第113話 ……するよ。あたりまえじゃん
「それって……2人で、ってこと……だよね。やっぱり」
自分に言い聞かせるように発したその言葉に、優也はゆっくりと頷く。
もうその歩みは止めていて。足音なんて聞こえなくて。長い廊下は、2人の声を待っているようで。
それはまるで、逃げられない沈黙にすら感じる。
「どっかって……?」
それでも逃げたい、そんな気持ちが私の中にはあるみたいだ。
どこに行くのか、なんて今はどうでもいいことなのに、時間稼ぎを始めている自分が確かにいる。
「そうだなー……まぁ、どこでもいいや。明里と行けるなら」
「っ……!! それは……ずるいよ……」
さっきまでぶっきらぼうだったくせに、今はこんなに感情を込めた言葉をかけてくる。
真っ直ぐな言葉に、真っ直ぐな瞳。
思わず、流されそうになっちゃうよ……
優也と2人でどこかに出かける……それも悪くないんじゃないかって。
きっと、それは楽しいものになる、って。
けど……
「……いや、やっぱりいいや」
「……え?」
私から視線を外して、また前を向く優也。
発した言葉の意味が分からず、またしても間の抜けた声がもれた。
「ちょっと突っ走りすぎたみたいだ。困らせちまったな」
「あ……」
私がなかなか返事しなかったから……
「ごめん……私の方が困らせた……」
「いーんだよ。てか前も言ったけど、俺には謝るな。明里が申し訳なさそうにする必要なんてねぇんだから」
「……そうだったね」
でもやっぱり、それって難しいよ……優也の気持ちに応えられないのが、どうしても申し訳なくなってくる。何もできないのが、情けなく思えてくる。
……雄二も、こんな気持ちなのかな……? 奏ちゃんのことが好きなのに、私に告白なんてされて。応えてもらえないのは分かってるのに。
「ま、デートはまたの機会だな」
「でっ……!? いや、まぁ、そうだよね。デート……だよね」
思わずデートって言葉に反応しちゃったけど、男女が2人で出かけるんだから、やっぱりそれはデートになるよね。
「はははっ、一応、緊張はしてくれるんだな」
そう言って満足そうに笑う優也。
なんか……ちょっとムカつくかも。
私の思いも知らないで、こんなに清々しい笑顔で……しかも、的外れなことを……!!
「……するよ。あたりまえじゃん。デートなんて……誘われたことないし」
あっ……と思った時にはもう遅く、つい思ったことが口をついていた。
はっとして優也の顔を見るけど、なんか優也が固まってる。
漫画だったら、優也の頭の上に「ぽか〜ん」って書かれてそう……
えっ、どうしたの? もしかして、言い方きつすぎた……?
しばらく私が何も言わないで見つめていると、何度か瞬きをした優也はようやく口を開いた。
「……あっ。いや、すまん。驚いて……」
「いや……もしかして、言い方に棘あった? だったら――」
「違う違う。驚いたのは、その……明里が誘われたことなかったっていうから……デート。もっといろんな男に誘われるもんだと……」
そこ!? そこだったの!? てか、改めて指摘されると、なんか恥ずかしいんだけど!!
「……いや、まぁ……ってか、そんなに積極的な人、そうそういないから……!!」
「ははっ、たしかに。そうかも」
「それに私……中学の時はこんな感じじゃなかったし……」
中学時代……まだ雄二とも出会ってない頃は、髪も染めてなかったし、メイク……なんてのも、したことなかった。
「そういや……懐かしいなー。あの時はめがねかけてたんだっけ」
「うん。コンタクトつけるの怖くて。今は克服したけど……」
「……そうか。まぁ、めがねも似合ってたけどな」
「……ありがと」
またこうゆう事を……ほんと、女たらしなんじゃないの!? この人。付き合うのは嫌だー、みたいなこと言っておいて……
って、いないし! どこいったの!?
いつの間にか視界から消えていた優也を探そうと立ち止まって気づいた。
「あっ……職員室」
話してて気づかなかったけど、もう職員室に着いてたみたい。
「鍵返してきたぞー」
「あっ、うん。ありがと」
結構、話してると時間経つの早いな……職員室一階だったのに。
「そういや明里。日誌の"今日の目標"ってなに書いた?」
「えっ? 目標? えっと……明るく節度を持って生活しよう……だった気がする」
急になんだろう……また変な事を言うつもりじゃ……なんかもう、警戒心しか湧いてこない。
「俺のこれからの目標は――」
え? なんか抱負発表会始まっちゃったよ。ワンマンライブだけど。
さっきの質問はこの伏線か……
「明里をデートに誘って、最初に成功させる男になる!!」
「っ!! そ、そう……ふぁ、ふぁいと……?」
高らかに宣言する優也に、私史上1番意味のわからないふぁいとを送ってしまった。
控えめにあげた腕をゆっくり下ろすと、恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。
なんなのもう!? 昔の私を誉めたり、いきなりこんな事言ったり……!!
満足気な優也の顔が、無性に憎たらしい。
結局、家に帰るまでこの気持ちはおさまらなかった。
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