第93話 えぇ!? 辛辣!!


「……なぁ。用があんなら早くしてくんね?」


 学校が終わってからそのまま塾へと向かった俺は、さっきからチラチラと様子を伺うようにこっちを見てくる女に声をかける。


 俺からこの女に声をかけるなんて、不本意でしかないのだが、鬱陶しい事この上ないのだ。


「ご、ごめん。……でもやっぱり、昨日のことちゃんとお礼したくて……」


 まるで、点数の低かったテストを親に見せるときのガキのような消え入りそうな声でそう話す女。


「……」


 そんなに執着してどうすんだ? 


 ……いや、分かってる。どうせまた、同じだ。


「……なぁ。別に隣に座ってんだから、答え教えるくらい普通だろ? そんなことでいちいちお礼なんてされてたらキリがねぇんだよ」


 少し強い口調で言葉を発する。いや、もしかしたら自分で思っている以上に突き放すような言い方になっているのかもしれない。


 とにかくもう、こいつとの話のネタはさっさと無くしたかった。でないと、また面倒なことになりそうだから。


「え? それって、いつでも助けてくれるってこと?」


「っ……!! 違ぇよ……! んなわけねぇだろ」


 なのにこの女は、俺の意図なんて全く汲み取っていない様子で、首を傾げてこんなことを抜かしやがった。


「ご、ごめんなさい……」


 俺がそれをつっこむと、また罰が悪そうに頭を下げる。


 ……こいつと話してると調子狂うな……大抵の奴ならこんなふうに強く当たればもう近づこうとはしないものだが。


「でも……えっと……」


 そんなことを考えながら隣でコロコロと表情を変える女のことを見ていたら、ふと目があった。

 

 何かを話そうとして、言葉が出てきていないようだ。


「……優也だ。中西」


 女の意図を汲み取り、俺は自分の名前を伝える。


「あっ、中西……優也くん? ……優也くんは、なんか自然に優しいよね」


「……自然にってどうゆうことだよ?」


 つい問いかけるような真似をしちまった。「あぁ、そりゃどうも」この一言で会話は終了。この女ともこんなふうに話すことはなかったはずなのに。


 妙な言い回しをするものだから、余計なことをしちまった。


「んー……だって、親切にしてくれたこと、普通だって言うし、お礼もいらないって、わざと突き放すように言ってるし」


「……」


 後者の方は本当に突き放したいからそうゆう言い方になってるんだけどな……


 そんなことを考えて何も言わずにいると、女はさらに言葉を続けた。


「そういうのが自然と口から出てきてる感じがしたから。それって、優也くんの中身性格なんじゃないかなって」


「……!!」


 性格中身……!! 俺の……?


「……そうか」


 まさかこいつに、そんなことを言われるなんてな。会話すらしないつもりだったのに。


「ありがとな」


 気がついたら、そんなふうに声をかけていた。今までで一番、自然に出た言葉かもしれない。


 きっとこれも、こいつの言うように俺の中身の一部なのかもな。


 そんな柄にもないこと考えちまう。やっぱりこいつと話すのは調子が狂う。


「あはっ、やっと笑った!」


 おっと、そこには気が付かなかった。言葉を乗せた俺の口は、どうやら笑みを含んでいたらしい。


 楽しそうに笑い、後ろで束ねた黒髪を揺らすこいつを見ていると、からかわれたはずなのに、不思議といやな気持ちはしない。


 そういや……


「お前、名前は?」


「あ、そうだよね。優也くんのしか聞いてないよね、私」


 思い出したように声をあげ、少しずり落ちてきたメガネをくいっと上げる。


「私は、秋山明里! よろしくね、優也くん!」


 そしてこのキメ顔である。メガネの奥で瞳がきらっと光ったような気がした。実際には、メガネに光が反射しただけだろうが。


「キメ顔うっざ」


「えぇ!? 辛辣!! さっきまでのってわざと突き放すようにしてたんじゃないの!?」


「そうだよ。だから今のもわざと」


「ひどっ!? もっとひどいよそれ!」


 この日から、隣でぎゃあぎゃあ喚いている明里との付き合いが始まっていったのだ。



 ――俺が明里を好きになるのに、そう時間はかからなかった――

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