第42話◇透明の元暗殺者



 昔はあまり興味がなかったが、こうなると触れないわけにはいかない。


 俺が三年過ごしたあの家が、エクスアダン辺境伯家だ。


 つまり、貴族としての俺の名はロウ=エクスアダンとなる。

 どうせ失う名だと思っていたので、これまで意識することもなかったが……。


 このエクスアダン辺境伯家は、魔族の国との国境を任されている武闘派の一族。


 俺は父を好かないが、正直功績は凄まじい。


 リアンと出逢った鋼鉄の森で、俺は魔獣に遭遇。

 リアンや騎士の助けもあって、複数体との戦闘を生き延びた。


 長兄に貰った聖剣もあったし、後ろにはシュノンがいて逃げることも出来なかった。


 そうでなければ、戦いたくないというのが本音だ。


 今の俺ならば対処は難しくないかもしれないが、誰が好き好んで魔法を使う獣と戦いたいものか。


 魔族は、そんな魔獣を操って戦う。

 こちらの国を侵略しようと襲撃を繰り返している。


 それを防いでいるのが、エクスアダンという家と、その私軍なのだ。


 領内が魔獣に荒らされず、国内が敵国に侵されずに済んでいるのも、父と兵士達のおかげ、ということになる。


 もし戦闘系の前世に目覚めていたら、俺も長兄や次兄のように敵との戦いに投入されていたのだろう。


 立派な役目だとは思うのだが、やはり自分には向いていないなぁ、と思う。


「お考え事ですかな、旦那様」


 銀髪の壮年執事が、剣を振るって魔獣の首を落とす。


 その魔獣は黒い犬の姿をしているが、どういうわけか首が三つあるのだ。

 それに、火を吹く。


 執事ブランは巧みな剣技で、その三つ目を切り落としたところだった。


「助かったよ、ブラン」


 俺は立ち止まらず、石造りの建物の中を進んでいく。


「恐縮です。いやはや、旦那様にお仕えしてからの日々は、本当に退屈しませんな」


「傭兵時代は退屈だったのか?」


「戦いの高揚はありましたが、動機が金でしたからな。それも、心から欲しいものではなかった」


 ブランは『分身を作り出す』異能スキルを持っており、今ここにいるのも分身体だ。


 以前は傭兵をしており、異能スキルもあって『不死』と恐れられていたという。


 彼が聖騎士団に追われていたところに遭遇、色々あってうちの執事をやることになった。


「うちに来て、欲しかったものは手に入ったか?」


 俺の問いに、ブランは柔らかく微笑んで言う。


「はい。この力を捧げるに相応しいあるじを」


「……褒めても何も出ないぞ」


 話している途中にも、魔獣が出現しては襲いかかってくる。


 牛の頭をした二足歩行の魔獣がいたが、やつは首から血を噴き出して倒れてしまう。


 透明化能力を持つ仲間の得意技だ。見えない暗殺者による一撃は、当人の気配遮断技術も合わさって恐ろしいまでに上手くいく。


あるじ殿!」


 歩みを止めず、首だけで振り返ると、マーナルムが駆け寄ってくるところだった。


 彼女の背後には、豚の頭をした人型の魔獣の死体が幾つも転がっている。首を折られていたり、腹に穴が空いていたりなど死に方は様々だが、とても力の強い者にやられたのは分かる。


 その、とても力の強い者ことマーナルムは、俺の右隣にやってきた。


「マーナルムは、年々強くなっているな」


「はい! どのような敵からもあるじ殿をお守りするべく、日々精進しております!」


 元気よく応えるマーナルム。

 俺は彼女の頬が返り血で汚れていることに気づき、それをハンカチで拭う。


「んっ……。も、申し訳ございません、お見苦しいところを」


 マーナルムは俺の行動に抗わないが、くすぐったそうに身を震わせた。


「いや、お前の美しさは、返り血程度では損なわれないよ」


 美しき白銀の戦士は、今日も健在だ。


「……あ、ありがとうございますっ」


 マーナルムが顔を赤くして言う。

 どうやら、照れさせてしまったようだ。


「下心なく他者を褒められるのが、旦那様の素晴らしいところですな」


「お前の銀髪も決まってるぞ、ブラン」


「ほっほっほ」


 ちなみに、クエレを筆頭とした蒼翼竜族のみんなは、建物の外で大暴れしている。

 彼らは強いのだが、戦い方が派手で隠密には向かないのだ。


「――ねぇ」


 何もなかった場所に、女性が立っていた。


 十代から二十代に差し掛かったような、少女と大人の中間といった印象を受ける美女だ。


 肩に掛からない程度の髪は、暗い紫色。無表情に乏しく、声にも抑揚がない。


 肌を大胆に晒した衣装は下着か水着のように思えるが、彼女いわく『空気をじかに感じられるのがいい』とのこと。


 手には、鉈のような大型のナイフが握られている。


 『最大二つの対象を透明にする』異能スキルを持つ彼女の名は、クリア。


「珍しいな、お前が姿を現すなんて」


「……別に。それより、見つけたけど」


「どっちを?」


「……妹の監禁場所は未来で視たんでしょ。見つけたのはここのボス。あんたの妹の誘拐を指揮した奴の部屋だよ」


 急いでいたので、妹の監禁場所に関する情報を得た時点で未来視を引き上げるようハーティに頼んでいたのだ。


 だから、妹を生きたまま救出できる分岐における、詳細な未来は把握していない。


「そうか。ありがとうクリア。今から案内してくれ」


 姿を晒したままのクリアが、先導してくれる。


「……いいけどさ、先に妹の方へ行かなくていいの?」


「リュシーを救出したら、すぐに此処を出る。だから、問題は先に片付けておかないとな」


「……あたしがやっておいてもいいけど」


 確かに、ここの指揮官なり部隊長なりを倒すのは、俺でなくてもよいわけだが……。


「こういうのは、自分でやらないとな」


 そもそもリュシーを助け出すだけなら、忍び込むという手もあった。


 建物を襲撃し、魔獣たちと正面から戦いながら、堂々と進んでいるのは――逃がすつもりがないからだ。


「……だいぶ怒ってんね。あんたが家族思いだとは知らなかったよ」


 クリアは元々、とある国で俺達を殺すべく雇われた暗殺者だった。


 暗殺を防いで彼女を拘束した俺は、その能力の希少さと彼女の技能を前に、殺すのは惜しいと思ってしまったのだ。


 そして、逆に彼女を雇うことにした。


 なんやかんやあって交渉はまとまり、クリアは俺達の仲間となった。

 今では頼りになる戦力だ。


「あはは。姿を消しておいて、都合のいい時だけ兄貴ヅラする奴が、家族思いかは疑問だけどな」


「魔族の国に喧嘩売る覚悟で助けに来るとか、大抵の奴は出来ないんだから、家族思いでいいんじゃないの」


「それが出来るのはお前らのおかげだよ」


「……あっそ」


 クリアがぷいっと視線を逸らす。


「……クリア、貴様が姿を現した理由がわかったぞ。わたしとブラン殿だけがあるじ殿に褒められたものだから、気に食わなかったのだな! 自分も褒められたくなったのだろう!」


「……マーナルム、あんた探偵にはなれそうにないね。推理雑すぎ」


「いいや名推理だ! こちらを見ろ! 貴様、顔が赤くなっているのだろう!」


「じゃあ、この階段上がった先、一番奥の部屋だから」


 そう言い残してクリアの姿が掻き消える。


「都合が悪くなると透明になるのはやめろ!」


「なんでそんなに怒るんだ、マーナルム。結果を出してるんだ、褒めたっていいだろう」


「うぐっ。その通りですが、奴のあるじ殿への態度が気に食わないのです!」


「俺は気にしてないよ。みんなは仲間であって、配下じゃないんだから」


 俺のことを長のように扱ってくれる仲間達が多いというだけで、絶対の支配者ではない。


「むぐぐ……」


 かつて俺の命を狙っていたことも、マーナルムの怒りを買っているのかもしれない。


 俺はマーナルムを落ち着かせるように頭と耳を撫でてから、クリアの言っていた階段に足を掛ける。


「魔族に逢うのは初めてだが、楽しむ気分にはなれないな」


 俺は【蒐集家】だが、今はリュシーの兄としての感情の方がまさっているということだろうか。


 興味よりも、怒りの方が強かった。



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