第17話 愛してます、先輩
「愛してる」
「もう一回」
「あ、愛してる」
「もう一回」
温泉旅館へと向かう電車の中、俺はここ一番の大勝負に挑んでいた。
「愛してる……」
「もう一回」
もう何回目だろうか。俺は間髪入れずに「愛してる」の催促をする。
「あいして……る……」
「もう一回」
負けられない。
そう、それはまるで甲子園への切符をかけた試合の最終局番のように、それは将来のかかった受験の最中のように、俺は真剣だ。
「あい……して……る……!!」
「もう一回」
紅潮する明里の顔を見るに、勝負がつくのは時間の問題だろう。
「愛してるよぉ……!!」
「もう一回」
俺は絶対に照れない。
いや、照れてるのを悟らせるわけにはいかない。
「愛してるってばぁ……!!」
「もう、一回だ」
しかし、そろそろ俺もキツくなってきた。
こんな近距離で明里の顔を見ることはないからな……
……だが、今ここで負けるわけにはいかない。
笹森さんと愛してるゲームをするために……!!
「愛してる……! 愛してるよ雄二……!!」
くっ……名前を呼ぶとは……!! だが……
「もう、一回だ……!!」
「〜〜〜〜っ、もうムリ! ギブアップ!!」
「よっし!!」
今、決着がついた。この長き戦いに……本当に、長かった。嬉しくも辛い、なかなか奥の深いゲームだった……
俺は頭から湯気を出す勢いで顔を赤くし、俯いている明里の向こう、笹森さんを見る。
「そっちも、終わったみたいだね」
「はい、先輩たちは長かったですね? こっちはすぐ終わりましたよ?」
笹森さんの隣では優也が顔をゆでだこのようにして項垂れている。
どうやら勝負に夢中で、あちらの試合が終わったのに気が付かなかったようだ。
でもこれで……
「やっと俺たちの勝負ができるね」
「はい、すぐに終わらせますよ?」
愛してるゲームをすることに決まった時、リーグ戦にすることにしたのだ。
まずは隣同士、俺と明里、笹森さんと優也が勝負をし、勝った方が次の戦いに挑む。
そして俺たちは順当に勝ち上がった。これからが本番。俺と笹森さんの一騎討ちだ……!!
「じゃあ、次に電車が停まるまで待とうか」
「そうですね」
通路を挟んでいては勝負として成立しないからな。
俺と笹森さんが隣同士になって、勝負をする。
……なんか結局、笹森さんの隣になるという目標も達成できるし、まさに一石二鳥だな。
……しかし、やけに自信のある様子だが……何か策でもあるのか?
◆
電車が停まり、俺たちは移動を開始する。
「じゃあ、始めましょうか」
「ああ」
妙な緊張感の漂う中、俺たちの最終決戦が始まった。
「愛してます」
「もう一回」
「愛してます」
「もう一回」
なんだ?自信があった割には普通だな……
「愛してますよ? 先輩っ」
「!!」
なん……だと……?
笹森さんは問いかけるような口調で"愛してる"の旨を伝えてきた。
これはまずい……! 思わず、「俺もだよ」と言ってしまうところだ。
「もう……一回」
「だから、愛してますよ? 先輩っ」
「!!!!」
今度は上目遣いだと……!? 俺の顔を覗き込むように問いかける。
くっ……!! 可愛い……どうしようもなく可愛いじゃないか……!!
甘く見ていた。笹森さんに「愛してる」って言って欲しいという軽い気持ちで始めたが、負ける。このままでは負けてしまう……!!
まさか、笹森さんがここまでするなんて、いつもの様子からは想像もつかなかった。
だが……
「もう一回……!!」
それならば、尚更簡単に負けるわけにはいかない。笹森さんのこの姿を、魂に刻みつけるまでは……!!
「……なかなかやりますね。さっきので勝ったと思いました」
「たしかにね……でもまだ負けられないよ」
「じゃあこれで……」
笹森さんはそう呟いたかと思うと、今日一番の笑顔で勝負をつけにきた。
「愛してますっ、大好きです先輩っ!」
「!!!!!!」
ぐああああ!!!! これは……むりだ……
上目遣いだけじゃなく、顔が近い……
さっきまでも十分近かったのだが、もう笹森さんの髪が俺の頬に触れそうな勢いだ。
しかも、さりげなく俺の手に笹森さんの手が包み込むように重なっている。無理だ。これは勝てない。
「ま、参った。俺の負け……」
最後にこの顔が見られて、本当に……よかった……!!
「ふうっ、なんだかんだで結構面白かったですね」
笹森さんはどこか満足げな表情を浮かべている。
悔いはない……笹森さんにあんなに「愛してます」と言われたのだから……
でもいつかは、ゲームじゃなく、本当に……
「あ、そろそろ着くぞ」
「あっ、ほんとだ」
俺が今日の幸せを噛み締めていると、さっきのゲームから立ち直った優也と明里が窓の外に視線を向けている。
どうやら、"愛してるゲーム"をしているうちに目的地に到着するようだ。
「しかし、笹森さんがまさかこんなに真剣になるなんて……」
俺がなんとか冷静さを取り戻しそう言うと、笹森さんは照れたように、
「い、いいじゃないですか……勝負事になるとつい……」
と、答えてくれた。勝負に熱くなるタイプなのかな?
「って、私さっきまで何を……? せ、先輩に"愛してる"って……?」
あれ? なんか笹森さんの様子が……
「はわわわわっっ〜〜!! は、恥ずかしすぎる……」
そう言って前の席の背もたれに頭を傾けて俯いてしまった。
「笹森さん、もしかして……今頃になって恥ずかしく……?」
「言わないでくださいよぉ……」
「ははっ、ごめんごめん」
勝負に熱くなるあまり、我を忘れるタイプみたいだな。
と、笹森さんと話しているうちに電車が停まった。今度は各駅停車ではなく、俺たちの目的地、
「やっと着いた〜!」
「結構長かったなー」
「でも電車ってなんか新鮮で楽しかったです!」
「ふう……なんか疲れたな。早く温泉に入りたい」
電車を降りた俺たちは、背中を伸ばし、旅の疲れを癒すべく、旅館へと向かった。
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