n+3
邸の二階の露台からは、街の風景が一望できた。坂を駆け上がる海風が、わたしたちの
「君たちは、ひとの代わりじゃない」
紫煙とともに、主の言葉が潮風に流れる。わたしに
「ひとなんかの、代わりじゃない」
喉の奥で、主は笑う。
「あんな醜いものの代替だなんて、吐き気がする」
《カンパニ》の連中は何もわかっていない、と主は舌打ちして、イサナの躰を強く抱きしめた。先刻、《カンパニ》から届いた書類に、何か
「君たちは、《機械》の代わりなんだよ」
「《機械》?」
「そう……《隣の国》ではね、君たちの役目は、《機械》が担っているんだ」
うたうように呟いて、主は遠い街の向こうに目を
この国は、平野が少ない。北、東、南の三方を灰色の海に囲まれ、階段状に開拓された土地に黒煉瓦の家がひしめいている。気候は一年をとおして冷涼で、空は薄く曇ったまま、ほとんど晴れることはない。荒海に追われ、潮風に傷んだ、
「……《機械》……」
わたしは西の彼方に視線を移す。海岸から続くなだらかな坂を西へ上がりきったところに、豪壮な黒煉瓦の建造物――《カンパニ》の楼閣は
《隣の国》は、この国とは違って、資源が豊富で、金属もたくさん採れるのだという。わずかだけれど交易はあって、《隣の国》から入ってきたバゲットや
でも、《機械》は、わたしはまだ見たことがない。金属でできているらしいけれど、《オルタナ》と同じように使われるのなら、ひとのかたちをしているのだろうか。わたしたちより、ずっと上手に、義務を果たすことができるのだろうか。需要を満たすことができるのだろうか。
「《機械》には、心がない。意思も、意志も、遺志も、ない。無色で、透明な存在だ。君たち《オルタナ》と同じくね」
そう言って、
「……同じ……」
わたしは主の言葉を
ひとの代わりなら、ひとと同じように扱われるのだろう。
《機械》の代わりなら、《機械》と同じように扱われるのだろう。
わたしたちは、ひとのような心をもたない。胎児の段階で脳を
「心は体を蝕み、やがて、命を滅ぼしていく。私は、君たちが
主の声が、潮風にさらわれていく。主の手が、イサナの
「君たちは、美しい、無色透明の器だ」
主の唇から
「さあ、私を肯定してくれ」
主の言葉が、影にとける。
ふたつの影が、扉の先の薄闇に沈む。
ひらかれていくイサナの躰を見下ろしながら、わたしは《イノセンス》の残りを計算する。
次は、何日、保つだろう。
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