第104話 耐えろ、的場……!!

よし、帰ろう! と意気込んでいたのももう10分前。


 下校する生徒で賑わう通学路を5人で歩く。


 ……そう、5人で……


「ほ、ほら。元気出して? 的場君? 今度みんなで遊ぼう?」


「ご、ごめんね……! 私も気づかなきゃいけなかったのに……」


「その……悪かったな。その場のノリっていうか……テキトーなこと言った上にお前を呼ばないなんて……」


 優也たちが申し訳ない、とばかりに言葉を投げかける相手。


「いえ……僕も取り乱しちゃってすいません……」


 的場航輝である。


「そ、そういえばお前、生徒会に入ったんだって?」


 とにかくこのままでは的場の気持ちが沈むばかりだ。話を変えようと、さっきの木浪先輩の話を思い出す。


「あ、そうなんですよ。夏休み前に入って、夏休み中もちょくちょく顔出してたんです」


「へー、そうなのか。しかしまさかお前がなぁ。あんなにやばい奴オーラ出してたのに」


「ひどいですよ雄二さぁん……僕だって反省してるんですよぉ……」


「ははは、そうだなー。でも何で急に生徒会に?」


 正直、生徒会なんてめんどくさい予感しかしない。主に木浪先輩が。


「かつての自分を変え、律するために生徒会という集団に入ろうと思ったのです」


 大真面目な顔でそんなことを話す的場。


 ふむふむなるほど。たしかにこいつは改心して真っ当に生きようとしている。


 かつての失敗を忘れないで、変わろうとしている、非常にいい傾向だな。


「で、本当は?」


「今のが建前ってのは前提なんですね……まぁいいです」


 はぁ……と一息ついて、的場は続ける。


「……運動会の時、アナウンスをしていた人を知ってますか?」


「あー、すごく綺麗な声だったよね」


「あぁ! あの人、リアルタイムでアナウンスしてたんですか? 私てっきり、録音したものを流してるのかと……」


「……」


 ん……それはもしかして……


 友達と一緒に放課後の街を歩く、平和な空気の中に、一抹の不安がよぎる。


「そうそう、その人です! 実はその人、生徒会の人みたいだったんですよ」


「へー、まぁ生徒会ってそういう仕事もするもんな。もしかしてその人のことが気になっちまったのかー?」


 楽しそうに意地の悪い笑みを浮かべて優也は的場に詰め寄るが、そんな微笑ましいものとは思えない。


「気になったっていうか……」


 なんか照れ臭そうに頬をかいてるんだけどこいつ。


 嫌な予感しかしない。他の感情が微塵も湧いてこない。


「僕、その人のこと好きになっちゃったんです!!」


 はい終わったー。


 ぺかぺかの笑顔で高らかに宣言する後輩の姿を見て、同情の念を抱かずにはいられなかった。


 だってあ・の・木浪先輩だぞ? どんだけ苦労するか分かったもんじゃない。


「恋……それは学生生活を彩る魅力的な気持ち……! いいよ! 的場君!! 頑張って!!」


「はい! ありがとうございます明里さん!! 僕、頑張ります!!」


 グッ! と腕を振り上げる明里に応えるように、的場も意志の強さを伝える。


「はははっ、そうだな! まぁ、やるだけやってみろ!」


「それはもう、ダメなことは前提になっちゃっているんじゃ……?」


「あはは……まぁ、優也さんの言う通り、やるだけやってみないと始まりませんから!! 頑張りますよ!!」


「…………」


 あぁ……そうか……この場で事態の深刻さに気づいているのは俺だけなのか……!!

 

 この局面、どう乗り切ればいい……?


 棋士さながらの表情へと自分が変わっていくのを感じる。


「僕、雄二さんの姿を見て、生徒会に入る決断もすぐにできたんです。……雄二さんに教えてもらったことを無駄にはしません!!」


 …………。


「……そうだな!! 頑張れよ!!」


 無理だった。もう既に詰んでたわ。


 こんな純粋な笑顔を崩すことは流石にできそうにない……


 俺にできることは、こいつの恋のダメージが少しでもすぐなることを祈ることくらいだ……!!


「耐えろ、的場……!!」


「え? 耐える……?」


 キョトンとする後輩にエールを送り、俺たちはそれぞれの帰路に着くこととなる。

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