第46話◇三兄弟

 



 実の妹リュシーが、魔族に拐われた。

 そのことを知った俺達は、仲間と共に救出に成功。


 だがそれで解決ではない。

 魔族が妹を攫ったのは、彼女の生家であるエクスアダン辺境伯家を脅すためだ。


 魔族との国境を守護する辺境伯家に対し、従わなければリュシーを処刑すると脅迫したのだ。


 妹の無事を知らせねばならないし、またこんなことが起こらぬよう、手を打たねばならない。

 だが戦争に仲間を巻き込むつもりは毛頭ない。


 ではどうするか。


「まぁっ、竜っ!?」


 青い髪の美少女が、小型の飛竜を見て驚いている。

 リュシーだ。


 彼女は俺の後ろに隠れ、おそるおそるといった感じで飛竜を見ている。


「大丈夫だよ、こいつらは気性の穏やかな種族なんだ」


 場所は空中移動要塞、俺の家の庭。

 時刻は昼前。


「ダグおにいさまの亜竜は目にしたことがありますが……あの子よりも大きいし、それに、翼がありますっ!」


「あはは。そうだよ、こいつは空を飛べるんだ」


「ふわぁ」


 妹の目がきらきらと輝いている。

 亜竜は翼のない竜種だ。滅多に人に懐かないが、次兄のダグは【竜騎士】なので例外的に従えている。


 飛竜とは、見た目の印象もだいぶ違うだろう。


「こ、この子に乗るのですか?」


「あぁ、怖いかい?」


「はい、少し……」


 妹は素直に頷く。

 だがすぐに顔を上げると、その顔には決意が滲んでいた。


「でも、おにいさまと一緒だから、大丈夫です」


 自分は、この尊い生き物に、全幅の信頼を置いてもらえるようなことをしただろうか。

 妹の信頼を擽ったく思いながら、そんなことを考える。


 リュシーは勇気を振り絞るように俺の影からそっと出ていき、飛竜に近づく。

 飛竜もリュシーの意図を察したのか、彼女の方へ頭を差し出した。


 犬や馬が、親しい人にやるような仕草だ。


 竜のサイズになると威圧感も出そうなものだが、不思議とそうは感じない。

 リュシーは、鱗に覆われた彼の頭をそっと撫でた。


「よろしくお願い致しますね?」


 飛竜はリュシーの言葉に、微笑むように目を細めた。

 リュシーはそれを見て、安心したような、嬉しそうな表情になる。


 俺は彼女を抱き上げ、竜の背に乗るのを手伝ってから、自分もまたがる。


 ぶわりと翼が持ち上がり、竜の周囲に風魔法が展開された。

 竜の巨体で飛翔するには、翼だけでは足りないのだ。


「わっ、わっ」


 慣れない浮遊感に驚くリュシーを、ぎゅっと支える。

 彼女の方も、俺の腕をきゅっと掴んだ。


 俺たちの視点が一気に高くなる。

 竜が空を飛んだのだ。


「ふわぁ……」


 リュシーが感嘆の声を上げている間に、俺たちはぐんぐんと高度を上げ、凄まじい速度で空中移動要塞から遠く離れていく。


 竜が風魔法で周囲の空気を制御している為、俺たちの身体が風にあおられることもない。


「まるで、夢を見ているようです」


「あはは、わかるよ。雲の上を歩くような夢なら、私も見たことがあるからね」


「うふふ、おにいさまは、いつもお空を見上げていましたものね」


 兄妹で和やかに会話をしている間も竜は飛翔を続けており、ほどなくして目的地付近へ到着。

 雲の下まで降下してもらい、リュシーと共に眼下の景色に意識を集中。


「おにいさま! あそこっ」


「あぁ、よく見つけたねリュシー」


 彼女が指を示す方向に、沢山の豆粒が密集している。

 距離の問題で非常に小さく見えるが、あれらは全て人間や魔族だろう。


 よく見れば、二つの集団がある程度の距離を開けて睨み合っているのだとわかる。

 エクスアダンの領主軍と、魔族の軍勢だ。


 魔族は、領主軍が期限までに降伏しなければリュシーを処刑すると脅してきた。

 厳格な父は民を守ることを優先して娘を見捨てるだろう。守護者としては正しい判断だ。


 だが、そこまで非情になりきれないのが、この戦場を任されている長兄ニコラスという男なのである。


「リュシー、私は君に血なまぐさい世界を見せたくないと言った。あれは本心だ。だが、兄上たちを助けるために、君の力が必要だ」


「……おにいさま」


「手伝ってくれるかい?」


 幼い妹は、その瞳に決意の光を漲らせ、力強く頷く。


「もちろんです!」


 ◇


 刻限が迫り、動揺する領主軍。


 逆に魔族側も、手の内にあるはずのリュシーが届かないことに動揺しているようだった。


 俺たちは、領主軍側の大将に向かって降下。

 途中で見つけておいたのだ。


 だが、俺は既に死んだとされている身。

 『半透明化の仮面』の仮面を被って、周囲に正体を悟られないよう対処。


 領主軍の連中は竜に気づいて以降大慌てだったが、ダグの一喝で統制を取り戻し、何かに気づいたニコラスの指示で静観を選択。


「ニコラスおにいさま! ダグおにいさま!」


「リュシー!」


 二人の顔に、信じられないという感情と歓喜が同時に浮かぶ。

 飛竜は、自分の翼を使ってリュシーを下ろす。滑り台のように、すすすと彼女は地面まで降りていった。


「ろ……あ、あの御方が救出してくださったのです!」


 リュシーが俺の方を指し示し、二人の兄だけでなく周囲の者が俺へと意識を向ける。


「貴殿は……」


 戸惑うような表情のニコラスに、俺は言う。


「私はただの放浪者だ。珍しいものを捜し集めていたら、たまたま彼女を見つけてね」


「……それで、親切心で送り届けたと?」


 ダグは警戒している。


「あぁ、たとえば――こんなものを集めている」


 俺は懐から、宝石の嵌った首飾りを取り出し、掲げる。

 価値の分からない者には何がなんだか分からないだろう。


 だがダグには分かる筈だ。

 これは『竜の涙』

 他ならぬ、彼から弟への選別の品なのだから。


「――ッ! お前は……いや、そうか」


 ダグが一瞬俯く。次に顔を上げた時には、彼は笑っていた。


 ニコラスも、既に気づいているようだ。


「感謝する。名も知らぬ放浪者殿。ところで、この後のご予定を伺っても?」


 ニコラスの問いに、俺は頷く。


「これも何かの縁、お困りのようなら手を貸すが?」


「では、ありがたく」


 五年前は、まさかこんな時が来るとは思いもしなかった。


 兄弟三人で協力して、外敵に立ち向かうなんて。




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