エピローグ
「つまりディオスさんも白の魔女を封じた一族の生き残りだったんですよ」
最初から結論ありきで語られる話は過程の大切さを見失っていると言わざるを得ない。
つまりと言われてもなんでそうなったのか分からんので伝わってこないんだよな。
積み上げられた本の森の中から若い女の――ハルの声が聞こえてきた。
「本流からはとても離れていたので力そのものはほぼ失われていたみたいです」
皇国西方の山と森に囲まれた一地方。ディオスの生家での一幕である。
「要を生成する一族、陣を生成する一族、道を生成する一族。これらを以って白の魔女を封印せんとす。法は一子相伝とし決して外に持ち出すべからず。といっても長い間にどこも廃れてしまって方法も失われてしまったみたいですけど。私の母も覚えていたかどうかは分かりませんね」
なんとなく弾んだ声。あいつにとっては色んな知識が身につけられるし危なくもないし休養をかねたちょっとした小旅行気分かもなのかもしれない。
あっちこっちそっちこっちと手当たり次第に本を開いて唸るような声を上げている。
元は立派な館だったのかもしれないが今じゃほとんど崩れかかっててなんとか使えそうな部屋二つ。
一つは書斎だったっぽいけど今は雑多な多目的部屋に見える。飯食ったり寛いだりと昼寝したりとそんな感じの。
窓の外は荒れ放題伸び放題の草木しか見えない。人の訪れは絶えて久しく、館に訪れる為の道はほとんど獣道になっていた。
あいつが言い残した言葉を紐解いてあいつん家が持ってた建物まで来たわけだ。
そしてこの行程は俺にとっても収穫があった。
謎めいた光を放つ時計についてもやはりという思いはあったが裏付けが取れた。これは白の魔女を封印する為の要の一つのようだ。
あんま思い出したくもないがこれを持ち出すきっかけになった時に同じことが起こったからな。
あれから十年は経つけどその間は何の音沙汰もなしで本当にただの時計じゃないのかと疑ってもいた。
ハルが持っていた黒煌石と同様、白の魔女を封印する為の要。
それが意味するものは大概にしろよおいこの野郎と言いたい事実。
白の魔女の封印は黒煌石のみにあらず。他にも幾つかの封印を受けている。けれど総数は杳として知れない。
まだ封印されているんだと安心していいのかそれとも封印されててアレなのかと不安がればいいのかは判断に困る。
「堪能しました」
背筋を震わせて本を閉じるハル。実はこいつは結構な変人なんじゃなかろうかと思っている。
ここに来たのはあの事件のほとぼりが冷めるまで避難って面もあった。
ありのままを話せるわけもない。話したら頭の可笑しい人扱いされるだろうからマッツ先輩らの極一部の人を除いて真相は伏せてある。
そしてその真相の中でもレイが為したことは誰にも告げていない。俺とハルだけしか知らない。
そうして出来上がったのが偽物のお話だ。
世間では今回の事件は白の祈りなる集団が彼らの崇める神に供物を捧げようとして起こした凶行である。とある年若い青年煌士とその協力者である麗しい妙齢の女性の多大な努力と行動が解決に大きく寄与したのだ。
その年若い青年煌士が俺であり麗しい妙齢の女性協力者がハル。鼻で笑ったね。
笑えたのはどこからかその情報が漏れるまでだったが。
連日押しかけてくる新聞や雑誌の記者。ラジオに出演して事件について実体験を話してくれませんかと依頼する馬鹿者。果ては自伝を出しましょうなどと戯けたことを抜かす自称有名有能敏腕編集。そいつらまとめて嫌いになると決めた瞬間だった。
犠牲になった人の数も多い。その家族を前にしてそんな恥知らずな真似がどうして出来ると思っているのか。
あいつらの面の皮は厚いなんてもんじゃない。皮を剥いだら欲ってもんが肉の形をしてるに違いない。
大陸中央にある導きの星協会本部からも大人しくしていろとのお達しを受けている。四等煌士なんて見習いの域を出ない奴が本部からじきじきのお達しを受けるなんて異例中の異例。
そんなわけで今の俺のお仕事は大人しく身を隠すことだった。
「とはいえ、この眼については分からないままですか」
「あー……まあろくな目に遭いそうにない目になったな」
むっとしたハルが割と強めに叩いてきた。怒られた。
「まだ初日だ。そのうちなんか見つかるかもしれんだろ」
黄金瞳というらしい。
とても冷たい光をした黄金色の目をしている。ちょっと変わった目の色をした人ってのもいないわけではない。そんな中でもハルのは特別異彩を放っているといってもいいだろう。何しろ猫みたいな目してるからな。少なくとも俺は他にそんな奴を知らない。
「今のところは特に変わったような気がしないんですけどね。変なモノが見えたりとかしないですし」
「……見えても教えるなよ」
「あれ、ひょっとしてカナタさん。幽霊とかって……」
「苦手とかそんなわけねーだろうがこの仕事はそういったもんを相手にすることだってあんだよいちいちビビってられっかっての夜の墓場で開かれる運動会にだって余裕で参加出来るわむしろ優勝するし」
「誰も苦手だなんて言ってないじゃないですか。そんな早口で捲し立てなくても」
は?
「誰が早口で捲し立ててるって全然捲し立ててないしむしろすげえゆったりしてるしゴムの切れたブリーフよりもゆったりしてるしもうだるんだるんで話す気分でもなくなってきたし」
「肺活量すごいですね」
おめーなんだその目は。全然信じてなさげじゃないか。ここはいっちょ。このカナタ・ランシアが幽霊なんぞ退治する側の男であると示してやらねばなるまいて。
許されざる疑惑を抱いた女は黄金色の瞳を俺の背後に向かって動かした。
いきなり止まる。そして見開かれる。はっと口許を押さえる。
きしりと屋敷が異音をあげた。
「なにやってるんですか」
「ちょうど探してた本があったんでよ。あんまり嬉しかったもんだからダイブした。あるだろそういう時って」
「とっても小さな子どもたちの無邪気な笑顔が素敵ですね」
俺の手にはいつの間にか月刊ロリコニアンなんて冒涜的な名前の雑誌が握られていた。しかも創刊号。表紙には弾ける笑顔の可愛らしい幼児たち……。
彼らに罪はない。罪は彼らの笑顔をこんなところに閉じ込めた雑誌社とそれを金で買い取ったディオスが悪い。
これ完全にあいつの趣味だからね!
俺はでかい姉ちゃんの方が好きだからね!
まったくっもって他人に宣言する必要のないノーマルだからね!
「レイちゃんの様子見に行ってきますね」
「待て俺も行く……何だ言いたいことでもあんのか」
様子を見に行くと言っても廊下を出てすぐ隣の部屋なのだが。
元々は館の主人の部屋だったのか間取りは広く粗末なベッドが置いてある。時折あいつが訪れていたのか手入れされていたようで、ちょいと埃っぽくはあったが使うのに不都合はない。
「カナタさんがレイちゃんを可愛がってる理由って……言わないでくださいね」
「そこは聞きたがれよ。なんで推定犯罪者を見る目したんだあんこら」
「じゃあ何ですか」
「何言ってんだお前。俺がどう見たらあいつを可愛がってるってんだ。ありえねぇだろ。眼鏡かけて新たな客層開拓してから出直してこい」
なんだてめーその半笑いは。なんだその温い目は。適当に流してんじゃない。人の真剣な言葉は真剣に受け止めやがれ。
「カナタさん」
「なんだよ」
「あの時のレイちゃんはいったい、なんだったんですか」
「神御言」
「かみごと?」
「あいつの言葉は神さまの言葉だって言ってたよ。思うだけでも願うだけでも祈るだけでも現実に像を結ぶ。一等、世界に対して馴染みやすいのが言葉だっただけで」
だから、両手両足は言うに及ばず、両目両耳に口を塞いで喉を焼いた。何も思えないよう何も願えないよう何も祈りなどしないよう。怒りの心など神には不要なのだからって。
「ハル、お前は人に怒りの心はいらないと思うか」
「……何に対しても怒れない人はきっと何にも大切に出来ない人だと思います。でもそれだと人と、人の中で生きる意味がありません。言ってしまえば木石と同じ。何にも思えず誰とも関われない。月並みですけどそれは寂しいです。だから私は必要なんだって思います」
怒りは人間の負の側面で、切り捨てられるべきモノか。
確かに怒りは目を曇らせ行動を誤らせる時だって多い。あんな風に破壊的な面あれば突き抜けた酷薄さで顔を背けたくなる時だってあるだろう。それでも俺は、レイにとって不要な心なんかじゃないと強く思う。
あの怒りの源泉はなんだ。もしあの怒りがディオスを思うレイの心から生まれたものであるのなら、それはあいつが誰かを大切に思えるただの人間だってことのはずだ。そう願わずにはいられない。
「ハル」
「なんですか」
「お前がいてくれた助かった」
ハルの癒しがなければレイは死んでただろう。ひいては俺も。いや、もしかしたらあんなズタボロの死体と変わらない有様でも死ぬことはないのかもしれない。神さまの子だから自由な死なんてない。生かされ続けるのかもしれない。
どちらにせよレイが動けるようになったのは自分の身も顧みずハルが付きっ切りで癒しの律をかけ続けてくれたからだ。
それがなければ間違いなくレイはいまだ半死半生だったんじゃないかって思う。
ハルの頬が若干赤い。照れているようだ。普通の反応に笑う。
いつかはレイも些細な瞬間に照れたり笑うようになってほしいけど。
神さまになれなかった子どもではなく、どこにでもいるただのガキんちょとして。
「いませんね」
ベッドで寝ているはずのレイはいなかった。
はて、どこに行った。
見知らぬ土地の見知らぬ家でさらに人気もないときた。不用意にふらふらと出歩かれたらどうなる。とっても困るのは俺だ。
「あ、いました」
ハルの差す指の先。昔は子どもの遊び場だったのか大きな木に二つのブランコがぶら下がっていた。
「いたっ」
小さな声でハルが左目を抑える。
「どうかしたか」
「いえその……もしかしたら昔のディオスさんとその妹さんが遊んでたのかなって」
なんだそりゃ。
暗い夕陽の中で佇むレイはなんというかまあやっぱり不気味だった。現実よりもあっちよりの存在だよなと強く思う。いや別に怖いとかそういうのはないけど。
あいつがいるのはあっち側じゃなくてこっち側。
俺たちの姿を目にしたレイがこれも危なかっしい足取りでふらふらと近寄ってきて転げた。ハルが駆け寄って抱き起こすとその顔は土で薄汚れいていた。よく見れば包帯や手足の先も。髪には葉っぱや草が絡みついていた。
「……あのレイちゃんをお風呂に入れてあげたいんですけど」
「勝手にしろ」
「カナタさんだけの特権じゃなかったんですね」
なんでそれが特権になるのか俺には理解出来ない。
ハルがるんたったとレイを抱えながら風呂場に直行した。
なんかあいつ、やたらとレイの世話を焼きたがるようになったな。俺は楽できるからいいんだが。
窓際の椅子に腰かけて昔は子どもが遊んでいたかもしれないブランコを見る。
アスベルはあいつの人生を無意味無価値と言った。そいつはあいつの主観の問題で、他のやつもアスベルと同じ風に思う奴だっているだろう。
だけど俺はそうは思わない。
あのレーヤダーナ・エリスの心を動かした。人によってはなんだそんなことと鼻先で笑うだろうが俺の知ってるあいつなら鼻水出しながら踊り狂って喜ぶね。
断言してもいい。ディオスならそれだけで自分の人生は素晴らしいと言い切る。誰よりも価値と意味があったと誇らしげにする。だってあいつ馬鹿だから。
俺も誰かから見てあいつは満足してくたばったと言われるような終わり方をしたいもんだ。
だからまぁ、先に待ってろ。何時になるかは分からんが、お前が馬鹿面晒して踊ってるのを見に行ってやるからよ。
隠し持っていた酒を取り出す。俺の分と、誰も飲まないグラスに少しだけ注いで晩酌前の一杯。
あいつの願い。その形。きっとあいつはもう一度、妹と手を繋ぎたかっただけなんだろう。
その暖かな祈りに乾杯。
熱い酒精が喉を焼く。
「いやーーーーーーーーー!」
甲高い女の悲鳴。
どたどた駆ける足音。
そうして現れたのはハルとレイである。
「なんだよ」
「これこれこれこれこれって」
俺の前にずいっと突きつけてくる。突きつけられたのはレーヤダーナ・エリスでやはり抱えられた猫のようにうにょーんとしている。
「だからなんだよ」
「ついてます!」
「なにが」
「男の子です!」
何を今更ナニがついてるって……。
いやでも言ってなかったかな。
レーヤダーナ・エリスは男の子。
え、こいつもしかしてずっと女の子だと思ってたとかまさかそんな。確かに男だか女だか分からん面してるよ。子どもだしガリガリだし前も後ろも分かんないよ。でもお前、触ってたじゃん。
あ、子どもへの許可なし局部タッチは事案か。事案だな。うんやばいわ。分からんかもしれんな。
「ところでお前、それサービスか」
「え」
ハルとレイは真っ裸だった。
この際レイは邪魔だな。ハルは真っ裸だった。これが最重要なのだ。
事案じゃない。事後になりたい。
バスタオル一つ巻かないあんまりにも男らしいストロングスタイルはあんまりにも女らしいやばすぎる小曲線曲線大曲線を酒なんか捨てて掛かってこいとばかりに晒していた。
再び絶叫。
帰りしなに何か投げつけられた。甘んじて受けた。ちょっと痛い。投げつけられたのは創刊号だった。
どたばたとした騒音が遠ざかっていく。
もう一杯お酒を注いでぐいっと飲みほす。
なんというかまあ、ああいう時ぐらいは俺だって思ってしまうものだ。
ああ、時間を巻き戻せたら、過去をやり直せたら、あの一時が永遠に出来たのならどんなにか幸せなんだろうと。
でも出来やしない。出来やしないからさっきの瞬間を頭の中に留め置く。一個人に出来る巻き戻しもやり直しも永遠なんぞそれで充分だ。
それぞれがそれぞれに受ける終わり。
あいつの終わりかた。
そしていつか訪れる俺の終わりにかたにも願わくば幸多からんことを。
これにて話はおーしまい。
あるいはそんな終わりかた ~魔女と願いと祈りと意志と~ 原始のくらげ @gensikurage
★で称える
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