第一章◇色褪せぬ風景画

第48話◇モルテの贈り物



 俺とマーナルムは、竜の背に乗って空中移動要塞に帰還。


 庭に降り立ったのだが、既にそこには出迎えのメイドたちが控えていた。


「おかえりなさいませ、ご主人さま」


 という声が、綺麗に重なる。


 その中心に立つのは、栗色の毛を二つに編んで垂らした小柄なメイド長――シュノンだ。

 彼女は俺の幼馴染でもある。


 優美に礼をすると、彼女が頭を上げたタイミングで、その豊満な胸部がぽよんっと揺れ動く。

 身長は五年前から変わらないのに、胸部は成長し続けているようなのだ。


「あぁ、ただいま」


「マナちゃんも、おかえりなさい」


「えぇ、シュノン殿。ただいま戻りました」


「あれ? ロウさま、リュシーさまはどうされたんですか?」


 シュノンが周囲をきょろきょろと確認している。


「問題は解決したし、家に帰したよ」


「えー!? なんでですか!? まだまだお話ししたいことがたくさんあったのにー!」


 シュノンが信じられない! という顔で頬を膨らませる。

 餌をパンパンに詰めたリスのようで、愛らしい。


「いや、エクスアダン家にリュシーの無事を知らせたあとで、またここに連れてきたら、今度はこっちが誘拐犯になるだろう」


「むぅ。そ、それはそうかもしれませんが……うぅ……」


 シュノンが涙目になる。

 彼女はリュシーと仲がよかったので、ちゃんとした別れの機会もないままにさよならとなったのが悲しいのだろう。


「大丈夫だ、シュノン。『帰郷の鍵』を渡しておいた」


 あれを使用すれば、どんな扉からでも、うちの玄関に繋がるのだ。

 俺の言葉を受け、幼馴染の顔がパァッと輝く。


「なるほどぉ……! さっすがロウさまです……! これでいつでも逢えますね!」


 俺は他のメイドたちに視線を向ける。


「みんなも、リュシーが訊ねてきたら歓迎してやってほしい」


 みんなが笑顔で請け負ってくれた。


「――さて、ロウさま?」


 運んでくれた竜を労ってから、屋敷に向かう道中。


「どうした?」


「戦場に立たれたということで、さぞお疲れでしょう? 敏腕メイド長にはまるっとお見通しなんですよ」


 シュノンは親指と人差し指で『まる』を作り、そこから俺を覗いて言う。


「いや、そうでもないぞ」


 伝承再演ミステリオンを使用しただけだ。


 あれは魔法と異能スキルの極致なので、精神的な消耗は確かにあるが……。

 肉体的には、何もしていないので余裕があった。


「いいえ……! ロウさまは今、こう思っている筈です! 『世界一可愛い幼馴染メイドに背中を流してほしいなぁ……!』と」


「お前の中の俺は、それを言いそうな人間なのか?」


 シュノンの想像上の自分を想像して苦笑する。


「ふっふっふ、ロウさまがシュノンを可愛いと思っているのは、既に知ってますからね」


「それを否定するつもりはないけどなぁ」


「ほら! 聞きましたかみんな! 『大陸を見渡してもシュノンより可愛いメイドはいないよ』って!」


「言ってないな」


 どのような耳をしていたら、先程の発言がそう変換されるのだろうか。

 メイドたちも苦笑しているではないか。


「えー、こほんっ。シュノン殿? あるじ殿のお背中をお流しする大役を誰かがお任せ頂けるというのならば、それは戦いの場に同行した私であるべきでは?」


「マナちゃんは、前にも抜け駆けしましたよね?」


「ぐっ……あれは抜け駆けなどではなく、正当な権利であって……」


「どうしてもというのなら、一緒に来てもいいですよ?」


 いつの間にか、風呂に入ることは決定事項になっているようだった。


「まぁ、いいか。それでシュノンの気が済むなら、頼むよ」


「はい! つるつるたまご肌にして差し上げます!」


「いや、普通に背中を流してくれればいい」


「あ、あるじ殿! 私もお供致します!」


 必死な顔で主張するマーナルムにも、頷きを返す。

 すると次々にメイドたちも参加希望を出し……。


 この賑やかは実に楽園らしいなと笑いながら、俺は風呂場へと向かうのだった。


 ◇


 後日。

 執務室にいる俺を、訪ねてくる者がいた。


 ノックのあと、入室を許可すると控えめに扉が開く。


「あ、あの、ご主人さま。モルテです……っ」


 金の長髪を低い位置で二つに結った少女だ。


「あぁ、モルテ。何か、俺に話があるんだって?」


「は、はい……!」


 彼女は『万物を生む乙女』――自分の肉体を材料に、あらゆるものを生み出す異能スキルを持つ者だ。


 とある盗賊団に囚われていた彼女は、少しでも肉がつくとそれを金貨に変えることを強いられた。


 俺とマーナルムで盗賊団を壊滅させ、救い出したはいいが、最初の頃は怯えてばかりだった。

 彼女の経験を思えば当然のことだ。

 

その警戒を解いたのがメイド長のシュノンで、彼女の心の傷などを低減したのが、今も着用している『克服のブローチ』だ。


「あっ。こんにちは、マーナルムさん」


 モルテは、執務室にいたマーナルムにも気づいて、ぺこりと頭を下げた。


「あぁ、モルテ。こんにちは」


 マーナルムの表情は柔らかい。


「それで、モルテ。話とはなんだい?」


 彼女は見た目こそ十五、六に見えるのだが、その能力に目をつけた者たちに囚われる生活が長かった為か、歳に比べて仕草などが幼いのだ。


 普通の人間が相応の振る舞いを身に着けていくのに必要な日常を、長らく奪われていたのだから仕方ない。


 だからというわけではないが、俺もつい、小さな子ども相手のように話してしまうことがあった。


「あのっ、あのっ……ご主人さまに、えと、これ……その……ど、どうぞ……!」

 モルテは顔を真っ赤にしながら、懐から何かを取り出し、俺に差し出す。


 差し出された品を見て、俺もマーナルムも目を見開く。


 それは鍵だった。しかも、ただの鍵ではない。


「まさか――『帰郷の鍵』、か?」


 俺は己の異能スキル真贋審美眼で、改めて彼女を視る。


 ――特記事項・例外はあるが、真贋審美眼で希少度のついたアイテムに関しても、触れたことさえあれば生み出すことが可能。


 そう、彼女は魔法具さえも生み出すことが出来るのだ。


 しかし……。

 俺とマーナルムはすぐに彼女に駆け寄った。


「体調は崩していないか!?」


「いくらあるじ殿の為とはいえ、まずは相談しろ……!」


 俺とマーナルムの反応に、モルテが目を白黒させる。


「え、あっ……ごめんなさい……! わ、わたし、お役に立てたらって……そう思って……っ!」


 彼女が涙目になってしまったので、俺とマーナルムはゆっくりと呼吸を落ち着けてから、再度声を掛ける。


「モルテ、俺たちは怒っているんじゃないよ。気遣いは嬉しいが、お前の身体の方が、ずっと大事なんだ」


「そうだ。希少な品を生み出せたとしても、それでモルテが倒れてしまっては、我々は悲しい。なによりも自分の身を大事にすることを覚えろ」


 俺たちが優しく諭すと、モルテはこくりと頷いた。

 それから、たどたどしく説明を始める。


「ありがとう、ございます。でも、あの、ちゃんとシュノンさんには相談したんです……」


 俺とマーナルムは二人同時に「彼女かぁ……」という顔をした。


 シュノンが許可を出したということは、モルテの身体は大丈夫なのだろう。

 だがシュノンのことだから、サプライズプレゼントにしたらどうかと提案したのではないか。


 結果として俺とマーナルムは非常に驚くことになったので、成功は成功なのかもしれないが……。

 人騒がせなメイド長である。

 

「ほ、ほんとに身体は大丈夫です! むしろ、このおうちはご飯もスイーツもおいしいから、最近、お腹、ぷにぷにしてきて……。だから、全然平気で……。あのっ、ほんとうです! えと、それなら、見てください……!」


 そう言ってモルテが、おそらくお腹を見せようとしてだろう、ワンピースの裾に手をかけた。


「いや、いい。大丈夫だモルテ、お前のことを信じるよ」


 上下に分かれている衣装ならばともかく、ワンピースを捲ったら下着まで見えてしまう。


「じゃ、じゃあ……受け取って、もらえますか?」


 彼女から『帰郷の鍵』を受け取る。


 一応真贋審美眼で視るが、本物だ。

 希少度『A』の品も、彼女は実際に生成してみせた。


「本当にありがとう、モルテ。助かったよ」


 俺の言葉に、モルテは輝かんばかりの喜びを見せた。


「はい……っ!」


 それから、モルテはすすす、と俺に頭を寄せてくる。


「……?」


「……あの、あるじ殿。これはおそらく、撫でられ待ちかと」


 マーナルムが、照れくさそうに言う。

 そういえば、うちの者にはこれをすると喜ぶ者が結構多い。

 マーナルムの他、竜族の姫クエレなどもそうだ。


 モルテもどこかでそれを知ったのかもしれないな、と、俺は控えめに彼女の金の髪を撫でた。


「えへへ……」


 労いの言葉のように、特定の行動がある種の褒美のように機能することはあるが、これもそういうものなのだろうか。

 生憎と撫でられる側に回ったことがほとんどないので、ピンとこない。


「ロウおにいさま~遊びに来ましたよ~」


 執務室に繋がる扉が開いて、妹のリュシーが飛び込んできた。

 『帰郷の鍵』を渡して移行、腹違いの妹はちょくちょくと楽園に顔を出すようになった。


 それはいいのだが。

 入室した妹は、ちょうど俺に撫でられているモルテを目にする。


「……お、おにいさま? どなたですか、その方は?」


 突然の来客に「ひゃうっ」と飛び跳ねたモルテは、慌てて俺の後ろに隠れた。


「ご主人さま、ハーティさん以外にも、い、妹さんが?」


 ハーティはマーナルムの妹で、俺をお義兄さまと呼ぶのだ。


「いや、ハーティはあるじ殿の妹ではなく……確かに兄と呼び慕ってはいるのだが……」


「おにいさま、わたしを置いて世界を回っている間に、外に妹を作られたんですか?」


 ジト目で見上げてくる妹リュシーに、俺は「いや、そうじゃなくてだな……」と言葉に詰まる。


 俺は心の中で祈った。

 シュノン、この状況を華麗に解決出来るのはお前だけだ、と。

 早く来て助けてくれ、と。


 最終的に、シュノンは数分にやってきて、ハーティを交えたお茶会が開催され、わだかまりも誤解も綺麗サッパリけたのだが。


 どういうわけかハーティに対抗意識を燃やしたリュシーの遊びに来る頻度が、更に多くなってしまうのだった。



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魔女と魔性と魔宝の楽園~追放された転生貴族の自由気ままな【蒐集家】生活。ハズレ前世に目覚めた少年は、異世界で聖剣もモフモフも自分の城も手に入れる~ 御鷹穂積@書籍7シリーズ&漫画5シリーズ @hozumitaka

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