第73話 ベーシックインカムが始まります。

 この先、経済学用語が出てきますが、「労働」「生産」などの読者の皆様に説明が必要ないと思われる単語の説明は省きます。

 村人が知っているのは不自然ですが、いちいち説明しているとテンポが悪くなるので、ご了承ください。

 もし、「この単語分からない」という場合は、感想欄・コメントで教えていただければ、参考にさせていただきます。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「では、一ヶ月後に戻って参ります」

「ああ、期待しているよ」


 本気が感じられる意気込みで、サランドラとその一行は帰っていった。


「スージー、みんなは?」

「広場に集合しています」

「みんなの顔が楽しみだよ」


 アレクセイは広場に向かい、村人に話しかける。


「みんな、初めてのお買い物はどうだった?」

「楽しかったです」

「欲しいものが手に入りました」

「いろんなものを見ることができました」


 聞くまでもなかったが、村人はみな、喜び興奮している。


「よかったね。みんなが言うように、買い物して幸せになった」

「ご領主様のおかげです」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ちょっとお勉強しよう。僕たちがもっと幸せになるために。アシスタントはポーラが勤めてくれる」

「よろしくお願いします」


 ポーラがぺこりと頭を下げる。


「ポーラの賢さはみんな知ってると思う。それに、僕がここに来てから一番勉強したのはポーラだ。彼女ほどの適任者はいない」


 アレクセイの次に詳しいのはスージーだが、彼女に任せると押しつけになってしまう。

 村人であるポーラがもっとも適任だ。

 もちろん、子どもだからと侮る人はいない。


「じゃあ、始めよう。キミたちは今日、3つある経済活動の最後のひとつをはっきりしたかたちで体験したことになる」


 外に暮らす者には必要ないかも知れない。

 閉じた環境で暮らしている彼ら相手には、ここから始めないといけない。


「そのうち2つはみんなも知っている。ただ、それと意識したことはないと思う。ポーラ、教えてあげて」

「『生産』と『消費』です。生産は物を作ること。消費は作られた物を食べたり、使ったりすることです」


 村人はポーラのことを「うんうん」と頷く。

 それくらい、知っていたという顔だ。


 だが、これは大切なことだ。


 新しいことを学ぶには「名前」を与えることが最初の一歩だ。

 なんとなく考えていたこと、よく分からなかったこと。

 呼び名が与えられることで、初めて自覚的に考えることができる。


「そして、最後のひとつ。それは――」

「『交換』です。自分の物を相手に渡し、代わりに相手の物を貰うことです」

「これもみんな、分かってるよね。ただ、交換の意義を正確には理解していないだろう。経済活動で一番大事なのは交換だ。『生産』・『消費』と『交換』の間には大きな違いがある。分かる人は手を挙げて?」


 一方的に教えるよりも、自分たちの頭で考えることが効果的だ。

 アレクセイもスージーと勉強する際には、お互いに質問をし合った。

 質問されることも、質問することも、どちらも物事を理解するのに大いに役立つ。


 さて、みんなの反応はどうだろう?

 みな、キョトンとしている。

 それも当然。村で生きるには抽象的な概念は必要ないからだ。


 種を植えるには、こうすればいい。

 雨の日には、こうすればいい。

 明日は、これをすればいい。


 どれも、具体的な問いだ。

 だが、それだけで十分なのだ。


「分からないときは、相談していいよ。隣の人と話し合ってごらん」


 皆の顔を見回す。

 なんとも、興味深い反応だ。


 子どもはついていけないようだが、大人の誰もが真剣に考え、話し合う。

 さっき、アレクセイが言ったように、考えることは幸せになるために欠かせない。それを分かっているようで、アレクセイは嬉しくなる。

 これほど熱心な生徒を持てば、教師冥利に尽きるというものだ。


 どうやら、村長のアントンと助祭のキリエは分かったようだ。

 だが、二人とも手を挙げない。

 二人には事前に伝えてある。みんなに考えさせるのが大切だから分かったとしてもすぐに答えないで欲しいと。


「一旦、ここで打ち切ろう」


 アレクセイの言葉で、静かになる。


「最初のことなので、まずはアントンに訊いてみよう。みんなの代表だ。アントン、答えて欲しい」

「『交換』は相手が必要です。『生産』や『消費』は一人でもできますが、『交換』は相手がいないと成り立ちません」

「うん。その通りだ」


 「ああ、言われてみれば」と、みんな納得する。

 それと、「さすがは村長だ」と、尊敬の目が向けられる。


「みんなは今日、『お金』と『売り物』を『交換』した。そして、欲しい物が手に入って幸せになった。だが、『交換』はそれだけではない。ポーラ」

「『交換』は『相手も幸せ』にします」

「その通り、商人がなぜ物を売るか。商品の価値以上のお金を手に入れられる」


 売買をしたことがない彼らには、無縁だった考え方だ。


「『交換』はお互いを幸せにする。だから、大切な経済活動なんだよ。より幸せになるには、『交換』が必要なんだ」


 この村は今まで、ギリギリの生活をしていた。

 自分が食べきれない以上の小麦があっても腐らせるだけ。

 小麦を売れば、他の物を手に入れられる――自給自足の閉じた環境では、そんな当たり前のことですら、当たり前でなかったのだ。


 幸せになれると聞いて、村人の顔が明るくなる。

 だがしかし、水を差す用で申し訳ないが、『交換』について、言っておかなければならないことがある。


「ただ、残念ながら、すべての『交換』が幸せになるとは、限らない。そして、もっと残念なことに、みんなは今まで、その不幸せな『交換』をしてきた。分かるかな?」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【お知らせ】


 今後の更新についてですが、毎週更新から書きためて連続投稿というかたちに変更します。


 というのも、今回のように、この先は経済学・政治哲学の話が増えてくるので、毎週、前回の話を思い出すのは大変だと思ったからです。


 具体的には、ウーヌス村はこれから冬に向かっていきますが、冬越し準備まで書き上げてから投稿します。


 なお、執筆ペースは落とさないつもりなので、ご安心ください。


 毎週の更新を楽しみにしていただいた方には申し訳ないのですが、ご了承いただけたら幸いですm(_ _)m


 今後とも『異世界ベーシックインカム』をよろしくお願いしますm(_ _)m

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【第2部開始】異世界ベーシックインカム まさキチ @maskichi13

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