第101話 い、いやですよ!?


 放課後。と言っても、昼休みの後一時間ホームルームをやっただけだから、あれからすぐだが。


 っていうのは……


「先輩。どうして昼休みの時返事してくれなかったんですか?」


 そう、この時である。


「ごめんごめん。いやでもいきなりすぎて驚くよ、あれは」


 今はこうして二人並んで駅に向かって歩いているが、俺が学校を出る時には宣言通り、笹森さんは校門で待っていた。


 そんなもんだから、俺の姿を見て「せんぱーい」と手を振った時には道行く学生たちが一斉に振り返って参った。


「まぁまぁ、いいじゃないですか、たまには寄り道も。それとも……いや……でしたか……?」


 ……あざとい。あざとい!!


 笹森さんの歩幅に合わせ、少しゆっくり目に歩いていたというのに、いつの間にか笹森さんは早歩きで俺の前に出てきて、前のめりに身体を傾けている。


「……いやじゃないです」


「ですよね!」


「ですよね! って」


 何その自信。まぁその通りなんだけども。


 あ、これあれか。俺が笹森さん笹森さん言いまくって、歯の浮くようなことも言い続けたからそうゆうもんだと思われてるのか。うん、悪い気はしない。むしろこれがいいまである。





「変な時間にきたからあんまり人いないですね」


「これくらいがちょうどいいかもね。人混みよりは気楽に買い物できるし。……そういえば、今日は何をしにきたの?」


 駅前に着くまで気が付かなかった。昼休みから怒涛の急展開が続くもんだから。


「今日は……」


 笹森さんはそう口火をきり、一呼吸おいて……


「"ろぷと"に行きます!!」


「絶対今考えた」


 俺が的確かつ明確な指摘をすると、


「……"ろぷと"に――」


「分かった分かった!」


 ……笹森さんは一瞬ためらったかに見えたが、結局動じず突き通した。


「あ、ちなみにウィンドーショッピングです。お金ないので」


「一気に冷静になるんだね……まぁ、いいよ。見て回るのも楽しいしね」


「じゃあ行きましょう!」


 俺がそう言うと、笹森さんはぱぁーっと顔を輝かせ、可愛らしく腕を前に突き出した。いや、ちょっと斜め上かな。二十度くらい。


「……先輩。何やってるんですか」


「え? 笹森さんの腕の角度を確かめようと思って」


 ほのかに紅く染まった笹森さんの顔を見上げてそう答える。


「え? じゃないですよ。ちかっ、近いですよ……! さっきから先輩の息が腕に当たってくすぐったいのでやめてください……!」


「……はい」

 

 このテンションならいけるかな? と思ったけどだめだった。





「ろぷとって結構品揃え変わるんですよねー」


 ろぷとの店内。文房具から洗顔料、しいては扇風機まで幅広い品揃えを誇る、学生御用達の店だ。


 笹森さんは、女性用の整髪料を手に取って眺めている。


「女の人でもワックスみたいなのって使うんだ?」


 ワックスとか、グリースとか、そうゆうのってメンズ用が主流のイメージだったけど。


「使いますよ。私だったら、ストレートヘアのツヤを出すのに使ったりしますね」


 そう言って、黒髪を下からすくいあげるようにする仕草はかわいいそのもの。かわいいの権化。


 かすかに感じる甘い香り。香りなのに、見た目にも影響しているような不思議な感覚になるのは美少女の特権か。


「あ、これなんかいい香りかも」


 笹森さんが、手に取ったサンプル品を俺の顔に近づけてくれる。


「どれどれ?」

 

 ふむ。俺の語彙力ではうまく言葉にできないが……


「これはなんか大人っぽいかもね」


 なんかそんな感じがした。


「む……それだと私が子どもっぽいから似合わないみたいじゃないですか」


「いや子どもっぽいんじゃなくて可愛らしいだから」


 ここだけは訂正が必要だ。大人と子ども、なんて二択では言い表せないのが笹森さんの魅力。


「そ、そうですか。可愛らしい……へへへ」


「!!!!」


 へへへ、って!! へへへ、って!!!!


 なんだこれかわいすぎんだろ!? なんか俺の前の美少女、年相応の笑顔を撒き散らしてるんだけど!? 子供っぽさがまたかわいい!!


「へへ……あっ……」


 俺が、死んでも忘れないように目に焼き付けてると、笹森さんがこの視線に気づいてしまったかのように魅惑の笑顔を固める。


 ……が、


「あ、気にしないで。続けて」


 もっと見たいから。


「い、いやですよ!? からかわないでください!」


「いやほんとに。今そうゆうのいらないから。はい、どうぞ」


「えぇ……? なんかいつもと違うベクトルで当たり強くないですか……?」


「ん……そうか。スマホで撮れば笹森さんの負担も減るのか。いや待てよ、でも写真には映らないその場の雰囲気ってのも……」


「聞いてませんね。その感じは聞いてませんね?」


 笹森さんが呆れたように目を細めて俺の顔を覗き込んでいるのに気がついた。多分ようやく。


「ん、ごめんごめん」


「まったく……もう絶対こんなふうに先輩の前では笑いません!」


「……」


 え、俺今振られた?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る