第102話 へ、へー? そ、そうですかぁ。



「あ、先輩。メンズ用もチェックしましょうよ!」


「どれどれ……うわ、多いな……こんなに種類あるのか」


 笹森さんが目を向ける先には、大量のワックスやらグリースやらが並んでいた。


 一応、整髪料は付けてみたりする時もあるのだが……こんなに色々あったら何にすればいいのか分かんないな。


「でも、どれも香りや効果が違うみたいですよ?」


 確かに、ホールド、ツヤ、香りなどの項目が書かれたプレートがそこかしこに貼られている。


「笹森さんはどんなのがいいと思う?」


「そうですね……先輩は結構髪短めなので……」


 う〜ん……とうなりながら、ラックに並べられた数々の整髪料と睨み合う笹森さん。


「……これなんかどうですか?」


 何度かサンプル品の蓋を開けて香りを確認していた笹森さんは、少しして一つのワックスを手に取る。


「香りもいいですし、ホールド力も結構ある感じみたいです」


「へー……」


 笹森さんがお薦めしてくれたワックスの並んだラックの前に貼られたプレートには、ホールド力☆4、ツヤ☆3、香り☆4、とランクがつけられていた。

 

 なるほど、これは俺みたいな素人でも分かりやすいな。


「ほんとだ。香りもいい」


 笹森さんが蓋を開けて顔に近づけてくれたので、確かめるように息を吸う。


 たまにあるような、甘いような香りとか、強い香りとかではなく、かなりすっきりとした香りが鼻に広がる。


「使いやすそうだな……あ、でも2000円か……」


 値札を見てガクッと肩を落とす。


 今の手持ちでは買えそうにない。たしか千円もなかった気がする。


「あはは……やっぱりウィンドーショッピングですね……」


「これが宿命ってやつか……!!」


「はいはい、次行きますよ」


 項垂れる俺に、あしらうように声をかけ、笹森さんは再び店内を歩き出す。


「……」


 軽くあしらわれることが、悲しいような嬉しいような気がするのはもう手遅れか。





「次は文房具コーナーです!」


「今日のテンションあげあげ笹森さんを是非ともカメラに収めたいんだけど、どうかな?」


「言い方に悪意を感じたので却下です」


「えー……」


 スマホのカメラ起動したのに……


 "今日の笹森さん"アルバム作ろうと思ったのに……


「そ、そんな顔しないでくださいよ……なんか私が先輩いじめてるみたいじゃないですか……」


「……いじめてないの?」


「いじめてないですよ!? なんでそんな捨てられたネコみたいな顔で見るんですか!? べ、別に今の私の顔がそんなに可愛くないから嫌なだけで……も、もっとちゃんとした顔してる時は撮ってもいいですよ!!」


 と、捲し立てる笹森さん。


 ……が、一つ訂正しておかなければいけない箇所が確かに存在していたな、今。


「今の顔もかわいいよ?」


「へ、へー? そ、そうですかぁ。かわっ、かわいい、ですかぁ……」


 ひくひくと口の端を震わせていることから、またさっきみたいにへへへ、ってなるのを堪えてるんだろうな。かわいさ100点満点。


 カシャッ


「……今撮りました?」


 すっ……と表情から色を消し、笹森さんは睨みを効かせる。


 俺はすっ……とスマホのレンズ越しに見える笹森さんから視線を外す。


「……撮ってない」


「正直に言ったらなんかポーズとってあげます」


「撮りました!」


 なんて魅力な提案! 思わず手を上げて自首してしまった。


「よろしい。後で消しといてくださいね?」


 笹森さんは、くるっと前に向き直りながら、肘を軽く曲げた先の人差し指を俺のスマホに向ける。


「あれ? ポーズは……」


「先輩も嘘ついたんだから、おあいこです」


「そ、そんな……!? もう、この先生きていっても楽しいことなんてあるのか……!?」


 肩を落とした。


 比喩とかじゃなくて、物理的に肩だけ崩れ落ちそうなる心地だ。


「……ん?」


 俺がそんなふうに人生に絶望し始めた時。俯いていた俺の視界の端に、かすかな動きが……


 なにか、嗅いだことのある甘い香りが風に揺られ、鼻先を掠める。


 視界にはかろうじて映っていないが、その香りを運ぶように俺の目の前でが動いていた気がした。


 そう思った瞬間、俺は人生絶望から一転、顎がつるくらいの勢いで顔を上げ、に目を向ける。


「……笹森さん、今なんかした……?」


 恐る恐る問いかける俺に反して、笹森さんはまだかすかに揺れるスカートに手を当て、俺の顔を覗き込むように前屈みになり、いたずらな笑みを浮かべる。


「シャッターチャンス、逃しちゃいましたね?」


「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 高校生の行きつけ、ろぷとに一人の男子高校生の悲痛な叫びが響き渡ったのは、いつしか周囲の高校で噂になったのだった――


 


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