第100話 せっかくだし……ね?
「どうゆうことだ……?」
笹森さんが去って少しした頃。改めて思ったことを口にする。
「ほんとだなぁ? 雄二ぃ〜?」
「俺らが男だけの夏を過ごしていたというのに、お前は違ったようだなぁ? あぁん?」
笹森さんの様子がおかしい……
二人して俺の机に肘を乗せ、睨みつけてくる。
この局面、どう切り抜けたものか……
「はっはっは! 夏に女遊びたぁ、いい度胸だ。……舐めてんのか? なぁ? 世の中にはなぁ、色のある夏休みを過ごせるかと思ったら一転、どん底真っ暗の夏休みになる奴もいるんだぞ?」
「カズキぃ……貴様ぁ!! いつの間に非モテ軍団の仲間入りをしたぁ……!!」
くっ……!! まさかこいつまで俺の行手を阻むのか……!!
俺は、優也の顔を隠すように正面へとやってきて、泣きそうな目で睨みつけてくるカズキへと目をやる。
ってかなんで泣きそうなの? せっかく昼飯食べようって時に、男三人に言い寄られて泣きたいのは俺の方なんだけど?
「カズキ……」
「立ち直れ、お前なら前を向けるはずだ……」
なんでこいつらはカズキの良き理解者みたいな口振りなの? 俺だけ蚊帳の外? こんなに囲まれてるのに?
「あ、あのぉ……」
「ん?」
むさ苦しい精神と時の部屋には似合わぬ、程よく高く、耳心地の良い声が耳に届いた。
「あ、秋山さん」
「ふっ、俺に用ですか? すみません、今こいつを焼き払ったらすぐに向かいますので、俺の席で……」
「あ、いや斉藤くんじゃなくて。雄二に用があるの」
「がぁぁぁぁん!!!!」
がーん! を声に出す奴初めて見たわ。
「でも用ってなんだ?」
「あ、えっとね……お昼、一緒に食べないかなー……って」
明里は、手に持った弁当箱を軽く掲げ、そんな提案をしてきた。
「あぁ、いいぞ」
「おっ、じゃあここの席使わせてもらったらどうだ?」
「そこ俺の席じゃん!!」
カズキ君がなんとも的確なツッコミをしているが、優也はそれがどうした? と言った様子でにこにこ笑ってる。
こいつ……自分の席の隣だからって、たいした行動力だぜ。積極的に攻めるっていうのは伊達じゃないな。
「ごめんねカズキくん……ここカズキくんの席だし、無理なら全然……」
「いえ構いません!! むしろこいつを使ってやってください!!」
「速ぇな、おい」
ビシッと腰を曲げ、手を伸ばして自分の席に向けるその姿は、紳士そのもの。感心感心。
「あ、ありがと……」
「さぁ男ども! 邪魔だ、帰れ帰れ」
ぐぅっ!! とした表情を浮かべながらも、この空気の中居座るのが気まずいと悟ったのか、ぞろぞろと自分の席に戻っていく。
カズキは明里の提案で明里の席に向かっていった。かなり意気揚々な足取りで。
「実はさ……お弁当作ってきたんだよね」
「えっ、まじ? すげぇじゃん」
優也も感嘆の声を漏らしている。
「へー、どんななんだ?」
俺もそれには興味を惹かれる。
明里の手作り弁当……純粋に気になる。
「えっと……こんな感じ」
そう口にしながら、明里が開けた弁当箱を見ると……
「「おぉ……!!」」
アスパラをベーコンで巻いた料理に、弁当の定番唐揚げ、更には焼き加減バッチリな卵焼きなど、色とりどりな料理がそこには詰まっていた。
「すげぇ……これ全部明里が作ったのか?」
「……雄二に食べてもらう約束でしょ? 今、その練習してるんだー」
「……そうか。ありがとな」
海に行った時、そんな約束をした。ちゃんと覚えてたんだな……しかも、わざわざこんなものまで作って練習してくれてるなんて……
「ほうほう、そんなことが。その約束、俺も参加してもいいよな?」
こいつ……完全になりふり構わなくなりやがって……邪魔してやるぜ? って空気を二酸化炭素と一緒に吐き出してやがる。
「うん、まぁ……いいよ?」
えっ、いいのか!? てっきり明里は嫌がるものかと思ったが……
やっぱり、優也の告白を保留にしてるっていうのは……
「……しょうがねぇな」
明里からの視線を感じて、俺も了承の意を伝える。
その時には笹森さんも来てくれる話になってたし、こいつはお呼びじゃないんだが……まぁ仕方がない。
「さんきゅー……じゃあ、明里」
「ん? なに?」
「その弁当、俺も何か食べたいんだけど。一口くれない
?」
明里に向き直った優也が、物知り顔でそんな提案をする。
「えっ!? いやこれは……」
「雄二にやるつもりだったんだろ? 俺としては、それだとうまくないんだよな」
「うっ……分かった」
え、待て待て。展開早すぎてついてけない。
「これ、俺も食べていいの……?」
とりあえず、さっき話に出てたことを恐る恐る訊いてみる。
これで違ってたら恥ずかしすぎるから、斉藤達に焼き払ってもらわないといけなんだけど。
「あっ、うん。せっかくだし……ね?」
分かってるよね? と明るい茶色の髪をふわりと揺らしてそんなことを訊かれたら、
「っ!! そ、そうか」
やっぱりそれだけ絞り出すのが精一杯だ。さっきの笹森さんといい、今日はうまく喋ることもままならない。
「とりあえず……まずは雄二、食べてくれない?」
そう言って箸で卵焼きをつかむ。
そして、そのまま片手を箸の下に回し、つかんだ卵焼きを落とさないよう配慮しながら、少し腰を浮かして俺の口元へと……
ってまたこのパターンか!?
「この体制もきついから……お願い、雄二」
うっ……! そんなふうに言われたら断れねぇ。
「わ、分かった……」
明里の顔が、文字通り目と鼻の先まで近づく。
それに合わせるように、俺も口を開け、顔を明里の手元へと近づける。
横を見ると殺気を含んだ男たちの鬼気迫る表情がたくさん並んでいるのだろう。
だから正面、つまり明里を見るしかない。
少し、冷たい風が鼻をつく。その中には、わずかに体温を含む暖かさがあって。
それら全てを飲み込むように、明里の持つ箸に口をつける。
「……うっ!?」
な、なんだこれは……? 卵焼き……だよな?
息を吸う度、口の中から鼻に昇ってくるショートケーキとあんみつをかき混ぜたような甘み……
噛むと、ねちゃっ、とガムを靴で踏んだ時のような感覚に襲われる歯応え……
この見た目でどうしてこうなる……?
「ど、どう……? おいしい……?」
「あ、あぁ。こ、この甘さがなんとも……いい感じだ」
せっかく作ってもらったのに、正直な感想を言うわけにはいかない。
いや、正直な感想を言うべきなのかもしれないが……それはプラスな意見の場合に限るだろう。
「じゃあ俺はこの唐揚げもらおうかな」
「うん、いいよ。……あ、あんたは普通に食べてよ……?」
「はいはい。いつか食べさせてもらうから今はいいよ」
「〜〜っ!! そ、そう……」
そんなやりとりを交わし、優也は明里の弁当箱へと箸を入れる。
すなわち、地獄に片足を突っ込んだ。
そしてそのまま……
「……うっ!? ごほっ、ごほっ!」
……全身を、三途の川へと浸した。
「だ、大丈夫!? どっか引っかかったの!? 水飲んで水!」
明里……心配すべきはそこじゃないぞ。
こいつはもう、既に死んでいる。
「ま、まずい……」
水を一飲みして落ち着きを取り戻した優也の第一声である。
優也が「あっ、やっちまった」みたいな顔をした時には、もう遅い。
明里が「なんで!? ちゃんとレシピ通り作ったのに!?」と驚愕の声をあげている。
緊張の糸が解け、顔を上げると、我がクラスの誇る数少ない女子たちが「明里ちゃん、頑張ったのに……」「……私、料理教えてあげようかな……」なんて会話をしていた。
男たちはというと、俺が顔をあげた途端目を逸らして肩を震わせている。
いつか同じ目に合わせてやる、と深く誓った瞬間だった。
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