既知のことだろう。約束と、あれは言っていたようだが、ああいう、ひとのまねごとも、変調の一種なのだろうかね。君の意見が気になるところだ。『n+2』については、君のほうが多くの所見を得ているのではないかな。ただ、青二才のふりをして遊ぶのは、ほどほどにしたまえよ。私も、君のことを言えたものではないが。『n+3』については、しばらく抱かずにおいてみたが、特筆すべき変調はみられなかった。この試行は不要だったな。『n+4』の行動には、いやはや、驚かされた。《オルタナ》も発狂するのだね。これは深刻な不具合として、《カンパニ》にも報告しておいたよ。今後の条件付けや、思考制御、感情抑制の手法を見直す良い資料になるだろうね。最後に、『n+5』についてだが……あれは自慰とみなすべきか、考えあぐねているよ。《オルタナ》に愛玩の要素を付加させた君の開発は、個人的には興味深いが、なかなか頭を抱える事態も多いね。《オルタナ》が、ひとに近づくことに、私は賛同しかねる。《オルタナ》に思考や感情をもたせぬことは、《シヴィタス》に隷属させるために必要なことだが、同時に、彼らに余計な辛苦を味わわせぬ慈悲でもあるだろう。私の言うべきことではないが、君の研究は、いささか残酷が過ぎると、思わざるを得ない。……いや、君を非難しているのではない。むしろ、賞賛しているのだ。君の冷淡さは美しい。ひとでありながら、ひとのような心をもたぬ君を、私は、とても美しいと思う。私は君に、憧憬と、敬畏を、抱いているよ。

 すまない、余談が過ぎたね……ここからは、追伸として、きいてもらいたいのだが……。

 伊群の在庫は、まだあるだろうか。そろそろ男の体でいることにも飽いてきたところだ。しばらく、美しい少女の姿で生きてみるのも一興だと思ってね。そのときは、私の初夜に君を迎えよう。たわむれだと思うかい。私はね、私のすべてを、君に捧げたいのだ。君の研究に協力は惜しまない。だから、ほんのささやかな見返りとして、私を君に捧げさせてほしいのだ。

 愛している。梍。あいしている。

 どうか、私を肯定してくれ。


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