第103話 完全に忘れていたぁぁ!!
「くそ……!! なぜ俺はあの時……!!」
「ま〜だそんなこと言ってんのか? そのうちまたシャッターチャンスくるだろ」
「お前なぁ、俺はあの一瞬を逃してしまったことが悔しいんだよ。シャッターチャンスはこれからまた来るかもしれないが、あの一瞬はもう戻ってこないんだぞ?」
「いいこと言ってるつもりなのがビンビンに伝わってくるが、もう今日それ4回目くらいだから意味薄れてきたわ」
4回……気づけばもうそんなに話していたか……
昨日、一世一代のシャッターチャンスを逃したショックは予想通り大きかった。
こうして昼休みになっても未だ治らない。
まぁ、あの後も笹森さんと一緒にぶらぶらできて楽しかったのが救いか。
「はぁ……ちょっと落ち着けよ。飲み物でも買ってきたらどうだ?」
「ん……そうだな。少し歩くか」
優也にしては珍しくいい提案だ。黙って座ってると悲しみが募るばかりだからな。
そう思い、席を立つ。
「あ、俺緑茶で」
「おー」
そんな声を背に、教室を出る。
◆
「……って、あの野郎……パシリやがったな……!」
自販機の前に来るまで気づかなかった俺もどうかと思うが。
ガコンガコンッという爽快な音が2回、響き渡る。
「おー、少年じゃないか」
しゃがんで取り出し口に手を伸ばしたところで、そんなやる気の薄い声が聞こえた。
というか、何度か聞いたことのあるこの声に、この特徴的な呼び方は……
「木浪先輩」
「運動会ぶりだなー、少年。元気にしてたかー?」
はっはっはっ! と高々に笑いながら俺の肩をベシンベシン叩く木浪先輩。
「あはは……まぁ、はい、元気ですよ」
「そうだろうそうだろう! 私に会えてまた一層元気になれたろう!!」
せめて語尾にクエスチョンマークがついて欲しいものだが、この人の言葉にはびっくりマークしかないような気がする。なぜだ。
「あー、でも……」
「でも?」
俺がそう聞き返すと、木浪先輩は楽しそうな笑みをさらに深めて……
「少年には彼女がいたな!! 運動会の!!」
「彼女じゃないですよ!? なんでもうそんな納得、みたいな顔してんですか!!」
「え? 違うのか? でも好きだって言ってたじゃないか。しかも女の私から見ても顔立ちが整ってて、少年には勿体ないくらいだぞ?」
「はっきり言い過ぎですよ……泣きますよ、俺」
「はっはっは、まぁそう落ち込むな。少年が誰にも相手をされなかったら……まぁ、諦めろ」
「追い討ち!? まさかの追い討ちですか!? そこは普通、"私がもらってやるよ"とかなんとかかっこよく言い切るとかじゃないんですか!?」
夏休みのブランクがあるせいか、木浪先輩のペースについてけない。悔しくてたまらない。
「えー……だって、少年は遠目にからかうくらいが一番楽しいのだよ」
「そんな楽しみ方は知らない! ……ったく、相変わらずの木浪ワールドですね……」
「だろう?」
なんで得意気なんだ……分からん、この人の考えていることは分からん……分かるようになったら俺もそれまでな気がするが……
「あ、そういえば少年」
「今度は何ですか……?」
次はどんなぶっ飛んだ話をするつもりなのか……
考えるだけで疲れる……気分転換のつもりできたってのに……
昨日のショックが薄れてきてるってことを考えると、これも気分転換と言えなくはないが……それを認めてしまうのはなんか嫌だ。
「この前生徒会に入った後輩がなー、お前の話してたぞー。やけに悲しそうに」
「俺の? 誰ですか?」
しかも悲しそうに? どうゆうことだ?
「入りたてのやつだから私も名前覚えてないのだよ」
「……」
まぁ、木浪先輩だし。仕方ないな、うん。
というか、それが俺の話だってのも怪しいくらいだし。
「分かりました。じゃあ、俺はそろそろ行きますね。昼休み終わっちゃうんで」
あまり気にしないことにして、この場を立ち去る旨を木浪先輩に伝える。
「おう、了解だ。彼女、できるといいな」
「彼女いないことに日々頭を悩ませてるかわいそうな男、みたいな言い方やめてくださいよ……」
木浪先輩からそんなありがたいエールを受け取って、教室へと歩みを始めた。
◆
「うっ……うっ……」
「……」
俺が教室に戻った時には、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響き、新たに木浪先輩によって時間を奪われたショックと戦いながら、午後の授業を終えた放課後。
「ひどい……ひどいですよ……」
「…………」
今日はいつも通り、優也や明里、笹森さんと帰ろうと思い、一年の教室に足を運んだ。
そこで今、こんないたたまれない気持ちになっている。
「約束したのに……一緒に行こう! みたいな話してたのに……」
「……す、すまん」
目の前で泣きじゃくる男に、俺は恐る恐る謝罪の言葉を口にする。
木浪先輩の言っていた後輩。ただの勘違いかとも思ったが……どうやら俺の後輩でもあったようだ。
なんなら、高校生活で笹森さんの次に印象に残ってる奴かもしれん。
「どうして夏祭り誘ってくれなかったんですかぁ! 雄二さぁぁん!!」
「的場ぁ!! すまなかったぁぁ!! 完全に忘れていたぁぁ!! この通りだ!!」
悲痛な叫びを漏らす一人の男と、その前で音が鳴るくらい頭を床に叩きつける不審な男の姿は、その場にいた多くの一年生に強い印象を植え付けたのだった――
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