第99話 超積極的ラブコメを展開しようと思う

「あ〜〜……」


 自室のベットに体を投げだして、唸り声のようななにかを口から吐き出す。


 明日から学校。この事実がどうしようもなく俺を苦しめる。


 花火大会から一週間。


 笹森さんとアッツアツになるはずが、結局あの後明里と戻ってきてからも、二人きりになれるわけもなく。というかそんな雰囲気にもなんなくて。


「結局、何にもなかったんだよなー」


 こんなんでは先が思いやられる。


 明日から学校が再開するんだから、笹森さんに会えるじゃないかって言う考えもあるが、それとこれとは別。

 高校の夏休みという、貴重な時間の中で笹森さんと会えないというのがさみしいのだ。

 

「はー……あっ?」


 今日何度目かの深い息を吐き出しかけたところで、枕元に置いてあるスマホに目を向ける。


 ホーム画面に一瞬見えたLINNの差出人は、笹森さんだ。


『今日、夏休み最後の勉強会しませんか?』


 ふむふむ。なるほど。


 全てを理解した俺は、気の赴くままにベットから離れ、ボサボサの髪と寝ぼけた目をどうにかすべく、洗面所へと足を運ぶ。





 昼すぎ。夏休み最後の日。


 ……だと言うのに、いまだに私は気持ちの整理ができないでいた。


「はぁ……」

 

 またため息をついて、ベットに寝転がる。



――『だって奏ちゃん、雄二のこと好きでしょ?』――



 分かんない……不思議な感覚だ。


 春に先輩と初めて話して。


 いつのまにか、先輩といるのが当たり前になってて。


 先輩に感謝することも増えてきて。


 これが好きってことなのかな……? いまいちピンとこない。


「先輩……今なにしてるかな……?」


 ベットから起き上がって、枕元のスマホのロックを外す。


 そのままLINNを開いてメッセージを打ち込む。


『今日、夏休み最後の勉強会しませんか?』

 

「……よし」


 急な誘いだから、断られるかもしれないけど、それで確かめたかった。


 この、気持ちがなんなのか。





「よし、じゃあ夏休みの課題、終わらせようか」


 もう習慣になりつつあった図書館での勉強。


 冷房の効いた図書館内は、まだ暑さの残る外とは違って、家と同じくらい涼しい。


「終わらせようか、じゃないですよ。なんで平気な顔して最終日まで貯めてるんですか。てか今まで何やってたんですか」


 隣で夏休みの課題を机一面に広げている先輩に目をやる。


 結構一緒に勉強してたと思うけどなぁ……二年生は課題多いのかな? いや……なんか先輩だからな気もする……


「ちゃんと今日で終わる計算だから大丈夫! ……笹森さんが誘ってくれなかったら多分しなかったけど」


「計算力皆無じゃないですか」


 なんか、いける! みたいな顔してるけど全然大丈夫そうじゃない。


「まぁ、じゃあちょうどよかったです。早速やりましょうか」


 先輩に一言告げ、私はシャーペンを手に取る。


 



「ふっ……口ほどにもなかった」


「三時間の大熱戦でしたが」


「聞こえない聞こえない」


 両手で耳を塞いでぶんぶん首を振る先輩。


 なんかちょっと可愛い……


 ……じゃなくて!


「いやー、でも急にどうしたの? 笹森さんから俺に会いたいなんて」


「そっ、そんな言い方はしてません! ……まぁ、結局そうゆうことになっちゃうのかもですけど……」


「あはは、でも嬉しかったよ。笹森さんから誘ってくれて。今日もだし、勉強会自体もさ」


「そうですか……」


 なんだ……そんなふうに思ってくれてたのか……


 ならまぁ……よかった。


「でももう夏休みも終わりかー……」


「……」


 もう終わり……学校が始まれば、こうやって二人で会う機会もなくなるかもしれない……


「……なんか、さみしいですね」


 気づいたらそんな言葉が口をついていた。

 

 あっ……と思った時にはもう遅い。


 はっとして先輩の方を見ると、


「……」


 口を小さく開けて、完全にフリーズ状態になっていた。


「えっ、なんで無言なんですか……? 私、そんな変なこと言っちゃいましたか……?」


「あっ……ごめんごめん。笹森さんがそう思ってくれたことがなんか嬉しくて……」


 照れ臭そうに頬を掻くその姿を見ると、なんか私まで嬉しいような気分になる。やっぱり不思議だ……


「俺も同じこと思ってたからさ」


「同じこと……」


 先輩も、私と同じことを……二人で会えなくなるのが、さみしいって……


 なんか……やっぱりうれしい、かも……


「学校では会えるかもしれないけど、今ほど話せはしないと思ったからさ」


「……」


 ……あぁ、なんかようやく分かった気がする。



 ――好きになるってことが――



「いや……」



 ――私が、先輩を好きだってことが――



 先輩と一緒に居られなくなることが、こんなに悲しくて、先輩も同じように思ってくれることが、こんなに嬉しい。



 ――きっとこれはもう、好きになってる――



 そう確信して、私は先輩にありったけの笑顔を向ける。もちろん、わざと。


「その時は、私が話しかけに行ってあげますね?」





 翌日、いつも通りの学校生活が戻ってきた。


「あ、あ、あ……」


 戻ってきた、はずだったのだが……


「……おい、いい加減なにか返事したらどうなんだ? ってか、男の喘ぎ声なんて聞きたくねぇんだが」


 前からそんな声が聞こえるが、それどころじゃない。いやまじで。


「せんぱーい! 今日、駅前行きましょうってばー! 返事してくれないなら、私、校門で待ってますからねー?」


 まじで。どうしてこうなった? 


 教室のドア付近で声をあげて笑顔を振りまく後輩の姿を視界に収め、結局小さな声で「わかった……」と振り絞ることが精一杯だった。




 ――一人の男を筆頭に、一人、また一人、とその影響を色濃く受けてゆく――




 ――ここから……超積極的ラブコメを展開しようと思う――


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