第126話 舞台に立ってるんだよ


「……俺? どうゆう意味だ? いやそもそも、戦うっていったい――」


 混乱した頭の中を整理するようになんとか口にしようと試みたが、またしてもそれは憚られた。


「明里が俺の気持ちを受け入れてくれたら……きっと明里は、真摯に向き合ってくれるんだと思う」


「……」


「俺はもちろん、明里に好きになってもらえるよう頑張るし、それは仮に付き合っていたとしても同じことだ。……だがそれは、明里の心のわだかまりを取り去ることにはならない」


 そこまで言って、優也はまたブランコに座り直す。隣に来いよ、ともう一つのブランコを手で叩く。


 それに従うように、俺は優也の隣に腰掛け、話の続きを促す。


「もし、雄二が自分の告白を受けていたら……もし、雄二も自分を好きだったら……そんなことを考えて、苦しめてしまうかもしれない」


 ifの話ではあるが、過去のわだかまりはずっと心に残り続ける。

 そうなったら、それを取り除いて本当の意味で幸せになるのは難しい……きっと優也は、こういうことを言いたいんだろう。


「だったらいっそ……その状況を作り出せたなら……今後何があっても、明里は過去で悩み苦しむことはないと思ったんだよ」


 状況を作り出すことの意味……


 優也に見えている相手……


 そのどちらもが俺の中で理解できた。つまり、優也の目的は……


「……それは、俺と正面から戦った上で、明里と恋愛をする……ってことか?」

 

 そう口にすると、優也は真剣そのものだった顔をわずかに緩めた。


「その方が、後腐れなく次に進めるだろ?」


「……なるほどな。お前の言いたいことはなんとなく分かったよ。明里のことを本気で想ってるっていうのもよく伝わった」


 こいつの大きすぎる気持ち。明里を思いやる気概。


 同じ男として、尊敬に値するくらいなんだと思う。


「……でも、それには一つ問題があるだろ」


 でもそれが成立するのは、大きな前・提・があってこそ。


 真剣みを帯びた表情を再度作り出し、次の言葉を待つ優也に、俺は続ける。


「それは、俺が明里を好きにならないと始まらないだろ」


 優也が口にしたifストーリー。それは全部、俺が明里を好きだったら? という仮定の話。


 だとしたら、俺と戦うということはそもそも成り立たない。俺には戦う理由がないからだ。


「……さっき、お前を試したっていったろ?」


「あぁ」


「その結果をまだ言ってなかったな」


 その言葉の意味を考える間も無く、優也は俺の目を見据える。


「お前は、もう舞台に立ってるんだよ」


「舞台? 舞台ってどうゆう――」


「だってお前、明里のこと好きだろ?」


 間髪入れずにそう口にした優也の表情は、真剣みを帯びてこそいて、どこか楽しげだった。


「なっ……!? どうゆう意味だよ?」


「そのままだ。俺がお前を試すようなことをした結果、それが分かった」


「……なんでそういう結論に至ったのかを訊いてんだよ」


 このままでは埒が開かない。優也には確たる根拠があるのかもしれないが、俺にはそれが分からない。

 そもそも、俺が明里を好きだなんてことはあり得ない。それはこいつも分かってるはずだろ。


 だって俺は……


「奏ちゃんのことが好きだからか?」


「……あぁ」


「別に、同時に2人の人を好きになる、なんてこともあり得なくはないだろ」


「……だからって、俺が明里も好きな理由にはならないだろ」


 俺がそうつっこむと、優也は頭の中を整理するように一呼吸し、ブランコに座り直した。

 吐いた息は白く、まるで熱い湯から出る湯気のように、すっと消えた。


 もう秋だ。しかも夜ともなれば、気温はだいぶ下がってくる。

 それでも、そんなことは気にならないと言ったように、優也は脚に曲げた腕を乗せ、手を絡める。


 恋愛に関して関心がなく、一見冷めているように見えていたが、その実熱い思いを胸に秘めていた男。

 そんな優也が隣にいるからか、不思議と俺も寒さがあまり気にならない。


「お前、俺の告白を明里が保留にしてるって聞いて、どう思った?」


 それは……どうして俺に好きだと言っておいて、優也への答えを保留にしてんだって。


 俺に好きだと言ってくれたのは……嘘だったのかって。


 そんな事はないと分かっていても、明里を疑ったし、そんな不義理な自分も嫌になった。


 でも、優也の告白を保留にしたという事実を裏付けるように、優也と親しくなっていく明里を見て……


「俺は……」


 そこで、俺の口から出るはずの言葉は詰まる。

 その先を口にするのが、どうしようもなく怖い。


 左手で右手を握り込む。それでも、わずかに震えているのが分かる。寒さのせい……ではないんだよな。

 

 優也は、答えは既に分かっているぞ、そんな表情だ。


 それでも、その答えは口にせず、俺の口から聞けることを待っている。


「……嫉妬、してたのか……?」


 言葉にして初めて感じられた、親友の想い人への確かな悪感情。


 それなのに横の親友といったら、どこか満足げな笑みを浮かべている。


「別に、お前が申し訳なく思う必要はねぇよ。そもそも、俺がそう気づくように仕向けてんだから」


「……」


「悪かった」


 優也はそう言うと、体をこちらに向け、深々と頭を下げる。


「なんでお前が……」


 一度明里の告白を断っておいて、自分本位なことを言い出してるのは俺なのに。


「お前は、明里のことで悩んだろう。今まで、ずっと1人で。……俺は、明里に悩み苦しんで欲しくないとか言っておきながら。それは、お前に対しても例外じゃないのに……」


「……優也」


「さらにこれはわがままなんだが……お前の抱いている二つの恋……どうにか乗り切って欲しい」


 心を込めて、本心からそう言っているのが伝わってきた。


 でも……


「……ぷっ、ははっ、あはははっ……!!」


 なんだそれは。二つの恋? 


 新たに感じた、明里を想う気持ち。


 前からずっと、向けていた笹森さんへの想い。


 この2つを攻略しなければ、俺にその先はないってことか。


 さっきまでとは打って変わって、ぽかんと口を開けて驚きを隠せていない親友へと、目を向ける。


「おもしれぇ……!!」


 驚きもあるが、それよりも自分の気持ちの正体が分かって清々しい気分だ。

 しかも、この先やらなきゃいけないことがはっきりしてるってんなら、やるしかねぇ。


「面白いってお前……乗り切って欲しいとは本気で思ってるが、2人の人を好きになって、その気持ちの整理をするってのは簡単じゃねぇだろ」


「でも、それをしないと先に進めないとも思ってんだろ?」


「……それは」


 こいつは明里に悩んで欲しくない、なんてことを言って、俺には悩ませたと言っているが、本当はそれだけじゃない。


 このまま、俺の内に眠っていた感情を放置していたら、それこそ俺が苦しむと分かっているんだ。


「ありがとな。お前のおかげでこの先の目処が立ったわ」


「……ははっ、まさかそんな事を言われるとはな。怒られこそすれ、感謝なんてされると思わなかったわ」


「よく言うぜ。俺がこう言うかもしれないとは思ってたんだろ?」


 時折楽しそうな笑みを浮かべる時があったからな。そんな視線を優也に向ける。


「そこまで分かってんのか」


「お前との付き合いも長くなってきたしな」


 ほんと、幼なじみとかでもないのにな。こんなに一緒にいる時間が増えるとは思わなかったな。


 そう思うと、なんかおかしくなってくる。

 こみ上げてくる笑いを誤魔化そうと、土を蹴ってブランコを揺らす。


「ははっ、違いねぇ……なっ!」


 俺に習うように、ブランコを大きく揺らし始める優也。


 そのまま横目で俺を見ながら、いつしか聞いたような事を口にする。


「ただ…… やっぱりお前には負けない。絶対にだ」


 やっぱりどこか楽しそうに口にするその姿は、なんだか絵になっているな、なんて思わされた。


 

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