第5話 自由部(仮)

 翌日、朝一番に俺は松中先生の元へと向かった。


「先生、じゃあこれお願いします」


「おー、分かった。やるからにはしっかりやれよ。ああ、あと視聴覚室は自由に使っていいからな」


「はい」


 まさかこんなに上手くいくなんて……


 相変わらずどこか気だるそうな松中先生とのやりとりを終え、俺はを待った。





 そして放課後、俺は彼女の元へと向かう。


 下校する生徒や、部活へと向かう生徒たちが行き交う廊下で、俺は笹森さんが来るのを待つ。

 すると、笹森さんの綺麗な黒髪が俺の視界に映った。後ろ姿だが、あれは絶対笹森さんだ。溢れんばかりのかわいいオーラが俺には見える。よし、行くか。


「笹森さん」


 俺が声をかけると、笹森さんはくるりと体を揺らし、こちらを振り返る。


「あ、先輩。どうしたんですか?」


 キョトンとする笹森さんに俺は一言。今日のお願いを伝える。


「実は……笹森さんに、俺の部活に入ってほしいんだ!」





 昨日の昼過ぎ。


『……お前、って言ったよな?』


「あ、ああ。そのつもりだが……お前、何させる気だ?」



「部活? でも俺、部活なんてやってないぞ」


『作ればいいだろ』


「作る? どうやって?」


『わし高は部員三人以上で部として認められる。俺とお前が入って、あとは奏ちゃんが入ってくれれば部として成り立つだろ?』


『あとは顧問だが……たしか松中先生は部の顧問をしていなかったはずだから、頼めばやってくれるだろう』


「なるほど……」


 部の活動となれば、笹森さんと話す機会もグッと増えるからな。アリかもしれない。でも……


「でもなんの部を作るんだ?」


 やはり新しく部を作るのなら、ある程度ちゃんとしたものでなくては採用してもらえないだろう。


『ん? 考えてない」』


 まじかよ、こいつ……


 俺は、提案者が実は無策だったという驚愕の事実にうなだれてしまった。


『それも含めて、積極的に考えろよ』


「俺がやんのか……」


「がんばっ♡」





 と、いうわけで今に至る。


「え? 部活……ですか?」


 元々困惑気味だった笹森さんは、余計に混乱して頭にはてなマークが浮かんでいる。

 いきなり、「部活に入ってくれ!」なんて言われたらなあ……。

 あれ? なんか普通に連絡先聞いた方がまだ自然だったんじゃ?? 

 いや……部に入ってくれたら笹森さんといっぱい話せるし、結果的にはプラスなはず。そうに決まっている。


 道ゆく生徒の視線を一身に集めながら、俺はそう思うことにした。


「そうそう。正確にはまだ部ではないんだけど……今は俺と、俺の友達が部員で、あと一人入ってくれれば部として認められるんだけど……」


 どうかな?と俺は問いかける。


「んー、私、特に部活とかはするつもりないんですが……」


 ふむ、まずいな、これは。こうなったらもう短期決戦。俺は早くもを出す。


「頼む! 笹森さんに入ってほしいんだ! 昨日少し話しただけだけど、君じゃなきゃだめだと思ったんだ!」


 背筋を伸ばし、腰から頭にかけて一直線になるように体を九十度曲げる。

 俺はもはや芸術の域に達しようとしている最敬礼を笹森さんに捧げた。


 昨日少し話してみてなんとなく分かった。笹森さんは……


「えっちょっと先輩!? こんなところでそんな……」


 攻められると弱い!! 笹森さんは顔を真っ赤にさせて、あたふたとし出した。


「え? あれ告白?」 「あの子、昨日スピーチしてた子じゃない?」 廊下でこんなことを叫ぶもんだから、周りの生徒たちは驚いて噂話を始めた。

 俺もいつのまにか平気でこんなことをできるようになっている自分にびっくりだ。

 すると笹森さんは、頭からプスプスと湯気を出しそうになりながら、


「〜〜〜〜〜〜っ、分かりました! 分かりましたから! とりあえずこっち来てください!」


 そう言って笹森さんは俺の手を引いて走り出した。



「はあ、はあ……」


「つ、疲れた……」


 学校の廊下から逃げるように走り、俺たちは二階にある、視聴覚室の前までやってきていた。

 いきなり走ったもんだから、二人とも疲れて下を向いているが。


 でもちょうどよかったな。少し疲れはしたが、目的地まで来ることができた。笹森さんに手を引いてもらえたのも俺的に高評価だ。


「それで先輩、部活って何をするんですか?」


 笹森さんは観念した様子で顔をあげ、俺が部活の話をしたときに真っ先に思ったであろう疑問を口にした。


 俺はその質問に、待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、そして答える。


「自由部(仮)へようこそ!」

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