第8話 笹森さんと……
四月二十四日の日曜日、現在時刻は午後四時。花見に来る人でごった返している
ここ、百夏公園は、戦国時代にとある武将が建てた城跡を中心に広がる、かなり大規模な公園だ。
毎年、この時期になると多くの人が花見に来る。
去年は優也たちクラスのみんなと親睦会の意味も兼ねてきたが……今年は好きな人と来ることができる……それがどうしようもなく幸せだ。
俺がそんな乙女チックなことを考えていると、向こうから、どこの誰が見ても一目で可愛いとわかる一人の少女が小走りに近づいてきているのが見えた。
「先輩っ、すみません、待ちましたか?」
「いや、全然大丈夫だよ」
まぁ本当は待ちきれなくて30分くらい前には来てたけど……笹森さんを待つのは全く苦痛ではない。むしろ嬉しいご褒美なので嘘にはならないはずだ。
それよりも……私服の笹森さんが可愛すぎるな……ちょっとこれやばいぞ。
チェックのシャツをボタンでしめ、薄い青系統のパーカーを羽織っている。白いスカートを腹部のあたりでベルトで結んでいるのがまた可愛い。
「あの……先輩? 急に黙られると困るんですけど……」
しまった! あまりにも……
「あまりにも笹森さんの私服姿が可愛くて……」
俺が項垂れるようにそう言うと、笹森さんはうつむき気味にもじもじし出した。
「……ありがとうございます。べ、別に先輩に見せるためにコーディネートしたわけじゃないですからね……」
くっ、俺に見せるためではない……ひどいことを言われているはずなのに、何故か嬉しいのは一体どうしたことか……
もっと笹森さんの私服姿を目に焼き付けたいが、あの時間に間に合わなくなるからな。
「とりあえずいろいろ見て回ろうか」
「そうですね。桜祭りなんて子供の時以来だから結構楽しみにしてたんですよ」
よかった。笹森さんも、嫌だったわけではないんだな。
俺はその事実に安堵しつつ、屋台で賑わう百夏公園の中へと足を運んだ。
◆
「あ、先輩っ! 私いちご飴食べたいです」
「笹森さん本当いちご好きだね」
「いいじゃないですか別にー」
俺がそう笑い、笹森さんの分を買いに行こうとすると、
「あ、私が行きますよ」
「そう? 俺が行ってもいいんだけど……」
笹森さんはそう言って屋台のおじさんに話しかけに行ってしまった。
そんなに早くいちご飴食べたかったのかな? まぁ、本人が自分で買いに行くと言っているのをわざわざ止める必要もないか。
俺が、いちご飴を買う笹森さんを見ていると、いちご飴を二つ持った笹森さんがこちらに向かってきた。
……あれ? 二つ?
俺が疑問に思っていると、笹森さんは顔を赤らめながら、片方のいちご飴を俺の方へと向けている。
「どうぞ……」
「え?」
「だから、この前先輩にストボご馳走してもらったので、そのお返しです」
…………!! そういうことか! 何故直ぐに気づかなかったんだ! まさか笹森さんの方から俺にそんなことをしてくれるなんて考えもしなかった。
「あ、ありがとう……」
「ストボよりは安いですけどね」
「そんなことない! このいちご飴ほど価値のあるものは他にないよ!」
「そ、そんなにですか……?」
俺が食い気味にこのいちご飴の魅力について話すと、笹森さんが少し引いているように見えた。
でも今はそんなことよりも、笹森さんから俺に何かをしてくれたという事実が嬉しくて、他のことなんて考えられなかった。
俺は、笹森さんからもらったいちご飴の味を忘れまいと、いちご飴を口に含んだ。
「おいしいね。笹森さん」
「……そうですね」
まだ少し引き気味なのか、どこか落ち着かない様子の笹森さんだったが、
「あ、そろそろだ」
「? 何がですか?」
時間が近づいているのを確認して、俺は笹森さんを連れて城のある方へと向かう。
◆
「ここは……」
「笹森さん、中入ったことある?」
「いや……ないです」
俺たちは城の前まで来ていた。百夏公園の城は、入場料を払うことで、中を見学することができる。
俺は二人分の入場料を払い、笹森さんと二人で城の中へと入った。
「へ〜、中はこうなってるんですね」
笹森さんは感心したように城の中を見て回っている。
城の中には入ったことがないと言っていたから、新鮮なんだろう。喜んでもらえてよかった。
その後も俺たちは一通り城の中を動き回り、時刻は午後六時になろうかという頃、俺たちは城の最上階にある展望台へと来ていた。
「ここはなにをする所なんですか?」
「ここは展望台。ここから百夏公園を見渡せるんだよ」
俺は、ちょっと見てみようかと言って、歩みを進めた。すると……
「わあ……!」
そこにはライトアップされた桜がそこかしこに立ち、幻想的な風景が広がっていた。
百夏公園の桜は午後六時を過ぎるとライトアップされる。俺はその時間を見計らって、笹森さんとここに来たかった。
「きれい……」
笹森さんのそんな声が聞けたことがなによりも嬉しい。
「もしかして……」
もしかして、この景色のために城に来たんですか? と言いたげな顔だ。
「笹森さんと、この景色が見たくてさ」
俺は、素直にそう答えた。
だってどうしても、笹森さんとこの景色を見たかったから。
笹森さんは「そうですか……」と言って黙りこくってしまった。暗くてよく見えないが、また顔を赤くしているような感じがする。
……俺もちゃんと、この景色を見ておくか。
そう思い、それからは二人とも言葉を交わすことなく、ライトアップされた桜を見つめた。
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