第98話 宣戦布告2


「奏ちゃんたちおせーなー」


「だなー。場所分かんなくなったのかな?」


 笹森さんと明里がお手洗いに行く、と言ってからもう十分くらい経過したんじゃないだろうか。


 なにが悲しくて男二人で花火を見なきゃならない?


 パーン! パーン! と、爽快な音を響き渡らせている空を見上げて心からそう思う。


「まぁ、待ってればそのうち来るだろ。明里もいるし、奏ちゃんだけ迷子ってことにもならないだろうし」


「そうだな。あ、そういえばお前、射的はどうだったんだ?」


 その間の話題を振ろうと俺がそう訊くと、優也はニヤッと笑みを浮かべて、


「バッチリだな。俺としては文句なし」


「へー。取れたのか?」


「あぁ取れたよ。もう一つの方はまだ舞台に上がっただけだけどな」


「もう一つの方? なんだそりゃ?」


 俺がそう訊くと、優也は更に笑みを深めて……


「俺、明里に告ったんだよ」


「へー、そんなことが……ん? え? こ、告っ……告った!?」


 正面にある川に映る花火をぼーっと眺めていたが、凄まじい引力に引っ張られるようにして優也に振り返る。


 告白!? 優也が明里に!? えっ、なんで? いやなんだってそりゃ、こいつが明里のことを好きだから……?


「ふはは! 驚いてるなぁ?」


「そりゃ驚くわ! お前いつの間に……」


 好きになってたんだ? 俺がそう言葉をつなぐ前に、優也は口角を上げ、同時に口を開いた。器用なやつ。


「中学の時に明里と会ったって話したろ? 昔」


 ついさっき笹森さんにも話したから、そのことは記憶に新しい。


 俺が頷くと、


「その時、好きになってたよ」


「まじか……」


「あぁ、まじまじ」


「お前、恋愛には興味ねー、みたいにイキッてたのに……」


「おい待ておら。てめぇ花火の火薬にすんぞ?」


 隣の男がなにやら物騒なことを口走っているが気にしない。


 すると、今度は納得するように声をあげた。


「……まぁ、たしかにそうも思うけどな」


「そうなのか?」


「あぁ。実際、明里に会うまで、女は外見でしか人を判断できねぇ生き物だと思ってた」

 

 こいつは顔だけはいい……そのせいで、よく女子に声をかけられるって言ってた。


 俺からしたら羨ましい限りなのだが、それはそれで面倒、みたいなことも言ってた。


「……なるほどな。それで明里は違った……ってことか?」


「ま、そうゆうことだ」


「でもなんで急に……? お前今までそんなそぶり見せなかったろ?」


 ふと疑問に思ったことを口にする。


 こいつが明里を好きなったのは中学の時。なら俺と会ってからの二年間、もうちょっと明里を好きだと言う態度を見せてもいいもんじゃないのか? 男なら大抵は態度に出る。


「機械を伺っていた……ってとこかな。あとはまぁ、

お前のおかげでもある」


「俺の?」


「あぁ。お前が奏ちゃんと出会ってから……積極的に攻める! みたいなこと言ってたろ?」


 言った。今もそのつもりだし。ただ……明里の手前、いろいろ考えちまうけど。


「それで、俺もそうしねぇといい加減明里が取られちまうんじゃねぇかと思ったわけよ」


 「あいつ、見た目もいいしなー」と笑っている優也を見ていると、胸が苦しいような気分になる。


 この理由は、分かってる。


「……そうか」


「……結果、聞かねぇのか? 告白の」


 それを優也から訊かれた。訊かれてしまった。


 あえて、それは訊かないでいるつもりでいた。


 だって明里は……


「明里がお前のことを好きだからか?」


「っ!! 知ってたのか……?」


「そりゃな。俺だって明里に告ったわけだから」


 その時明里から聞いたのか……言われてみれば当然か……おそらくそれが、この告白の結果にも繋がってる。


 申し訳ない気持ちと、少しの焦りを感じながら優也の方を見る。


「まぁ、返事は保留、って感じだな」


「保留……?」


 え? それって、、ってことだよな……?


 明里は、満更でもないってことか……? なんで……


「あぁ、だから俺は……こっから頑張るぜ。お前には負けない。絶対にだ」


「……」


 優也の、本心を聞いた気がした。


 もうその顔からは笑みが消えていて。代わりに、強い決意の宿った目だけを俺に向けていて。


 これがこいつの本心でないなら、世の中嘘だらけだ。


「まぁ、お前は奏ちゃん一筋だし、問題じゃねえけどなー?」


 優也はまた楽しそうに笑い出す。


「……そうだな」


 肯定をしたはずなのに、なんだか力のないような声になった。


 なんだ……? この感じ……やっぱり俺は……


「お、でけぇ花火上がったぞ!」


 俺が悩ましい問題に頭を使おうかと言う時。向こうの空を指差して優也が声をあげた。


「お、ほんとだ」


 たしかにでかい。悩みなんて吹き飛ぶでかさだ。


 バーーン!! とけたたましい音をあげ、四方八方にカラフルな火花が飛び散る。

 そして、それに呼応するように、周りでは小さな花火が立て続けに上がり、お互いを彩る。


「どうせなら笹森さんと見たかった。なにが悲しくて男二人で見なきゃいけないんだ」


 さっき浮かんだ不安を誤魔化すように、そう毒づいた。


「ひでぇ言い草だな? ったく……そういえばお前、奏ちゃんと二人で花火見て、どうするつもりだったんだ? 具体的な話は聞いてなかったが……」


 そりゃ決まってる。とっておきのセリフ。これを言う。


「手と手の触れ合う瞬間、『花火綺麗だねー』って話をするんだよ。で、そのあと俺が、『笹森さんの方がもっと綺麗だよ』って粋な言葉をかけるわけだ。これでもうアッツアツよ!」


 隙がない。我ながら、隙がない。インコース、アウトコース……高めに低め……どこから来ても対応できる魔法の言葉だ。


「……男二人で花火を見れてる俺に感謝しろ?」


「は? なんでだよ? ……おい、聞いてんのか?」


 目を逸らして花火を見ているふりをする隣の男に声をかけるが、一向に反応する気配がない。


 なんだってんだ? この作戦の良さが分かんねぇのか? 


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