第16話 温泉旅館へ出発!

 六月三日。この日はわし高の創立記念日だ。

そして……


「お待たせー! ごめん、荷物の確認してたら遅れちゃって……」


「私も、結構持ち物多くなっちゃって……」


「大丈夫、俺の体は女の子を待つためにできてるから」


「ふふっ、なんですか、それ」


 待ちに待った、温泉旅行に向かう日でもある。

 心なしか、笹森さんもテンションが高いように見える。


 俺たちはまず、駅の改札口に集合し、それから電車で薔薇ばらの湯に向かう。

 薔薇の湯は、県の端っこにある温泉で、電車だと2時間くらいかかる場所にある。


 今が午後の四時だから、着く頃には六時前とかかな?


「じゃあ、券売機行って乗車券買おうぜ」


「そうだね。じゃあみんな行こっ!」


 優也の提案で、俺たちは券売機へと動き出した。


「電車乗るのなんて中学の修学旅行以来だよー」


「あっ、私もです。普段なかなか使う機会ありませんもんね」


「ははっ、たしかになー。通学の時使わなければまず乗ることないもんな」


 俺たちは四人とも電車通学じゃないから、こんな風に電車に乗るために動くってことが新鮮だ。





 乗車券を買った俺たちは、改札を通って電車が来るのを待つ。

 ここで問題なのが、だ。


「さて……俺と笹森さんが隣の席に座ろうと思うんだけど、異論のある人は……」


 しゅびっ! しゅびっ!


 ……勢いよく二つの手が高々と上がった。


「……ちなみにどうして?」


「明里さんと座りたいからです!」


「わ、私もそんな感じかな……?」


「ていうか、なんで私の隣なんですか!」


「景色がいいから」


笹森さんの横顔が見られる絶景スポットを逃す手はない。


「はあ……どういう意味……」


 そこまで言いかけたところで、笹森さんは俺の言いたいことに気づいたのか、顔を紅潮させ、あわあわ言っている。


「そ、それって、私が……?」


「笹森さんが可愛いからだよ」


「ま、またすぐそんなこと言って……」


 動揺してる姿も可愛いなぁ。


 おっと、見惚れてる場合じゃない。まだ諦めるには早すぎる。


「旅館では笹森さんと同じ部屋になるの諦めるから、お願い!」


 俺は誠意を伝えるべく、丁寧に頭を下げるが……


「もともと先輩と同じ部屋では寝ないですよ!!」


 あ、やっぱりダメだった。


「ねえ……それって、私よりも奏ちゃんの方が可愛いから、奏ちゃんの隣がいいってこと?」


 すると、明里から何やら恐ろしい内容の指摘が来た。


「あ〜あ、ひでぇなー雄二は。女の子にそんなことを言うなんてー」


 優也までヘラヘラ笑いながら、明里の肩を持つようなことを言っている。さっきまで俺の味方しなかったくせに、こいつ!


 しかし、明里がいるのに笹森さんのことだけ可愛いと言ってしまったのだから、そう捉えられても仕方がない。


 ここは素直に謝っておくか。


「すまん、もちろん明里だって可愛いぞ?」


「じゃあ……わ、私と一緒に座る……?」


「え?」


 明里は上目遣いにそんな提案をしてきた。


 くぅ! これは……可愛い! 笹森さんが可愛いのはもちろんだが、をされると……


「わ、分かった……一緒に座ろう」


 降参だ。


 男は上目遣いをされたら何を頼まれても断れないのだ。それが明里クラスの美少女なら尚更だ。


 結局、俺と明里、優也と笹森さんのペアで座ることに決まった。


 くそっ! 優也のやつ、羨ましい!!


 と、そこで俺たちの乗る電車の近づいてくる音がしていることに気がついた。


「おっ! 電車きたぞ」


 優也が口を開いた直後、電車は俺たちの前に止まった。


今回は諦めて乗るか……まあ、明里の隣が嫌とかではないからな。


 そう思い、チラッと明里の方を見ると、どこか興奮したような、緊張したような表情を浮かべていた。


 電車乗るの久しぶり、みたいに言ってたから、電車に乗るのが楽しみなのかな?





 電車の中は、俺たちの学校だけが創立記念日で休日なため、あまり人は乗っていない。俺たちの他には、同じく温泉に行くのか、友達と楽しげに話しているおばさんが数人いる程度だ。


 混んでるよりは気を使わなくていいからな。この日を選んだのは正解だったかもな。


 そんなことを実感しながら、俺たちはさっき決めたペアで席に座る。

 窓側に俺が座り、その隣に明里、通路を挟んで、笹森さん、さらに窓側、笹森さんの隣に優也と言った感じだ。





 席についてからは、夕飯なんだろうとか、温泉どんなかな、とかそんな感じの会話をして、薔薇の湯に着くのを待った。


 しかし2時間もかかるとなると、結構長いなあ。


 話すこともだんだん無くなって、思ったよりも長いな、と感じていると、


「なあ、なんかゲームしねぇ? そろそろ暇になってきたし」


 優也が一つ、この時を見計らったかのように提案をしてきた。


「ゲームですか? でも、私たち何も持ってきてませんよ?」


「じゃあ、""なんてどう?」


「愛してるゲーム?」


 なんだろう? 聞いたことないな。


 明里も不思議そうに、優也が続きを話すのを待っている様子だ。


 そして、優也は愛してるゲームの説明を始めた。


「愛してるゲームっていうのは、ちょっと前にネットの動画投稿サイトで流行ったやつだよ」


 動画投稿サイトかー。いつもユーチューベくらいしか見ないからな……


「女子が男子に"愛してる"って言い続けて、先に照れた方の負けだ」


 ……なんだ、その崇高なゲームは!!


 そんな男が得するゲームがあっていいのか……?

 一体誰が考えたんだろう。表彰したい。


「え、なんですかそれ……?」


「いや、これが流行ったんだって。よくわかんないゲームだけど、案外盛り上がるかも知んないぜ? それに、旅館に着くまでまだ時間あるし……」


「是非、やろう」


「先輩……」


 なんか笹森さんの訝しむような目が俺の体を襲っている気がするが、気にしたら負けだ。俺はこのゲームがやりたい。絶対、どうしても、何がなんでもやりたい。


「俺は絶対照れない自信があるけど、笹森さんはすぐ照れちゃうのかな?」


くっ! ごめん笹森さん。ひどいことを言うようだけど、どうしても俺はこのゲームがやりたいんだ……


「むっ、そんなことないですよ。私もちょっと気になるし、みんなでやってみましょうよ」


よしっ! 


 こうして俺は、一体誰が考えたのか、漢の夢の詰まった、愛してるゲームに身を投じる。

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