第97話 ドッキリビックリデー

「私が先輩を……?」


 なんか前にも、優佳にこんなこと訊かれたな……


「うん。違う?」


「違う……」


 先輩……いつも私をからかうようなことを言ってくる先輩。そして調子に乗る先輩。


「違わない……?」


 でもたまに優しい言葉を投げかけてくれる先輩。怖い時、動けなかった時、助けてくれる先輩。


 私は先輩のことを……


「えっ、好きなの!?」


 そうなの私!? そうだったの!?


「奏ちゃんに訊いたんだけど……」


 困惑の渦で溺れる私を見て、明里さんは苦笑いを浮かべている。


 弁解したい! でもそれどころじゃない! 


「でも……私に雄二のことを訊いてきたってことは、少なからず気持ちの変化があったんじゃない?」


「気持ちの変化……」


 たしかに、少し前までは明里さんの好きな人を詮索するようなことはしなかったし、しようと思わなかった。


 でもそれが先輩かもしれないから今日は……


 ……先輩だから? それって、明里さんが先輩のことを好きだと、私が困るから?


「……」

 

 えっ、好きなの!?


「なんかまた同じことを繰り返しそうなのであんまり考えるのはやめます……」


 半泣き状態に片足突っ込んだような表情だったと思う。

 それくらい今の状況にはお手上げ。


「そ、そう……まぁ、ゆっくり考えてみるのも大事かもしれないから……」


「……明里さんは、なんで私が先輩のことを好きだと思ったんですか?」


「私?」


 きょとんとして首を傾ける明里さんに、その理由を説明する。


「明里さんの話を聞けば、私の気持ちの整理の助けになってくれるかもしれないと思って……」


「……そっか。でもあんまり役に立たないかもよ?」


「それでも……聞いておきたいんです」


 優佳にも、先輩のことを好きなんじゃないかと言われた。


 あの時は、そんなに深く考えなかったけど……


 今なら、真剣に考えられる気がする。真剣に、考えなきゃいけない気がする。


 その助けになるかもしれないなら、やっぱり聞いておきたい。


「……雄二はさ」

 

 そんな私の思いを感じ取ったように、明里さんは話し始めてくれた。


「かっこいいと思うんだよね」


「はい。……ん? かっこ……まぁ、はい」


 質問に対しての答えの導入がちょっと変……? な気がするけど……


「……」


 きっとここから、どんどん具体的に……


「…………」


 ならなかった。


 待てど暮らせど、明里さんは言葉を発する様子がない。


「奏ちゃん?」


 呼ばれて我に帰る。


「あっ、はい。えっと……その、私が先輩のことを好きだと思ったのって……?」


「だから、雄二がかっこいいから」


「かっこいいから」


 復唱する。


「そんなだから、多分奏ちゃんも好きになっちゃうんだろうなって」


「好きになっちゃう」


 また復唱。

 

 明里さんと会話してるとは思えず、なんだかIQの低い会話のように思えてきた。


 役に立たないかも、と忠告されてたけど、まさかここまでとは……

 

 でもなんか……


「明里さんらしいですね」


 そんなふうに思う。


 自然と頬が緩み、明里さんの言葉にも納得してしまいそうになる。


「そうかなー?」


「はい、なんかもう、発想が。明里さんって感じです」


「あははっ、なにそれ? 私ってこんなIQ低い感じかな?」


 あっ、自覚はあったんですね。


 ……と、この溢れんばかりの思いは心に留めておく。


「あー……でも、これから大変になるなぁ」


「大変になる?」


 呟くようにそう口にする明里さんに、私は繰り返すように質問をする。


「だって、奏ちゃんがライバルになるんだもん。大変だよ」


「〜〜っ! そ、それは私が先輩を好きな場合で……というか、明里さんがそんなに心配する必要はないですよ!」


 なんか自分が全然ダメ、みたいな感じでちょっと情けないけど、明里さんが魅力で溢れていると思うのは本心。


 可愛いし、気が回るし、何より先輩のことを好きな気持ちで溢れてる。恋する女の子は可愛いんだ。


「そうかな? 私は、ずっと不安だったよ」


「不安……?」


 聞き返す私に、明里さんは頷いて応えて見せた。


「奏ちゃん、雄二を好きになったら困るなって。勝てないな、って。不安だったよ」


「……」


 明里さん、そんなことを……


 大好きな先輩であり、大切な友達でもあると思ってる明里さんに、そんなふうに思われてたのは……なんかショック。


「ごめんね。こんなこと言っちゃって。奏ちゃんのことが嫌とか、そんなことではないから。絶対に」


 そんな私の気持ちを察してくれたように、明里さんはそう強く言い切ってくれた。


「明里さん……」


 そう言ってくれることが、やっぱり嬉しいな。


 明里さんは、口だけで誤魔化すようなことはしないし。それが分かってるから、この言葉も自然に受け入れられた。


「それに今も、負けていい、なんて思ってないから」


「……ふふっ、なんかそれも明里さんらしいです」


 意外と芯の強いとこがあるんだよな、明里さん。こんなこと言うと怒るかもだけど。


「だから……これは、宣戦布告。奏ちゃんが雄二と一緒にいたい、と思っても、私がそれを許さないんだから!」


 明里さんは、右手をぎゅっと丸めて、私に突き出す。


 あれ? なんかこれは芯が強すぎるような……?


「なんか……少年漫画みたいですね?」


「〜〜っ! そ、そんなに余裕でいられるのも今だけ!!」


 私が思ったことを口にすると、真っ直ぐこちらを見ていた瞳は、いつの間にか空に上がる花火を映していた。


「あはは、私だって、明里さんの余裕がなくなるくらい頑張りますよ! ……私が先輩を好きなら、ですけど」


「それもう、好きって言ってるようなもんだよ?」


「〜〜っ! 違います!!」


 今度は私が追い込まれた。不覚。


「まぁ、私は今で結構余裕がないとこあるけどなぁ」


 そう呟く明里さんがなんだか意外で、思わず聞き返した。


「そうなんですか?」


「優也の告白のこともあるし……」


「そうなんです……え!? こ、告白……告白!?」


 すごいデジャブを感じた。


 明里さんはハッとしたように振り向いたけど、多分私はその三倍はびっくりしてる。


 今日は、なんなんだろう……? ドッキリデー? ビックリデー? もう分かんない……


 

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