第43話◇嫌がらせ




 妹のリュシーが魔族に攫われたとのことで、急いで救出に向かった。


 囚われていたのは、魔族の国の森の中に建つ、石造りの建造物だ。

 場所が割れないようにか、知っている者を最小限にしようとしたのだろう、魔族側の軍人がうようよ……なんてことはなかった。


 代わりに、沢山の魔獣が建物を守っていた。

 魔人は奴らを操れるし、魔獣ならば口も利かないので情報漏えいの心配もない。


 だが、俺達にはハーティの未来視がある。


 今回はやや特殊な分岐を見ることになったが、とにかく妹の監禁場所を突き止め――そこを強襲。


 建物の三階、廊下の一番奥の部屋の前に立つと、扉を蹴破って侵入する。


 殺風景な部屋だった。

 粗雑な机が部屋の中央にあり、壁には棚が幾つか。ものはあまり入っていない。

 窓があり、そこから光が射し込んでいる。


 執務室というよりは、作戦会議などを行う際に利用される部屋に思えた。


 魔人は人と違って、飾るということに興味がないという話は聞いたことがあるが、それにしても味気なさすぎる。

 いや、この考え方自体が、人間寄りなのか。


「ッ……! 何者だ!」


 叫んだのは、男だ。窓の近くに立っている。肌は病的に白く、暗い髪色をしており、神経質な顔つき。両側頭部から上向きの角が生えている。


 人間で言えば三十代前半ほどか。細身で長身、頼りなげな印象を受けるが、見た目から魔人の脅威を計ろうとするのは無意味だ。


 事実、こいつはたった一人で周辺の魔獣を操っていたのだから。

 なんなら、妹を攫う際の都市襲撃さえ独力でこなしたのかもしれない。


 だとしても、魔獣を操る技量と頭の出来は、また別の話だ。


 この状況で侵入者に誰何の声を掛けたところで意味はないというのに、その程度のことに頭が回らないというのだから。


 ちなみに今回、俺は『半透明化の仮面』を着用してない。

 つまり、そういうこと、、、、、、である。


「き、貴様らどうやってここまで来た!」

 

 俺は少し考え、このくだらない会話に乗ることにした。


 剣の柄に手を掛けながら、とぼけるように首を傾げる。


「どうやってって言われてもな、普通に玄関からだよ。鍵も掛かってなかったしな。不用心だとは思わないか、ブラン」


 銀髪の執事に尋ねる。

 彼は魔獣の血に濡れた剣を携えながら、俺の言葉に大きく頷いた。


「まったくですな。この地域では、十二歳の少女を誘拐して監禁する悪漢もいると聞きます。そのような危険な土地で暮らすのであれば、相応の備えが必要となりましょう」


 どうやら、俺の冗談に乗ってくれるらしい。


「お前の言う通りだな。……ん、待て、確か番犬や用心棒代わりの魔獣を見た気もするな。マーナルム、そいつらはどうなった?」


 マーナルムも話の流れを理解したのか、芝居がかったような口調で答えてくれる。


「全て始末致しました。我々の道を阻むには、力が足りなかったということでしょう」


 彼女の言葉に頷き、俺は魔人を見る。


「そうだったな。――というわけで、どうやってここまで来たかは理解出来たか?」


 魔人の男が悔しげに表情を歪める。

 自分の愚かな質問の答えを丁寧に示されたことで、敗北をより一層強く意識出来たことだろう。


 そして、何かに気づいたような顔をした。


「魔獣共を突破する戦力に……白銀狼族の女を伴う男……まさか貴様ら、楽園か!?」


「なんだ、魔人の国でも広まってるのか」


 最近では長ったらしいフレーズが頭につくこともあるが、楽園単体の方が通りがいいようだ。


「だが何故だ! 何故ここが!? ……いや、そもそもあの小娘にどんな価値がある! いまだ前世にも目覚めていないガキ一匹、それも貴族だぞ! 貴様らは貴族に敵対しているのではないのか!」


 俺は聖剣を抜き放ち、一歩ずつ男に近づいていく。


「別に敵対していないぞ。世の中にはまともな貴族もいるし、そういう奴らと取り引きすることもある」


 怪しげな組織と取り引きする貴族がまともかどうかは、見方によるかもしれないが……。俺達にとって楽なのは間違いない。


「取り引き!? ――そうか、貴様らは希少な品を蒐集しているのだったな。エクスアダンの連中が何を差し出したか知らんが、より希少な品を提供すると言ったらどうだ?」


 どうやら、俺の話から楽園がエクスアダン辺境伯家と取り引きをした、と勘違いしたようだ。


 俺はニッコリと微笑む。


「妹を攫ったやつと、取り引きをするわけがないだろ」


「いもうと……妹、だと。馬鹿を言うな! 私は戦場でエクスアダンの息子達を目にしたことがある! そもそもエクスアダンの子息が楽園のメンバーなど有り得ん!」


「へぇ、お前あの二人を見たことがあるのか。生きてるってことは、よっぽど遠くから見たんだろうな」


 近くであの二人を目にしたのなら、生きているわけがない。

 俺の言いたいことはしっかり伝わったようで、男の表情が怒りに染まる。


「人間ごときがッ、我々を愚弄するか……!」


「驚いたな。見下してる種族を正面から倒せず、人質をとるような連中にも、誇りがあるのか」


「黙れ!」


 その時、部屋に影が差した。


 窓の外に鳥タイプの魔獣が出現したのだ。

 とても大型で、人を乗せて飛ぶことも出来そうだ。


 やつが逃走用に確保していたのだろう。


「逃げられると思うのか?」


 魔獣を操るのは異能スキルではなく魔法だという。


 だから、それが出来る魔人は魔力を操る才能を持っているということになる。


 つまり、他の魔法も使える可能性があるわけだ。


 俺達に何かしらの魔法をぶつけて、その間に逃げる。

 その為に、頑張って時間稼ぎをしているつもりだったのだろう。


 男の顔に一瞬笑みが浮かぶが、すぐに驚愕へと変わる。


 魔法を使う余裕は、そこで消し飛んだようだ。


 鳥の背後に、飛んでいる者がいた。


 建物の三階の高さまで跳躍したのは、蒼翼竜族の姫――クエレだ。


「族長様の邪魔しなーいの」


 彼女はくるりと縦に一回転し、鳥の背に踵を下ろす。


 骨の折れる鈍い音がして、鳥が俺達の視界から消えた。


 クエレはその後、窓越しに俺に気づくと、にぱっと笑いながら手を振ってきた。


 俺は微笑みを返す。


 彼女の姿もすぐに消えた。

 彼女ならばこの高さからでも難なく着地できるだろう。


「な、な、なっ」


 目の前で起こったことが信じられないようで、男は口をあんぐり開けている。


「まだ何かあるか?」


 俺がこんなことをしているのは、敵の力の全てを見たい、なんて格好いい理由からではない。


 ただの嫌がらせだ。


 男の顔が絶望に染まっていく。


 分かっていたことだが、残存魔力で使える魔法も、目くらまし以上には役に立たないようだ。


 それ以上の戦意を見せることなく、男は慌てて口を開いた。


「てっ、手元にはないが、本部には魔法具の保管庫がある」


「へぇ」 


 俺の反応を見て関心を引けたと判断したのか、男が具体的な魔法具の説明を始めるが――。


 俺は最後まで話を聞くことなく、聖剣を一閃させた。


 窓と壁にピッと血が散る。

 男の首に一筋の線が走り、それに沿って頭部がズレた。

 頭は横に、胴体は背後に倒れる。

 頭が転がり、汚れた床に赤色が混ざる。


「命乞いをするなら、もうお終いだな」


 他にまだ手があるなら、それも潰した上で始末したかったのだが、鳥で打ち止めだったようだ。


「もったいない。本部ってのがどこにあるか聞いてから殺せばよかったのに」


 あまりものの入っていない棚の方から、声が聞こえる。


 本や書類などが動いているので、透明状態のクリアが物色しているのだと分かった。


 そういえば、一人で作戦室にいたいうのも変かもしれない。この部屋を選んだ理由があるなら、回収や処分が必要な品があったから、なのか。

 クリアはそれに思い至り、何かないかと探しているようだ。


「そうだな。ただ、気に食わなかったんだ」


「ふぅん、【蒐集家】なのにね」


 クリアの声は相変わらず抑揚に乏しい。


 俺は確実に前世クロウの影響を受けているが、現世ロウの意識はしっかりと残っている。


 妹を攫った輩の情報に耳を傾けるというのは、不愉快だった。


 クロウならばそんなことせず話を聞いていたかもしれない……いや、そもそも彼ならば妹の窮地だとしても家から出なかったかもしれない。彼は人付き合いが嫌いだったようだし。


 とにかく、彼と俺は違う。


「リュシーを迎えに行く」


 マーナルムとブランが「ハッ」と答え、クリアが「了解」と返事した。



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