第117話 安達雄二の思索

少し整理をしよう。


 天下の週末土曜日。

 布団から出れずにいる俺は、横になりながら腕を組み、頭の中でそう口にする。


 というのも、昨日はなかなか寝付けなかったのだ。


 いつもなら、笹森さんとデートにでも行く妄想をしているうちに、気づけば寝てるのだが。


 昨日に限らず、最近はなかなか寝付けないことが多い。


 ……その原因には、心当たりがある。


 

 ――明里のことだ――



 俺はきっと、いやたしかに明里のことで考えることがある。


 今まで、これだけ人のことを考えるなんてのは、笹森さんと出会った時以来だ。


 そんな俺が明里のことを考えるとなると、それはつまり、明里に変化があるということだと思う。


 じゃあ、何が変わった?


「……」


 順を追って考えてみるか。



 まず最初の変化……明里が、俺に告白をした。俺を好きだと言ってくれた。


 忘れるわけがない。初めてしたバイトの帰り。唐突にそう言われた時は、戸惑いもしたし、自分なんかを、なんて喜びもした。

 

 でも1番強かったのは、その想いに応えられない、申し訳なさだ。その時から俺は、笹森さんが好きだったから。


 でもだからと言って、それ以上明里のことを深く考えることはなかった。

 全く気にしていなかったなんてことはないが、「返事はいい」っていう、明里の優しさに甘えていたからかもしれない。



 そして2回目の変化……優也が明里に告白をした。

 

 優也が明里のことを好きだなんてのは、全く知らなかった。


 誰かと付き合う、なんてことはする気がないって感じだったし、それでも俺に付き合ってかわいい女の子探し、なんてのをしていたのは、ほんの好奇心とか、その時のノリみたいなものだと思っていた。


「……でも」


 でもそう見えていただけだった。優也はずっと、明里のことが好きだった。


 きっと、それを口にしなかったのは、明里が俺のことを好きだってことに、なんとなく気がついていたから。


 そして、花火大会のタイミングで告白をしたのは、明里が俺にした告白のことを話したから。これは優也にも聞いた。

 

 この時、明里は優也の告白を保留にした……


 それがよく分からない。本当に明里は返事を保留にしたのか……?


 俺に、告白をしてくれたのに……?


 ……まぁ、これは考えて仕方ないな。明里に直接聞いてみるしかないか。



 そして、3回目の変化……これは最近、顕著に感じている。



 明里の、優也に対する態度だ。



 笹森さんにも言われたけど、前から2人だけで話しているところなんてのは、ほとんど見たことがなかった。


 それが最近になって、よく2人で話しているのを見かける。


 それ自体は、いいことなはずなのに……なぜかそんな光景が脳内で繰り返され、頭に引っかかる。


 昨日だって、優也にだけポスターをあげるなんて……広められるのを嫌がっていたのに……


「ふっ、悩み事か? 雄二」


 ふと、俺の脳内会議の中に、全く自分のものではない声が割り込んでくる。


「うぉぉぉぉいぃぃぃぃ!?!?」


 そ・れ・に気づいた瞬間、組んでいた腕を解き、悲鳴を上げて飛び起きる。


「父さんが聞いてやろうか」


「ふざけんな!! なんでいんだよいつのまに!?」


 華の休日にもタンクトップな父さんに、驚きと焦りと怒りと……とにかく色々混じった声をあげる。


 すると父さんは、やれやれ……と言った具合に両手を肩まで上げて肩をすくめる。


 うぜぇ……!!


「何回も呼んだろ? もう昼過ぎなんだからいい加減降りてこいって、母さん怒ってるぞ」


「……今行くよ」


 それはまずいな。今日一日何も食べれないことが始まる。

 

「じゃあ、早く来るんだっ……ぞ!!」


 一仕事終えた達成感からか、自慢の肉体でポージングをとる父さん。


「……」


 そういやあの時も、こんなふうにポージングとって、いつの間にか俺の部屋に……


 

 ―― 「その子のことは好きなのか? ……いや、

――

 


 そして、こんなことを言って……

 

「……」


 父さんのポージングを見たせいかな。そんな前のことを思い出しちまった。


 それより、本当に早く降りないと昼飯抜きになる。


 そう考え直し、急いで階段を降りて父さんの跡を追った。

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