第94話 好きな人とか……いるんですか?
「へー、そうなんですか?」
「あぁ。俺も当時のことは知らないけど、それからも明里とは話すようになって、高校も同じとこに合格、クラスも同じの腐れ縁、って言ってた」
先輩が教えてくれた、中西先輩と明里さんとの出会い。
その話を聞いて、私はふんふん、と頷き返す。
中西先輩と明里さんがかぁ……なんか意外だな。
先輩にも言ったけど、明里さんはどちらかというと先輩と話してるイメージ……
「……」
……そういえば、明里さんが先輩以外の男の人と話してるのって見たことないな……
……!! もしかして、明里さんが好きなのって……?
いやでも、明里さんが好きな人は、既に好きな人がいるって……
……先輩には、いるのかな。
「……先輩は、好きな人とか……いるんですか?」
「えっ!? す、好きな人……? なんで急にそんな話に……?」
ですよね。そりゃそうなりますよね。
冷静になると、先輩の反応はこれっぽっちも間違っていないことに気づく。
なんなら、自分の発言がいかに的外れなものだったのかにも気づいてしまった。
「……」
というわけで、無言。もうこうなったら無言を貫くしかないのです。私は何も間違ったことは言ってませんよ? という表情を先輩に向けるのです。
「え、えーと……好きな人、好きな人ね……」
そして狙い通り、先輩は諦めたように考えるそぶりを見せ……
あれ? 考えるってことは、やっぱりいるの……? 好きな人……
そう考え出した瞬間、なんだか体から力が抜けるような感覚に襲われる。
なんだろう……これ……
「やっぱり……いいです」
はっ! とした時にはもう遅く、私の口からはそんな言葉が出ていた。
自分でもなんとなく分かるけど、かなり弱々しい声だった気がする。先輩にそんな失態を晒してしまったことがなんだか悔しい。
「そ、そう? まぁ、笹森さんがそう言うなら今回はお預けって事で、うん」
「……」
なんですか、それ? お預けって……戸惑ってたのかと思ったら実は言いたかったんですか?
この思いは口にすることなく、なんとか私の中に留めておくことに成功した。
そんなことを考えていたら、ピコンッという音が響いた。
「あ、優也たち合流したいって」
私のかな? と思ったけど、どうやらそれは違ってたみたい。
スマホの画面を確認して、先輩がそう教えてくれた。
「そういえばもう、花火まで一時間ちょっとですもんね」
先輩と話してる間に結構時間経っちゃってたな……
中西先輩から合流する場所の連絡が来て、私たちはベンチから腰を上げた。
「あ、笹森さん」
「え? あっ……」
急に名前を呼ばれて何かと思ったけど、先輩が伸ばしている腕と開いている手のひらを見て、納得した。
「ありがとうございます」
「ほいっ」
先輩の掛け声と共に、先程まで私が握っていたいちご飴を包んでいたビニールの袋はひらひらと揺れながらゴミ箱へと吸い込まれていった。
「じゃ、行こうか」
「……はい!」
私に華やかな笑顔を見せる先輩を見ると、さっき感じた脱力感が少し薄れた気がする。
元気よく返事をした私は、さっき頭で思い浮かべた嫌なイメージを払拭するように先輩の後を歩き出した。
「……?」
嫌・なイメージ?
自分が心の中で口にした言葉に違和感を感じる……
なんだろう、これ。
「笹森さん?」
「あ……なんでもないです」
先輩に呼ばれて我に帰った時、先輩との距離はだいぶ離れていた。
空想に耽るあまり、思わず立ち止まってたみたい。
たたた、と足を動かして、また先輩との距離を詰める。
「すみません、大丈夫です」
「そう? 疲れてたらもうちょっと休んでからでもいいからね。なんなら優也たちがここまでくればいいし?」
はははっ、と楽しそうに笑う先輩からは、私に対する気遣いが伝わってくる。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、うれしい。
「あはは、ですね」
私は先輩にそう返し、今度こそちゃんと歩き出す。
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