第44話◇妹との再会
妹のリュシーが囚われていたのは、建物の地下室だった。
地下室の扉は頑丈な鉄製で、鍵が掛かっていた。
鍵を探すのは面倒だし、破壊すると中のリュシーを怯えさせてしまう。
だが問題はない。
俺には『希少度A相当までの錠ならば外すことができる』魔法具――『盗賊の鍵』がある。
ボロボロの銅の鍵は、俺のような鑑定能力がなければガラクタにしか見えないだろう。
扉を開けると、そこは明かりのない石造りの部屋だった。
壁に固定された鎖は、囚われの姫に装着された足かせに繋がっている。
少女は、扉の開く音にびくりっと体を震わせた。
それでも悲鳴を上げることなく、涙を流すこともなく、耐えるようにドレス生地をぎゅっと掴んでいる。
「大丈夫だよ、リュシー」
俺は五年前の自分を思い出しながら、妹に近づく。
「……え」
妹の首が、俺の方へ向いた。
「遅くなってしまったね」
俺に続いて入ってきた仲間達の内、執事のブランがランタンを掲げている。
その淡い明かりが闇を払い、俺とリュシーの輪郭を浮かび上がらせる。
五年ぶりに合う妹は、当然ながら記憶の姿よりも随分と成長していた。
まだまだ可憐な年頃だが、十二歳になった妹は童女から少女へと変貌を遂げる、その丁度中間のような雰囲気を纏っている。
だが氷のような美しい青の長髪も、丸みを帯びた瞳も、弾力に富んだ頬も、記憶のまま。
多少体が大きくなったくらいで見間違えるわけもない。
妹が、目の前にいた。
監禁された日々によって服や肌に多少の汚れはあるが、怪我した様子はない。
「……うそ」
「私のことを覚えているかい? よく、君が眠るまでお話をしただろう?」
妹の前に片膝を付き、『盗賊の鍵』で足かせを外す。
妹はしばらく呆然としていたが、やがて幽霊でも見るような目で俺のことを見上げる。
そして、おそるおそるといった具合に、ゆっくりと細くしなやかな手を俺の頬に伸ばす。
砂埃がついてしまったのか、彼女の手はざらりとした感触だったが、構うものか。
俺はそれに抗わず、彼女に微笑みかけた。
「……おにいさま」
「まだそう呼んでくれるのかい?」
「おにいさま」
彼女の瞳が潤む。
「あぁ」
「おにいさま」
水気を帯びた青い瞳から、宝石の欠片のような涙がぽろぽろと流れ落ちていく。
「辛い思いをさせたね。もっと早く逢いに来れたらよかったのだけれど」
貴族というものは、娘を婚姻によって他家との繋がりを強めるための道具、として扱うことが多い。
正確には、多かった。
前世を継承出来るようになって、少し事情が変わった。
俺の兄たちのように、一騎当千の力を手に入れられるかもしれないのが、前世覚醒だ。
娘も例外ではない。
そうなると、事情が変わってくる。
前世が確定する前に嫁に出すと――損をするかもしれない。
自分の家にとって有用な能力を、他家に渡してしまうことになるからだ。
そういう事情で、俺の国の貴族様は近年、前世が確定するまで婚約もしない流れになった。
リュシーは実家でそれはもう大事に育てられていたので、表向き死んだことになった俺は中々顔を出せなかったのだ。
まさか辺境伯家に侵入するわけにもいかないし。
……いや、これは言い訳か。
「ニコラスおにいさまから、どこかで生きていると聞いて……。でも……」
優しいニコラスのことだから、『ロウは生きている』という嘘をつき、リュシーの悲しみを和らげようとするのは、充分有り得る。
俺は本当に生きており、ニコラスは真実を口にしたわけだが、リュシーがそれを信じられるかは別。
「生きているよ、リュシー」
頬に触れ俺の体温と実在を確認したリュシーは、堪えきれなくなったとばかりに抱きついてきた。
俺の方も、生きて妹を救い出せたことを確かめるように、彼女を優しく抱きとめる。
「……信じていました」
「……私がどこかで、生きていると?」
俺の肩に頭を乗せた状態で、リュシーが首を横に振る。
「おにいさまが生きているなら、絶対に私を見つけてくださるって、信じていました」
「それは光栄だけれど、二人の兄上に嫉妬されてしまうよ」
くすりと、リュシーが笑う。
「覚えていませんか? 子供の頃、私を見つけるのが一番お上手なのは、ロウおにいさまだったではないですか」
リュシーは俺によく懐いてくれていた。
ニコラスは心優しいが長兄だった為に次代の領主として忙しくしており、ダグは元々リュシーとの相性がよくないようだった。
ダグは悪いやつではないが言動がツンツンしていたので、幼く甘えざかりなリュシーにとっては意地悪な兄と映っていたようなのだ。
それでいくと、妹がこっそり近づいてきても鬱陶しがらず、遊びに付き合ったり本を読んでやったりした俺は、彼女にとって良い兄だったのかもしれない。
彼女を見つけるのが上手いというのは、かくれんぼの記憶でも残っているのだろうか。
「そうだったかな」
「そうだったのです」
「今回は、見つけるのに苦労したよ」
「でも、見つけてくださいました」
「妹の危機を見過ごすわけにはいかないからね」
嬉しそうに俺の頬に自分の頬をくっつけてくるリュシーだったが、しばらくしてハッと顔を話す。
「大変です、おにいさまっ」
「どこか痛むかい?」
「そうではありませんっ。私を捕らえた魔族は、私を人質として当家を脅迫すると――」
「大丈夫だよ」
「お、おとうさまは応じないでしょうが、その……」
妹は俺の言葉を、辺境伯家には人質は通じないから大丈夫、と受け取ったようだ。
「いや、そうではなくてね。リュシーを助け出したって、兄上達に伝えに行くから大丈夫だよ」
一瞬、リュシーが嬉しそうな顔をした。
「か、帰ってきてくださるのですかっ!?」
言い方を間違えたかと、胸が痛む。
「残念ながら、公式には死者である私があの家に戻ることは出来ないんだ」
「…………そ、そう、ですよね」
「だけど、私も反省したよ。何か方法を考えて、これからはたまに逢えるようにしよう」
「本当、ですか?」
縋るような視線に、大きく頷く。
「もちろんだとも。君に兄の助けが必要なくなるまで、いつでも頼っておくれ」
そう言うと、リュシーがぷくりと頬を膨らませる。
「では、一生おにいさまの助けが必要な子になります」
今度は明確に、言い方を間違えた。
これでは、不要と言われればまた消えると言っているようなものではないか。
「すまない、また反省だ。もちろん、君は一生大切な妹だとも」
俺が困ったような顔で言うと、妹は子供の頃のように、花が咲くような可憐な笑みを見せてくれるのだった。
「さぁ、そろそろこんな埃っぽい場所は出ていこう。兄上達に、君の無事を伝えねばね」
立ち上がって妹に手を差し出すと、彼女はそれをそっと掴んで立ち上がった。
「はい、おにいさま」
「一度私の拠点に連れて行くよ。あ、そうだ、シュノンもいるんだ」
「まぁっ、再会がとても楽しみです。――でもおにいさま?」
「なんだい?」
「まずは、おにいさまと共に私を救出してくださった恩人の皆様に、ご挨拶させてくださいな」
この部屋には白銀狼族のマーナルムと元傭兵のブラン、そして透明になっているが元暗殺者のクリアがいる。
兄妹の再会に水を差さぬように黙っていた三人だが、確かにリュシーから見れば命の恩人。
我が妹とは思えぬほどしっかりしているなぁ、と俺は苦笑しつつも感心し、仲間を紹介するのだった。
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