第二部
序章◇兄の帰りを待つ少女
第41話◇五年ぶりの里帰り?
聖騎士シュラッドとの戦いからしばらく経った、ある日のこと。
「
俺は空中移動要塞トイグリマーラにある邸宅の一室、自分用の執務室にいる。
そんな俺に、仲間から受け取った報告書を提出するのは、五年来の仲である白銀狼族の戦士マーナルムだ。
彼女の白銀の髪と蒼玉の瞳は、今日も美しい。
もちろん、狼耳と尻尾も健在だ。
見惚れるほどの魅力だが、その日は他に気になることがあった。
「バークシナ地方だと?」
椅子に深く腰掛ける俺のもとへ、マーナルムが報告書を持ってきてくれる。
「はい。我々が出逢った地ですね」
彼女が当時を思い返すように遠くを見つめる。
「そうだな、あれから五年か」
執務机の上には他にも書類があったが、マーナルムに貰った紙の束を最優先で確認。
「五年でこれだけの集団を組織するとは、さすがは
マーナルムと初めて逢った時は、住むところもなかった。
思えば遠くに来たものだ。
俺が書類に目を通し始めると、マーナルムは気を利かせて口を閉ざす。
全ての文字を読み終えた俺は、書類を卓上に放って立ち上がった。
「……
「バークシナ地方北部へ行く。竜に乗るから彼らに話を通しておいてくれ」
聖獣たちのように、一部の竜は多種族と意思疎通が可能。
「は、ハッ。ただちに!」
マーナルムは一瞬目を丸くするものの、すぐに応える。
「それと、戦う力を持つ奴らにも声を掛けておいてくれ。暴れたい奴はついてきてくれ、とな」
「……承知いたしました」
マーナルムは何も聞かないが、気になっているようだった。
部屋を出ていこうとするマーナルムに、俺は説明する。
「兄妹がピンチみたいなんだ」
「――――。
「そこまで大げさにしなくていいが……。だが、心強いよ」
「当然のことです!」
マーナルムの力説に、俺は苦笑した。
笑うだけの余裕を取り戻せた、とも言える。
報告書の内容を確認した瞬間に感じた焦りのような感情から、落ち着くことが出来た。
「俺はハーティのところに顔を出して、未来を確認してもらう。あとで合流しよう」
「ハッ」
「それと、マーナルム」
「なんでしょう?」
「お前のおかげで、助かってるよ」
「――光栄です」
マーナルムは誇らしげに笑うと、今度こそ部屋を出ていった。
俺も彼女に続き、ハーティの部屋を目指す。
◇
「なるほど……」
ハーティはマーナルムの妹だ。
白銀狼族の特徴である耳と尻尾、そして白銀の髪を備えている。
マーナルムが凛々しさ特化の美女だとすれば、ハーティは愛らしさの中に一匙のお淑やかさを足したような美少女である。
「ロウお義兄さまのご家族の危機となれば、急がねばなりませんね」
ハーティは睡眠中だったようで最初に訪ねた時は「しょ、少々お待ちください!」と慌てていたが、部屋の扉越しに事情を説明するとすぐに入れてくれた。
だが寝間着姿を見られるのは恥ずかしかったのか、少し頬が赤い。
なるべく見ないようにと頼まれているので、視線をやや逸しながら彼女を話す。
「それでは、ロウお義兄さまの未来を視てみますね」
「あぁ、頼む」
報告書の内容は、こういうものだった。
エクスアダン辺境伯領と、魔族国家レゼヴェルグ国境での戦いが激化。
魔族は国境での戦いをこのまま押し切るのは無理と判断し、別の作戦を用意。
辺境伯家の長女リュシーがハニアという街に滞在していることを突き止めると、少数部隊で強襲。
護衛や市民に多くの犠牲者を出しながら、リュシーを誘拐。
領主軍に「降伏しなければ長女を処刑する」と脅しを掛けた。
どうやら、長男ニコラスが義理人情に篤い人間であることは、魔族連中にもバレているようだ。
「……」
そして最悪なのは、敵はそもそも降伏を期待していないだろう、ということ。
国の守りを任すに足る人間だから、父は辺境伯家の領主でいられるのだ。
娘と国なら、国をとるに決まっているし、国家としてはそちらの方が正しい。
一人の少女の為に、大勢を不幸にするわけにはいかない。
だが長兄や次男、そしてリュシーを愛する領民たちは反対するだろうし、戦意は確実に落ちる。
そして、やがてリュシーが処刑されると、領内には不安と不信感が広がるだろう。
敵の狙いは、そういった一連の流れにある、と考えるべきだ。
魔族というのは、『魔獣を操る魔法を使う奴ら』につけられた通称。
中には角の生えた者もいるようだが、基本的には人間と変わらない。
普通の人間が扱う魔法ではない、という意味では奴らを魔女と呼ぶことも出来そうだが、そう呼ばれることは少ない。
とにかく、奴らは既にリュシーを攫った。
このことを未来視で把握できていれば……と思うが、ハーティの未来視も無制限に使えるわけではない。
――未来視発動の時間に応じて、精神を消耗する。
という制限がある。
消耗は疲労感や眠気という形で発現するので、使用後には休養が必要。
あんまり無理をさせられないので、常に仲間全員の未来を視てもらって危険ゼロの生活、というわけにはいかないのだ。
たたでさえ、最近は蒼翼竜族の救出や聖騎士達との決戦などで彼女の
今回の使用もそう日が開いておらず心苦しいのだが、どうしても必要だった。
「視ました」
ハーティは未来視発動中目を閉じるのだが、それがそっと開かれる。
「どうだった?」
「このままいけば、魔族は間違いなく処刑を実行します」
「……だろうな」
「そして、多くの未来で奪還作戦は失敗します」
「敵が強くて勝てないのか? それとも……救出が間に合わないのか?」
「ほとんどの未来では――発見さえ出来ないのです」
「なる、ほど」
確かに、リュシーの居場所は手がかりなしだ。
監禁場所を見つけること自体が難しい。
「ですが、失敗した未来のロウお義兄さまは、その後もリュシー様がどこに監禁されていたのかを調査し、それを突き止めています」
「……はっ、そうか。
「はい」
俺らしい行動だ。
自分がもしリュシーを助けられなくても。
リュシーがどこに監禁されていたかを、時間が掛かっても突き止める。
そうすれば、過去の自分が、ハーティの
自分の行動で、リュシーを救出する分岐を作り出せると信じて。
「リュシーがどこに捕らえられているかを教えてくれ」
ハーティに情報を貰った俺は、部屋を出てマーナルムに合流すべく歩き出す。
廊下を進みながら、思い出す。
俺が家を出た日、見送りにきてくれた妹との会話だ。
――『……ねぇ、おにいさま?』
――『どうしたんだい?』
――『……かえって、きますよね?』
当時七歳だった妹に、俺は言ったのだ。
「言ったろう、リュシー。『また君に逢えるよう、力を尽くす』と」
五年も待たせてしまったが、約束は守らねばならない。
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