第123話 せんぱぁい!!


「お、おはようございます!!」


 周りでは、自分と同じ制服を身につけた多くの学生がカバン片手に歩いている、そんないつもの通学路。

 例に漏れず俺もカバンを片手に歩いていた時。


「ん? あれ、朝会うなんて珍しいね? おはよう、笹森さん」


 背後からかけられた聞き覚えのある声に、内心ドキッとしながらも努めて平静を装い、そのまま振り返る。


 優也には前を向け、みたいなこと言われたけど……いざ顔を合わせるとやっぱり緊張すんな……


 何も考えず学校への道を歩いていただけに、まだ心の準備ができていない。


「あ、朝!!」


「あ、朝……?」


 意を決したように声を張り上げる笹森さん。


 その姿がなんだか意外で、思わず聞き返す。


「会うなんて珍しいですね!!」


「それ、さっき言ったよ……?」


 スカートの裾を両手で掴みながら、力強く言い放ったが……


「えっ、うそ!? いやっ、でも……お、おはようございます!!」


「あぁ、うん、おはよう……」


 もうやけくそとばかりに捲し立てる笹森さんに若干押され気味になる。


 もっと、なにか俺が気付けていないだけで、笹森さんにも変化があったのかとも思ったりしたけど……


 なんかあんま変わんないな。


 いや、これを変わんないと表現するのも失礼だけども。


「……ふっ、ふふふっ……!!」


 そんなことを思ったら、なんだか余計なこと考えてた自分がバカらしくなって、笑えてきてしまった。


「ちょっ、ちょっと先輩……!! 他の人もいるんですから、そんなふうに笑わないでくださいよ……恥ずかしいです」


「あはは、ごめんごめん。なんか、いつも通りだなって」


「えぇ……なんですか、それ。それだといつもの私がアホの子みたいじゃないですか」


 自覚はあったんだな……まぁそうは言っても、ちょっと抜けてるような所も可愛い魅力の一つになってるんだけど。


「いいじゃん、俺はそんなとこもかわいいと思うけど」


「〜〜〜〜っ!! だからぁ……うぅ……!! 勘弁してくださいよ……」

 

 いつもの間にか一緒に学校に行く流れになっていたのか、笹森さんは俺の隣を歩きながら、そう訴えかけてくる。


 赤く染められた頬が、熱気を帯びているようにさえ見える。


 他の生徒たちが、こっちにチラチラ視線を向けているし、注目させてるからなぁ。

 そもそも笹森さん、ただでさえ可愛いのに、あんなドジっ子ぶりを見せられたら、いやでも注目を集める。


 まぁともあれ、一緒に登校してくれるってことは、少なくとも嫌われたとかではなさそうだな。いやそもそも、朝にわざわざ俺を見かけて声をかけてくれた時点でそうゆうとこになるのか?


「ん?」


 また1人で歩いていた時のようにぼけっとし始めた時。

 隣を歩く笹森さんが、俺の方を見上げていることに気がついた。


「あの、先輩は……その……わ――」


「あれ、奏ちゃん!」


 笹森さんがなにか言いかけていたんだけど……ちょうどそこに、少し後ろから駆けてきた明里がそう声をかけてきた。


「明里さん」


「おはよー奏ちゃん。雄二もおはよー」


 突然現れた明里に戸惑い気味の笹森さんの手を取ってハイタッチをした明里は、俺にも目を向ける。


「おう、おはよう」


「珍しいね? 2人で登校なんて」


「あぁ、さっきそこで会ってな。まぁ、家もそんな遠くないしな」


「そういえば、私だけまだ奏ちゃんの家行ったことないよ!?」


 思い出したようにはっとした表情を浮かべる明里。

 そんな様子を見てか、笹森さんは慌てたように腕を体の前に伸ばしてぶんぶん振り出した。

 

「明里さんだ・け・っていうか、先輩以外の人はあげたことありませんから!!」


「えっ」


「えっ」


 その言葉を聞いた瞬間、一定だった三つの足音のうち、二つが止まった。


「あっ……」


 そして今、もう一つの足跡もはたと止まった。


「そうか……俺は笹森さんの初めてだったのか……!!」


 その事実に、思わず口元を押さえて驚愕の表情をあらわにしてしまった。


「〜〜〜〜っ!! せんぱぁい!!」


 登校途中のわし高生徒がこちらに目をやるのは、この直後だった。

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