第45話◇妹、メイド、移動
「リュシー様~っ!」
妹のリュシーが捕らえられていた檻から、『帰郷の鍵』を使用して直接帰還。
『帰郷の鍵』は、どんな鍵穴にでも適合し、『帰郷の扉』へと繋いでくれる。
これを使えば、空中移動要塞上に建てられた私邸の玄関に移動できるわけだ。
ちなみに、帰還する前にクエレを含む蒼翼竜族の者たちとも合流済み。
戻った瞬間、感極まったような声と共に、リュシーが抱きしめられた。
栗色の髪をした、頼れるメイド長シュノンだ。
「きゃっ。ふふふ、久しいですね、シュノン」
リュシーは一瞬驚いたものの、すぐに懐かしい顔だと気づき表情を綻ばせる。
「相変わらず、きゃわわですねぇ。でも美人さんにもなりましたねぇ。可愛さと美しさが合わさり最強ですね!!」
シュノンが嬉しそうにリュシーに頬擦りしている。
「シュノンはあまり変わらないですね」
「あらお上手。でも『大人っぽくなったね』も嬉しいですよ?」
リュシーは世辞を言っているのではなく、シュノンの体は一部を除き五年前からあまり変化がないのだ。
例外の一部とは胸である。
「ふふ。また逢えて嬉しいですよ、シュノン」
「シュノンもです!」
「でも、ひどいわ。シュノンったら、お別れもなく出ていってしまうんですもの」
「うっ……ごめんなさいリュシー様。でも、シュノンはロウ様のメイドなので、追いかける以外の選択肢はなかったのです」
シュノンはシュノンで、慌てて俺を追いかけてきたのだ。
リュシーに別れの挨拶をする暇はなかっただろう。
改めて考えると、五年前のあの日、リュシーは腹違いの兄だけでなく、陽気なメイドの友人も失ったことになる。
「おかえりなさいませ、旦那様」
シュノンに少し遅れて、屋敷のメイド達が玄関に集合し迎えてくれる。
それを見て、リュシーが目を丸くした。
「まぁ、おにいさまったら、五年でこんなに大勢のメイドを抱えるほどのお立場に?」
妹の驚きポイントに苦笑しかけて、俺は思い直す。
確かに、実家を追放された貴族が五年で自分の屋敷を持つに至る、というのは信じがたいことかもしれない。
ここが空中移動要塞の上だと知ったら、妹はどんな反応をするだろう。
楽園についてはまだ話していないのだ。
「むふふ、ロウ様はすごいのです!」
シュノンの自慢げな発言に、俺の横でマーナルムがうんうんと頷いている。
「シュノン、リュシーを頼む」
「もちろんです! お風呂とお食事ですね!」
「あぁ」
シュノンは張り切っているが、リュシーが不安そうな顔で俺を見た。
「おにいさま?」
再会したばかりで、俺から離れるのは不安なのだろう。
また消えてしまうのではないか、と怖いのかもしれない。
「大丈夫だよ。埃や汗で気持ち悪いだろう? シュノンと一緒に体を流しておいで」
「……おにいさまは?」
「私が一緒に入るわけにはいかないだろう? 大丈夫、この屋敷の中にいるよ。食事は一緒にとろう」
「約束ですか?」
「約束するとも。そして、今度はすぐに果たしてみせるよ」
食事の約束を五年後に、なんてことはしない。
そこまで言うと、妹は微かに頷いた。
「はいはーい、族長様! わたしもノンちゃんリューちゃんとお風呂行ってもいい?」
蒼翼竜族のクエレが存在を主張するように手を挙げながらぴょんぴょん跳ねる。
軽く跳ねているつもりなのだろうが、彼女は背丈と身体能力が高いので、並の家屋なら天井を突き破りそうな高さになっている。
「……と、言っているのだけど、リュシーは構わないかな?」
「は、はいっ。おにいさまのお話、沢山聞かせてほしいです」
「もっちろん! 実は、初めて逢った時は族長様を敵と勘違いしちゃって危うく殺しそうになったんだけどね――」
「おいクエレ、物騒なシーンはカットしてくれ」
苦言を呈する俺に、クエレは唇に人差し指を当て、うぅんと首を捻る。
「……子供バージョンにする?」
「それで頼む」
俺とクエレの話を聞いていたリュシーが、ぷくりと頬を膨らませた。
「もうっ、おにいさまったらひどいわ。私、もう十二歳なのですよ?」
「……そうだね。君に綺麗なものだけ見せようとするのは、私の傲慢かもしれない。それでも、血なまぐさい世界とは、なるべく縁遠くいてほしいんだよ。どうか我儘な兄を許しておくれ」
俺とシュノンは貧民窟で生まれ育った。物心ついた頃には暴力が身近にあって、お行儀よく生きることはとても出来なかった。
だからというわけではないのだが、リュシーにはあのような日々と無縁でいてほしい、という思いが自分にはあるようなのだ。
俺の言葉に、リュシーは「そんな言い方はずるいです……」と唇を尖らせたが、それ以上は食い下がらなかった。
「まぁまぁリューちゃん。子供バージョンはやめて、十二歳バージョンにするからさ」
「まぁっ、そのような調整が?」
「まっかせて!」
クエレが自信満々に胸を叩いてから、俺の方を向いて――ウィンクする。
実際にそんな細かい調整が効くかはともかく、子供扱いされたくないリュシーと、俺の意見の両方を上手いこと尊重してくれたのだろう。
「それじゃあ頼んだ」
「うん!」
「マーナルムとクリアはどうする?」
「わたしは
マーナルムは答えたが、クリアからの返答がない。
透明なので、近くにいるかどうかもよく分からない。
「もうここにはいませんな」
元傭兵のブランが、困ったように言う。
「くっ、
怒るマーナルム。
「あはは、大丈夫だマーナルム。あいつも、必要な時には来てくれるし問題ないよ」
クリアは冷めているように見えて、どんな仕事だろうと最終的には付き合ってくれるのだ。
態度が素っ気ないので、忠臣マーナルムとは少し相性が悪いのだが。
シュノンに手を引かれて風呂場へ向かうリュシーと、それについていくクエレを見送ってから、俺も移動する。
俺の方には、マーナルムとブランがついてきた。
「
「リュシーの無事を伝えないとな。
「事前のご命令通り、エクスアダン辺境伯領と魔人国家の国境へ移動中です」
「よし」
「旦那様、一つ伺っても?」
ブランが口を開く。
「なんだ?」
「楽園は、今や戦争の一局面を左右し得る戦力を有しています。旦那様のご指示一つで、その全てが迷わず力を振るうことでしょう」
「安心しろブラン。仲間を戦争に巻き込むつもりはない」
彼の言っていることは分かる。
俺たちは仲間で、誰かが困っていれば助け合う。
だが、その範囲を際限なく広げてしまえば、いずれはとんでもなく大きな戦いに巻き込まれることになるかもしれない。
俺たちは戦争がしたいわけではないのだ。
妹を助ける。これはまだいい。
だが、兄達に助力する、という名目で魔人の国との殺し合いに仲間を投入するのは、違う。
「わたしはどこまでもお供いたします!」
マーナルムが決意を漲らせて言う。
これでは、ついてくるなと言っても聞かないだろう。
「……じゃあ、一緒に来てくれ」
「はい!」
マーナルムは嬉しそうだ。誇らしげにも見える。
「でも、今回は戦わせないぞ」
「……妹君の返還だけを行い、立ち去ると?」
ブランの問いに、俺は首を横に振る。
「いや、兄上達を少し手伝うつもりではいるよ。だが、今回は俺の力だけで充分だ」
楽園メンバーでエクスアダンと魔人の殺し合いに介入する権利があるのは、半分だけとはいえエクスアダンの血が流れている俺くらいのものだろう。
「旦那様には、何かお考えがあるのですな」
「あぁ」
取り敢えず、マーナルムのように次の戦いについてきそうな仲間たちに、その必要はないと一言伝えておかねば。
何も言わないでいると、総力を上げて加勢してきそうだ。
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