第47話◇伝承再演三重奏




 一部の者だけが『前世』の記憶と能力を引き出せる世界。


 武力を求められる辺境伯家の三男でありながら、【蒐集家】に目覚めた俺は、世間的には死んだという扱いで追放されることとなった。


 だからといって家を恨みはしない。

 むしろ自由になれて嬉しかったくらいだ。


 唯一の心残りと言えば、俺によく懐いてくれていた腹違いの妹リュシーを、悲しませてしまったことくらい。

 あれから五年後。


 そんなリュシーが、人類と敵対する亜人種――魔族に拐われたとの情報が入る。

 俺は五年間の間に集めた仲間と共にリュシーを救出し、再会を果たした。


 だがそれで一件落着ではない。

 魔族は両境となるリュシーの生家エクスアダン領に、期限までに降伏しなければリュシーを処刑すると宣言。


 その刻限が迫っていたのだ。


 俺は妹と竜にまたがって両境、両軍がにらみ合う場に降り立ち。


 リュシーの生存を知らせ。


 正体を隠したまま、二人の兄と共闘することとなった。


 ◇

 

 何故リュシーがこの場にいるのか、彼女を連れてきた謎の男はなんなのかと、魔族側の軍が混乱している。


「さて、敵がこれで引くなら話は早いのですが」


「そうはならないだろうね」


「貴様、分かっていてふざけたことを言うな」


 穏やかな長兄のニコラス、気性の荒い次兄のダグが反応した。


「ははは。では、敵が領境を越えてくる前に、一つご相談があります」


「言ってみてくれ、謎の旅人よ」


 俺は『半透明化の仮面』という魔法具を着用しているので、他の者が俺の正体へと迫ることは出来ないと考えていい。


 そんな状態の弟を名前で呼ぶような愚を、この兄たちは犯さない。

 正体に気づいても謎の男として扱ってくれる。


「敵を打ち払うまでの間で構いません。心から私の指揮下に入って頂きたい」


「……非常に気に食わんが、一つ訊くぞ。それが、民を守る最良の選択なのだな?」


 ダグは言葉こそ乱暴だが、性根は心優しく、努力家で、貴族としての務めをよく理解している。


「えぇ、これが最もエクスアダン領への被害が少なく済みます」


 俺の返答に、ニコラスが微笑み、ダグが頷いた。


「では、謎の旅人よ。貴方の指揮下に入ろう」


「聞いたな貴様ら……! 兄上と俺の命令だ! リュシーを救い出したこの者の策に乗る! ぐだぐだ考えず、黙ってこいつを上官だと思え!」


 その場に集った私軍が、僅かな戸惑いもなく「ハッ……!」と応じた。


 突如現れた謎の人物に指揮権を渡すなど正気の沙汰でないが、一秒も無駄にすることなく適応するとは。


「素晴らしい。これでこの場のエクスアダン軍は――我が蒐集品、、、となりました」


 さすがの忠誠心、そしてさすがの統率力だ。

 その時、敵将から号令が掛かったのか、魔族の軍が一斉に越えるべきではない線を越えてきた。


「参りましょうか。――伝承再演ミステリオン


 俺の言葉に、二人の兄が目を見開く。


 伝承再演ミステリオン

 前世の力と、今世の力、その両方を融合することで編み出される、新たなる魔法。


「――天庭てんてい宝物庫ほうもつこ仮象かしょう大展覧だいてんらん


 連れてきた竜、俺の聖剣、兄のニコラスとダグ、そしてエクスアダン軍の全兵士が。

 白い輝きを纏う。


「力が充溢している……これは、まさか」


 ニコラスが感嘆するように呟く。


「えぇ。この力の影響下にあるものは、性能が一段階上昇します」


「……そういうことか。ならば兄上、ここからは我らが」


「そうだねダグ。――旅人殿、感謝する」


 ニコラスが抜剣し、ダグが亜竜という羽のない小型竜にまたがった。


 ニコラスは【剣聖】で、ダグは【竜騎士】が前世。

 俺と違い、求められた戦闘系の力を有している。


 それが俺の力で更に強化されたら、どうなるか。


伝承再演ミステリオン――第三聖霊剣せいれいけん歌唱かしょう背城陣はいじょうじん


 ニコラスの剣からそよ風のような音が鳴り響き、そして強い輝きを放つ。

 その光は剣から飛び出すと、エクスアダン軍の最後方まで移動。


 大きな、光の門と城壁へと変じた。


 ――なるほど。


 俺はその能力を察する。


 ニコラスという【剣聖】に宿る力の一つに、振るう剣の性能が防衛戦で上昇する、というものがある。

 おそらくだが、正確には城を背にして守るなどの戦況で強化されるのだろう。


 この伝承再演ミステリオンは、いかなる場所にも守るべき城の門を出現させるものなのではないか。


 つまり、どのような場所でも性能強化が施される、という破格の魔法なのだ。


「己の伝承再演ミステリオンに、旅人殿の強化も加わった今。自分でも剣戟がどのような威力を持つか分からないな」


 穏やかな笑みを称えながら、兄が虚空に向かって剣を振り下ろした。


 それは眩い光の刃となって空中を突き進み、敵軍中央に激突。


 直後。

 轟音と共に敵軍中央が跡形もなく消し飛び、左翼と右翼だけの軍となる。


 それだけではない。

 飛ぶ斬撃の影響範囲は大きくえぐれ、更には大地が割れていた。


 わずかに攻撃範囲から外れた者も、裂けた大地に転がり落ちたり、斬撃の余波に身体の一部が欠損していたりする。


 まさに一騎当千。


「兄上。さすがの武力ですが、地形まで変えるのはお控え頂きたいものですな」


 言いつつ、ダグが進み出る。


伝承再演ミステリオン――竜装騎兵団火傷かしょう衝息令しょうそくれい


 瞬間、彼の周囲に無数の亜竜が出現した。


「殲滅しろ……!」


 出現した亜竜たちは残る敵軍に突撃し、その巨体で敵を轢き潰していく。


 普通の馬の突進でさえ、人は容易に殺傷可能なのだ。

 その数倍の巨躯を誇る亜竜の群れによる突撃は、いかに魔族と言えどひとたまりもない。


 混乱している時を狙われれば、特に。

 更には、全ての亜竜が豪炎を吹くというのだから、手のつけようがなかった。


 味方からすれば頼もしく、敵からすれば地獄の顕現かのような光景が広がる。


 私軍の兵たちもただ見ているわけではない。

 ただ一人の討ち漏らしも許さぬとばかりに果敢に突撃し、魔族を討ち取っていく。


 とても戦争行為とは思えぬほどの短時間で、敵軍は壊滅した。

 あまりに一方的な戦いだった。


 俺は伝承再演ミステリオンを解き、全員から白い光が消える。


「リュシー……大丈夫かい?」


 十二歳の少女が見るには凄惨な光景だったが、連れてこないわけにもいかなかった。


「は、はい。わたしもエクスアダン家の者として、目を背けてはいけないことだと思うから」


 青い髪と、同色の瞳の美しさは変わらないが。

 かつてはお人形さんのようだった童女が、立派に成長した。


 俺は思わず彼女の髪を撫でた。


「わふっ。ど、どうして撫でるのですか?」


「いや、君の成長が嬉しいような、寂しいような気がしてね」


「……それは、成長途中を見逃したからでは?」


 妹がぷくりと頬を膨らませる。

 そういうところは、まだまだ子供っぽい。


「手厳しいね」


 しばらくして亜竜に乗ったダグも帰ってくる。


「エクスアダン家の者として感謝するぞ、謎の男よ」


「お気になさらず。共闘出来て光栄でしたよ」


「ふんっ……。貴様、これからどうする」


「自分の居場所を見つけましたので、そちらへ帰ります」


「そうか……。伝承再演ミステリオンの修得は、生涯叶わぬ者がいるほど困難な道だ。それを果たしたということは……本気になれるものを見つけたのだな」


 ダグには、俺が無気力に見えていたのだったか。

 実家にいた頃、死にものぐるいで努力していたわけではないのは、確かだ。


「大切なものを守るくらいの力は欲しいですから」


「……そうか」


 ダグはそれきり、静かになる。


「もう行ってしまうのかい?」


 会話の途切れたタイミングで、ノコラスが話しかけてくる。


「えぇ。ご当主には、適当に誤魔化しておいてください」


 ないとは思うが、今更戻って来いとか言われても困る。

 今日のことは上手い具合に伝えてほしいものだ。


「中々難しいが、力を尽くすよ」


 ニコラスは苦笑しつつも、請け負ってくれた。

 さて、兄二人はいいのだが。

 リュシーが俺に抱きついて離れない。


「リュシー」


「いがぜませんっ……」


 涙声の妹にしがみつかれると、こちらも非常に心苦しい。


「大丈夫。約束したろう? これからは逢えるようにすると」


「おにいさまは、嘘つくかもしれないからっ」


 出かけたきり帰ってこなかった過去が、よほど尾を引いているようだ。


「いや、大丈夫だ。これを君に渡すからね」


 俺は『帰郷の鍵』を取り出し、そっと彼女に握らせる。


「……これって、もしかして」


「そう。私の家に繋がる鍵だよ。これを、どんな鍵穴でもいい、差し込んで回せば、うちに繋がる」


「……毎日行ってもいいですか」


「やるべきことは済ませた上で来るんだよ」


 妹がようやく離れた。

 彼女の目に浮かべた涙を、そっとハンカチで拭ってやる。


「この鍵、本物ですか?」


 妹がジト目で言う。


「ひどいなぁ。君に嘘はつかないとも」


「……じゃあ、信じます」


 俺は妹の頭を撫で、それから飛竜の背に乗る。


「謎の旅人よ。風のたよりで活躍を伝え聞くことを、今後も楽しみにしているよ」


 ニコラスの言葉に、俺は微笑みを返す。


「こちらも、民を守護する【剣聖】のご活躍を、今後も期待しております」


「……おい! 兄上だけか!」


 思わずという具合に発せられたダグの言葉に、俺は吹き出した。


「ははは。【竜騎士】殿のご健勝もお祈りしておりますとも」


「~~~~っ。まったく、貴様というやつは!」


 飛竜が羽ばたき、宙へ舞い上がる。

 リュシーは最後までこちらに手を振っていた。


「……あれが、あるじ殿の故郷とご家族ですか」


 飛竜の上に隠れていた白銀狼族の美女が、ひょいっと顔を上げて言う。

 狼耳に美しい白銀の長髪をなびかせた、頼れる仲間――マーナルムだ。


「まぁな。故郷と呼べるほど思い入れはないつもりだったんだが、守れたと思うと悪くない気分だ」


「ふふ、あるじ殿はお優しい方ですから」


「どうだろうな」


「……しかし、あるじ殿」


「ん?」


「『帰郷の鍵』は一つしかお持ちでないというのに、リュシー殿に贈ってしまってよかったのですか?」


「……仕方ないだろう。妹の涙には勝てない」


「ふふっ。なるほど、妹に勝てぬのは、どの種族でも同じですか」


 同じく妹のいるマーナルムは、どこか楽しそうに呟く。


 こうして、久々の里帰りは、魔族の軍の壊滅と共に終わった。



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