第129話 ……照れちゃいますよ……?
「ん……んぅ……!」
「……」
2人を手伝えることはなさそうだな……と考えていたのはつい先ほどまでのこと。
俺は、必死に体を伸ばしながら足のつま先をぷるぷる震わせている笹森さんを見て、その考えを改めることにした。
「笹森さん、どれとるの?」
「……あ、先輩。えっと、そこのボウルが……」
「んー……あ、これか」
笹森さんが指差す先にあるボウルを手に取り、そのまま手渡す。
「今まであんまり意識してなかったけど……やっぱり先輩も背、高いですね? ……助かりました」
「ははは……まぁ俺も平均くらいだから、あんま言われたことないけど……」
つい誤魔化すようなセリフになったが……仕方ない……! 仕方ないんだ……!!
背、高いね? なんて言われて嫌な気になる男なんていないだろう。平均程度の背丈な俺にとっては、特に貴重なお言葉だ。
しかも……
「な、なんですか? ……そんなに見つめられると……照れちゃいますよ……?」
こんなふうに恥ずかしがられたら、余計に意識しちまう……!! 可愛すぎんだよ……!!
「くぅっ……!!」
「ど、どうしたんですか? 急に変な声あげて……どこか具合が悪いとか……?」
むしろ変な声ぐらいで済んだのだから褒めてほしい。
「……いや、大丈夫。唐揚げ、楽しみにしてるから。頑張って」
それだけ伝え、逃げるように台所を後にする。これ以上笹森さんの側にいたら、逃げ出したい思いと側で反応を見ていたい思いとで激しい葛藤が幕を開けることになる。
「……あ、それから明里も頑張れよ」
リビングに戻りかけた足を止めて、明里にも一声かける。
同じ勝負をしている相手なのだから、笹森さんにだけエールを送るのもどうかと思ったのだが……
「えっ、あ、うん……ありがと!」
俺が振り向いた時、既に明里はこっちを向いていたような……気のせいか?
いつもの笑顔でこちらを振り向く明里を見てそう思い直し、軽く手をあげる。
「おう。じゃあ楽しみに待ってるよ」
……まぁ、たまたまタイミングが重なる時もあるよな。
「……」
……タイミング? タイミングって、なんの……?
「ほら」
そう考え始めた時、そんな声が後ろから発せられた。
でもこれは、明里の声じゃない。これは……
「ボウル。明里も取りたかったんだろ?」
俺がさっき笹森さんに渡したのと同じように、ボウルを片手に優也は明里の側に立っていた。
あいつ、さっきまでリビングにいたはずのにいつの間に……
いやそれよりも、明里もボウルを欲しかったってことか……じゃあタイミングってのは、俺に声をかけようとして……
「あっ……ありがと……でも、よく分かったね?」
「まぁな。なんか物欲しそうにしてたから」
「そ、そんな顔はしてないでしょ!! もう! 出来上がるまで大人しくしてて!!」
「はははっ、どっちだよ? ……まぁじゃあ、俺はリビングに戻るけど。なんかあったら遠慮しないで呼べよ?」
そんな2人のやり取りを、俺は遠目に見ることしかできない。
2人を同時に好きになるなんてとんでもないことになってるからな……やっぱり複雑は複雑だ。
中学時代の時とはまた違う、恋に対する感情。人を好きになることの大変さを身を持って学習させられてる気分だ。
「おい、なにぼーっとしてんだ? 戻ろうぜ」
「ん……あぁ、そうだな」
肩に手を乗せた優也の声で意識を戻す。
こいつも本気ってことだよなぁ……負けてらんねぇ……!!
ぐぅぅぅぅ〜〜っ!!
そうやって頭を使っていたからだろうか。突如として、俺の腹がうなりをあげた。
「あははっ、先輩、もうちょっとですからね?」
「……待ってるよ」
くぅっ……!! 笹森さんの楽しそうな笑顔が今ばかりは見たくない……!!
恥ずかしさに身悶えそうになるのを堪えつつ、急足でリビングに戻った。
その間、必死に笑いを堪えるそぶりを見せる隣の男に腹が立ったが、実際に立ったのは腹の音の方だった。
結局、料理が出来上がるまでは景気良くこいつを叩くこともできなそうだ……
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