第121話 お前が前を向けば


「――ということだ」


「……なるほどなぁ」


 俺が一通り話し合えると、優也は納得したように息を吐いた。


 明里に告白されたことを、笹森さんが知っていたこと。


 その理由は、俺が他の人を好きだから、ということになっていること。


 それを聞いた笹森さんの様子がなんだかおかしいということ。


 俺が今日感じた違和感を、隠すことなく優也に伝えた。


 明里に告白された話が出てしまう以上、話しづらさはあったが、今日は優也の言葉に甘えさせてもらった。


「……ま、それはあれだな。お前が恋愛マスター熟練度底辺だからだな」


「はぁ? どうゆう意味だよ?」


 真面目に話を聞いていたかと思えば、訳のわからんことを。

 しかもこいつがある意味恋愛マスター(断る方)だから余計にムカつく。


「熟練度を上げろってこった。奏ちゃんのことをもっと考えて、自分のことも考える。そうすりゃそのうち分かってくるもんなんじゃねぇの? 人間関係なんてさ」


「……今度はそれっぽいこと言いやがって……」


 俺が悔しさをあらわに、さっきとは違った意味で真っ直ぐな目を優也に向けると、「だろ?」と言って満足げな顔を向け、そのままアメリカンドックの刺さってた棒を持ってゴミ箱に向かっていった。


「好きな人といえば……なんかお前、昔好きな人いたって言ってなかったっけ?」


 戻ってきた優也は、鉄のポールに腰掛けるようにし、思い出したように口を開いた。


「あー、ミオか。まぁかわいいとは思うけど……やっぱ俺にはむりだろ」


 懐かしいな。中学時代、好きなった女の子。


 結局、その娘は他の男と付き合って、それを眺めるしかない悔しい思いをしたんだっけ。

 当時はかなり塞ぎ込んだものだが、落ち着いた頃、優也にも話したことがあった。


「ん?」


 そんなことを思い出しながら、すっかり赤くなった空をなんとなく眺めていると、背後で何かを落としたような、ドサっという音が聞こえてきた。


「あー、そうそう。懐かしいよな。あの頃はお前、"この先生きててあれ以上の悲しみはない"とか言ってたっけ」


 音に気が向いたのも束の間。


 全く気にした様子のない優也が、そんな俺の黒歴史を掘り返して楽しそうに笑ってやがる。


「忘れろそんなこと!! いつまで覚えてんだよ!?」


「"俺、やっぱモテねーのかなぁ……優也みたいになれたらなぁ……"くっ……ふっ、あははっ……!!」


「だまれぇぇぇぇ!!」


 この野郎!! そんなとこまではっきり覚えてやがんのか!? 


 俺の声真似をしながら熱演する優也を見て、悲鳴にも似た叫びが生まれる。

 しかも途中で堪えきれなくなって笑ってるのが余計にムカつく。


「あははっ、まぁ良いじゃねぇか。今は奏ちゃんがいるんだし」


「……そうだな」


「いつの間にかお前、昔の話しなくなったろ?」


「……」


「奏ちゃんと出会って、好きになって。それだけ前を見れてるってことだ。これからだって、お前が前を向けば問題ないはずだ」


 「だろ?」と白い歯を見せて笑う優也がなんだか眩しい。さっきとは違う意味でムカつくな……


 ……ったく、これだからこいつは……


「憎めないんだよなぁ……」


 思わず呟いた言葉に優也が反応を示したのは早かった。


「お? なんだなんだ? 俺のことを憎みたくなるような時があんのか?」


「しょっちゅうな」


 これまたすぐに答えると、優也はなぜか楽しそうに笑顔でヘッドロックをかけてきた。


 ちょうど優也が首に腕を回した時、またドサっという音が聞こえた気がしたが……


 同時に俺の首からグキッという音が聞こえたせいで、意識はすぐに引き戻された。

 いや、下手したら意識は途絶えていたのかもしれないが。

 


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