第124話 ……なぁ、今日一緒に帰らないか?


「はっはっは!! 朝から楽しそうだなー、お前ら」


 教室。席についた俺は、今朝の出来事を優也に話していた。


「笑い事じゃねぇよ……見ろよこの顔」


「それも含めて面白れぇ。はははっ」


 赤く腫れた俺の頬を見て、より一層笑みを深める優也。


 少し控えめな手の形に跡のついた頬は、さっき笹森さんから授かったものだ。


 少しからかいすぎてしまったな。笹森さんと教室の前で別れるまで口を聞いてもらえなかった。

 いや、ただ恥ずかしがってただけな気もするが……まぁともあれ、朝から笹森さんの色んな表情が見れてハッピーではある。


「お、来た来た」


 優也がそう言って体を翻し前を向くと同時に、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。


「はぁ……号令……」


 ドアを閉め、教壇まできた松中先生は、ため息を一つこぼし、朝の挨拶を促す。


 ……いやダメだろ。なんで普通に教室着くなりため息ついてんのこの人。秋になってもブレねぇな。


 今日の日直(田中)が「きりーつ、れーい」と声をあげ、みんな一斉にガタガタと音を立てながら椅子に座り直す。


「えー……残念なことに、文化祭が来月まで迫っている」


 教師が学校行事を残念とか言っちゃうのかよ。


 いつにも増して気だるげに口を開いた松中先生には何か思うところがあるらしい。


「あれ、衛生面がどうのとか色々めんどくせぇんだよな……はぁ……」


 いや理由それかよ!! てか声に出てんの気づいてんのか? いやなんかもうどっちでも構わないって雰囲気だな。

 

 人目を気にするでもなく本日二度目のため息をつく松中先生を見ていると、今日もホームルームが始まったという実感が湧いてくる。


 こんなんで一日の始まりを感じたくはねぇなぁ……


「……というわけで、明日の5時間目は文化祭についての話し合いをすることになってしまった。みんなそのつもりで、色々考えといてくれ」


 松中先生はそれだけ伝え、「ほかに連絡事項はあるか?」と問いかける。


 一通り教室を見渡し、誰も名乗り出ないことを確認すると、田中に号令を促した。


「きりーつ! れーい!!」


 先ほどよりも威勢の良いように聞こえたその声は、文化祭への期待の表れか。


 まぁ、教師からしたらめんどくさい学校行事でも、俺ら生徒からしたら楽しい思い出のひとつだよな。


 ホームルームを終え、みんな思い思いに席を立って話し始めたのをちらりと目で見た松中先生は、かすかに息を漏らしながら教室を後にした。


 ……めんどくさいと思ってるのは教師なんじゃなくて松中先生だけなのかもしれない、なんてことを頭の片隅で思い浮かべた。





「去年て何やったんだっけ?」


「ジュースだろ。市販のにアイス乗っけたりして売った」


「あー、あれ結構人気だったんだよね。今年も何か屋台やるのかな?」


 1時間目と2時間目の間。休み時間になって俺らの席に来た明里に、優也は「そうかもな」と僅かに期待を乗せた声で応える。


 文化祭は来月の最初の方だ。この話題が出ることはあまりなかったが、朝松中先生から文化祭の話が出たことで、みんな実感が湧いてきたんだろう。

 

 ここに限らず、周りは文化祭の話でもちきりだ。


「……文化祭っていうと、告白とかそう言うイベント発生が定番だよな」


「おぉ……どうした急に。お前が色恋ネタの話を持ち込むなんて珍しい……」


「……まぁ、ちょっと思いついただけだ」


 お前が言うな、とは思ったが心に留めておく。


 文化祭にかこつけてこんな話をし出すのには訳がある。



 ――明里は本当に優也からされた告白の返事を保留にしてるのか?――



 これを明らかにしなければ。


 もし本当に保留にしていて、優也と話すうちに気持ちが傾いて……


「……」


 ……傾いていたら、どうだっていうんだ? 俺は明里の告白を断り、明里の気持ちの行き先を塞いだ。

 だったら、新しい気持ちの行き先を見つけた明里を祝福すべきで……


 あぁもうわけわかんねぇ……


「告白……文化祭で告白っていうのもロマンチックだよねぇ……ちょっと憧れるかも」


「そういうもんなのか?」


「そうだよ。気分も高まってるだろうし、マンガとかアニメでもよく見るから、女子も結構憧れる人多いんじゃない?」


「……なるほど」


 自分で話題を振っておいて黙りこくってしまった俺の代わりに、優也と明里が話を広げてくれる。

 

 ……結局、1人で考えても限界があるよな。



 ――はっきりさせないと――



「……なぁ、今日一緒に帰らないか?」


 文化祭でのことを考えているのか、目線を僅かに上げていた明里に、そう告げた。

 これだけではいきなりすぎてよく伝わらないと思い、「ちょっと相談があってな」とだけ付け足した。


 俺が明里だけを見て話していることに気づいたらしい明里は目線を下げ、不思議そうに首を傾げる。


「相談? 私に……?」


「あぁ……帰り道で話す程度のもんだからそんなに時間は取らせないから」


 少しでも応じてもらえる可能性を残そうと、そんな補足をする。


 今、この流れで。


 明里との時間を作る。


 そして……俺の頭を支配するように増幅していくもやもやした思いを晴らす。


 そんな思いを内に閉じ込め、明里の返事を待つ。

 少しして明里は、そんな俺の思いなど吹き消すように、いつも通りの笑顔を浮かべた。


「雄二が相談とか珍しいし。全然良いよ」


 そう明里が答えてくれた直後、2時間目の予冷が鳴り響いた。


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