第130話 流石に酷いよね!?

なんだろう……この感じ……


 私は、料理の手だけは休めないように気をつけながら考える。



 ――なんだか煮え切らない、この気持ち――



 本当は、雄二にボウルを取ってもらうつもりだった。だって、その方が雄二と話せる機会も増えるし、何より楽しいから。

 そんなことを考えるのは一度や二度じゃないし、雄二を好きだと分かってからは毎日のように妄想したことだ。


 それを現実にできる、大事な一瞬だったのに……


「……」


 どうして私は、声をかけなかったの? どうして、喉元まで出かかっていた言葉が出なかったの?


 それが、分からない。


 自分のことなのに、なんだか変な感じだ。


 いつもなら、もっと積極的になれていたはず。少なくとも、積極的に声をかけよう、行動しようとは思ってるはず。


 ……なのに今は……


「……明里さん?」


「……あっ……奏ちゃん」


 考え事に夢中になりすぎていたみたい。

 奏ちゃんが私の隣で心配そうな表情を浮かべているのに気がついたのは、そう声をかけられてからだった。


「唐揚げ、もう良さそうですよ?」


「あっ……!! ほんとだ! は、早く火消さないと!!」


 料理の手だけは休めないように、なんて思ってたけど、いつの間にか揚げ始めていたはずの唐揚げはパチパチと激しい音を立てながら油を撒き散らしていた。


「ふぅ……危なかったぁ……」


 なんとか失敗はせずに済んだ……はず。たぶん。


「なにか考え事ですか? 料理の手順とかすごい丁寧だし、2人とも明里さんの唐揚げ楽しみにしてくれてると思いますよ!!」


「奏ちゃん……ありがとう」

 

 やっぱり優しいなぁ……ほんと、私には勿体無いくらい可愛い後輩だ。


 きっと今も、私が料理に不安があると思ってフォローしてくれてるんだろう。


「唐揚げはさ、前に作って失敗してから、色々研究してみたから大丈夫!! ……なはず」


 我ながら、弱々しいガッツポーズになってしまった。


「あはは、ですよね。先輩に自分の料理食べてもらえるチャンスですもんね!」


 チャンス……雄二に、食べてもらう……


 私とは裏腹に、力強いガッツポーズをつくる奏ちゃんを視界に収めながら、煮え切らない思考にふける。


「それもあるけど……唐揚げ、この前作って優也に食べてもらったんだよね」


 思い出すとかなり悲しいけど……すんごい不味かったみたいなんだよね……自分では上手くできたと思ってたんだけど。


「でも、それが結構……いやすごく……? 不味かったみたいでさ」


「えっ、そうなんですか? こんなに美味しそうなのに……?」


 奏ちゃんは、出来立ての唐揚げに目をやりながら、信じられない、という表情を浮かべる。


 たしかに、見た目はいいみたいなんだよね……見た目は。


 でもでも!! 今日のは味もちゃんとしてるはず!! なんてったって――

 

「それから、頑張って練習したから。おいしい、って言ってもらえるようにさ」


 お母さんにアドバイスをもらったり、いろんな動画を見て研究したり。あんなに真剣になったのは高校受験以来かも。


「だって優也、"まずい!!"ってはっきり言うんだよ? 流石に酷いよね!?」


「中西先輩、そんなはっきりと……私だったらその場で固まって動けなくなりますよ」


「……それはそれで見てみたいかも」


「なんでですか!?」


 おっと、ついからかってしまった。ショックに固まる奏ちゃんというレアショットが私の心を動かしたのか。


「……でも、明里さんの気持ちは届くと思いますよ。頑張ったのは、料理にちゃんと現れますから」


「……うん。ありがと、奏ちゃん」


 きっと、大丈夫。あれだけ頑張ったんだから……少なくとも、前みたいな結果にはならないはずだ。うん、絶対そう。


「……でもよかったです」


「え?」

 

「明里さん、何か思い悩んでるように見えたので。でも話していたらいつも通り……いや、もっと楽しそうかも」


「そんな、愉快な女みたいに……」


「……ぷっ、あははははっ! "愉快な女"って……!! あははははっ!」


「……奏ちゃんがツボってる……スーパーレアショットだよ……!!」


「あはははは…………あぁ!! 私の唐揚げ!!」


 ……と、今度は奏ちゃんが慌てたようにパチパチと音を立てる鍋の方へと駆けていった。


 

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