第112話 ……そうかもな

 雄二の家で撮影会をした次の週。明日を越えれば週末の木曜日。


「明里」


 机に向かって学級日誌の"一日を一言であらわそう"の欄と睨めっこをしていた時。

 

 いつの間にか隣にやってきていた優也に声をかけられた。


「ん、どうしたの?」


 まだ残ってたんだ。ホームルーム終わってからだいぶ経つけど……


 今の時刻はもう4時を回っている。このクラスのみんなも、既に部活やら帰宅やらで教室を後にしている。


 私は日直だから、黒板消したり日誌書いたりしなきゃいけなくて残ってたけど……雄二も家の手伝いでもう帰ってるし、優也も帰ってるのかと思ってた。


「いや、悩んでるみたいだったから。それ」


 そう言って優也の指差す方に視線を動かすと、そこには未だ真っ白な学級日誌が。


「あっ……あはは、ばれちゃった?」


「ばれるもなにも、ずっとペン動いてなかったからな」


 そう口にしながら、優也は正面の席に腰掛ける。


 自然な行動なんだけど、この教室に私たち以外には誰もいないと思うと、なんだか不思議な感じだ。


「うっ……そんなとこを見られていたとは……」


「ま、それは習慣だな」


「習慣?」


「……いや、なんでもない」


 なんか誤魔化してる? いつになく落ち着きがない……


「あっ……」


 もしかして習慣って……その、好きな人を目で追っちゃう、あれ……?


 あぁぁぁぁ……!! 私はまた恥ずかしいことを……!!


「……おい。早くやるぞ」


 私の混乱した頭を冷やすように、優也はぶっきらぼうにそう言って、片手を差し出してくる。


「ありがとう……」


「おう」


 一言そう返すと、私の手を離れたペンはサラサラと動き始めた。





「よし、こんなもんだろ」


「おぉ……もう終わっちゃった……」


 動き出したペンはそのままのスピードで駆け抜け、わずか数分で"一日を一言であらわそう"のコーナーは文字で埋め尽くされた。


「んじゃ、鍵返して帰ろーぜ」


 すっくと席を立ちあがり、鍵のかけられている教卓に足を向けた優也。


「あ、うん!」


 駆け足気味にカバンを手に取り、戸締りをするために廊下に出た優也を追う。


「ほんと、ありがとね。私ああいうの苦手でさ……」


「ははっ、まぁ確かにな。そもそも一日を一言で、っていうのがアバウトすぎんだよな」


「そうそう!! もっと他に書かせそうなのあるよね!?」


 わかってるじゃん優也!! そんな私の気持ちが強すぎて、結構声が大きくなった。


「はははっ、お前ほんとにあれ嫌いなんだな」


 優也は、教室の扉に鍵を差し込みながら、もはや感心にも近い声をあげている。


「でもあれ、攻略法あるんだぜ」


「うそ!?」


 そんなのあるの!? 攻略法って、ゲームとかのやつだよね!? 私が毎回悩まされてる"一日一言のコーナー"にも攻略法が存在するっていうの……?


「まじまじ。あれ毎日違う人が書いてるから、何週間か前に遡って、他の人が書いたの丸パクリすんだよ」


「なるほ……いやでもそれってばれないの? 流石に全くおんなじっていうのは……」


 一瞬、納得しそうになったけど、やっぱりこれって攻略と呼ぶには弱いような……?


「あの松中先生が、いちいち何週間も前のを把握してると思うか?」


「……なるほど」


 これは攻略法だ。今の一言で納得できてしまう。


「……ふふっ」


 そんな事を考えていたら、自然と息が漏れた。


「……なんだよ? 立派な攻略法だろ?」


「ちがうちがう。こんなテキトーなのに、ほんとに通じそうだから、そう思うとなんかおかしくて」


「……そうかもな」


 優也がそう言ったのを最後に、少しの沈黙が流れる。


 たん、たん……という、静まり返った廊下を歩く、二つの足音だけが心地いい。


 どこかで聞いたことがある。


 2人でいても気まずくならないのは、本当の友達だって。居心地がいいってことなんだって。


「……」

 

 なんで今、こんな事を考えて……


「……なぁ」


 そんな私の考えを遮るように、優也は呼びかける。


「ん? なに?」

 

「今度さ、どっか出かけようぜ」


「……え?」


 たん、たん……という心地よい音に、私のそんな間の抜けた声が混じった。


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