第40話◇魔女と魔性と魔宝の楽園




 聖騎士シュラッドとの戦いが決着した、その翌日。


 昼。

 拠点の庭で、祝勝会が開催されていた。


 霊薬エリクサーで全快した蒼翼竜族の面々や、今回の作戦に参加してくれた仲間達、その他暇な仲間が集まって、盛大に騒いでいる。


 天空移動要塞の上では、地上よりも空が近い。

 抜けるような青空は見ていて爽快な気分になるが、どこかで白い雲を探す自分がいた。


 遊ぶもののなかった貧民窟での日々でも、最後まで慣れることが出来なかった貴族としての生活でも、【蒐集家】に目覚めて家を追放されたあとになっても。


 ぼうっと雲を眺める趣味だけは変わらない。


 だが、変わったこともある。


あるじ殿っ!」


 白銀の長髪を靡かせた、凛々しき白銀狼族の美女が、肉の盛り付けられた皿を持って近づいてくる。


「こちらをどうぞ」


 恭しく捧げるように差し出すマーナルム。


 よく見れば、マーナルムも食べたくてうずうずしているのが分かった。

 だが忠臣である彼女は、俺より先に食事を摂ってはならないというプライドのようなものがあるのだろう。


 俺は微笑みながら皿と、それからフォークを受け取り、脂の乗った肉料理を頂く。


「うん、美味いな」


「そのお言葉を聞けば、料理人も喜びましょう」


「あはは、そうか。マーナルムも、自由に食べてきていいんだぞ?」


 庭にはクロスの敷かれたテーブルが沢山設置されており、そこに様々な料理が並べられていた。


 うちには決まったマナーはない。よっぽど散らかしたりしなければ、自由。


 貴族の家で出てきそうな上品な料理もあれば、屋台で売っているような庶民好みの料理もある。

 あとは、特定の地域や種族に伝わる料理なども数多く揃っていた。


 美味しく食べられれば、それでよいという精神だ。


「は、はいっ。いえしかし、最近はあるじ殿との別行動が多かったので……」


「そうだったか?」


「そうです! 蒼翼竜族達の救出作戦における別行動に続き、シュラッドとの戦いもあるじ殿がお一人で決着をつけると仰ったではないですか! もっとこのマーナルムをご活用ください!」


 マーナルムが俺に強く出るのは非常に珍しい。

 右腕の彼女としては、俺から離れて行動したり、俺に一人で戦わせたりは不安になるのかもしれない。


「そうか。まぁ、俺もお前がいてくれる方が安心だよ」


「――っ! こ、光栄です……」


 キリッとした顔で答えるマーナルムだが、尻尾が嬉しそうに踊り狂っている。それはもう、ふぁっさふぁっさと盛大に。


「これでも食うか?」


 俺は自分の分の肉料理をフォークで刺し、マーナルムに差し出す。


 冗談のつもりだったのだが、マーナルムは「! ありがたく頂戴いたします!」と決意に満ちた声を上げ、ぱくりと食べた。


 もぐもぐ、ごくん。

 彼女は目を瞑り、身体を震わせている。


「ここで死んでも本望です」


「あはは、そんなに美味かったか」


 俺の感想よりも、こちらの方が料理人は喜びそうだ。


「いえ、料理もそうですが、それだけではなく……」


 マーナルムは俯きがちに、頬を染めながらもじもじしている。


「ふぅん?」


 まぁ、満足したようなら何よりである。


 彼女は俺の横から離れないようなので、そろそろ料理の並ぶテーブルに近づくことにする。

 そうすれば、マーナルムも料理を選びやすいだろう。


「メイドは見ていました」


 にゅっと、敏腕メイド長シュノンが出現する。


 今日も亜麻色の髪は編まれており、豊満な胸は動く度に揺れている。

 そんな童顔の幼馴染は、ジト目で俺を見上げていた。


「どうしたんだよ、シュノン」


「いえ別に」


 シュノンは素早い動きで俺から肉料理の皿を取り上げ、フォークを新しいものと交換した。


 そして、サラダの盛り付けられた皿を俺に差し出す。


「お野菜も食べてください。ご主人さまには健康でいていただかないといけませんので」


「……? じゃあ、まぁ」


 もっしゃもっしゃとサラダを頬張る。野菜が瑞々しく、ドレッシングのバランスも丁度いい。


 シュノンは俺がサラダを食する様子をしばらく見ていたが、やがて「あーん」と自分の口を開けたではないか。


 だが彼女の手には料理の皿はない。


 俺はようやく、シュノンの目的を察した。

 マーナルムともやりとりを見て、自分もやりたくなったのだろう。


 俺はシュノンの口にサラダを運んでやる。


「んふ」


 シュノンは満足げに野菜を咀嚼し、上機嫌になった。


「あー! イチャイチャしてるー!」


 そう言ってこちらに駆け寄ってきたのは、蒼翼竜族の元部族長であるクエレだ。


 彼女は大きな身体に褐色の肌、青い髪が特徴的な女性で、とにかく元気いっぱい。


「わたしも! わたしも族長様のツガイだから権利があると思う!」


 そう言ってクエレが「あーん」と大きく口を開く。


 だが体格差から、食べさせるのは難しい。

 それに気づくと、クエレは俺の前で膝をつき、再び口を開けた。


 俺はしばし考え、肉料理の方を彼女の口に運んでいる。


「んーっ!」


 クエレは自分の頬に両手を当て、嬉しそうに表情を綻ばせている。


「よしっ、じゃあ族長様、次はベッドで赤ちゃ――」


「ええいそこまでだクエレ! この発情竜め!」


 マーナルムが叫ぶ。

 もう見慣れた光景だ。


「違うもん! お世継ぎは大事だもん!」


「だとしても、相手が貴様である必要はあるまい!」


「ふぅん? わたしはマナちゃんと一緒でもいいけど?」


 クエレが悪戯っぽく微笑む。


「んなっ!」


 マーナルムの顔が、ぼふっと真っ赤になった。


「お待ちください、クエレ様。こういったことは順番も大切なのです。わたしは、ロウお義兄さまの最初のお嫁さんに相応しいのはおねえさまだと思うのです。その未来が一番楽園の発展に繋がると、わたしの未来視も言っている……ような……ものかな……なんて」


 姉のピンチ(?)に駆けつけた未来視の少女ハーティが加勢するが、後半にいくにつれ言葉の勢いが落ちていく。


 どうやら未来うんぬんは嘘のようだ。

 姉の力になろうと頑張ったようだが、ハーティに嘘は向いていない。


「旦那様が、メイドと愛を育むというお話も王道だとシュノンは思います」


 シュノンが真面目な顔で言う。


 俺達のやりとりを見ていた男性陣が囃し立て、何人かの女性が近づいてくる。


『賑やかだな』


 聖獣リアンがやってきた。

 初めて逢った時よりも一回りほど大きくなっている。

 そこらへんの小屋よりも大きい。


 リアンが顔を寄せてくるので、俺はそれを迎えるようにもふもふする。


 普段なら真っ先にリアンに挨拶するマーナルムも、今はクエレ達との舌戦に夢中で気づいていないようだ。


「来たんだな。お前も何か食べていくといい」


 聖獣は食事を必要としないらしいが、食べること自体は可能。

 味覚もあるようで、食事はたまの娯楽という扱いのようだ。


 俺達と一緒に旅をしたリアンだからこそであり、他の聖獣だとまた違うのかもしれないが。


『では頂こう』


「ふわあああ」


 リアンの口に合いそうな料理を探していると、そんな声がした。


 『万物を生む少女』モルテである。

 リアンを見たのは初めてではない筈だが……間近で見ると迫力がまるで違うのは分かる。


「大丈夫だよ、モルテ。こいつは聖獣といって、とても賢くて頼りになる狼なんだ」


「せいじゅう……」


「それに、話も出来る」


『モルテと言ったか、お前も食事を摂った方がいい。もう少し肉を蓄えるべきだ』


 確かに、モルテはまだまだ痩せている。

 体重の増減は基本的に病や負傷といった認定をされないので、ポーションの類や霊薬エリクサーも効かないのが困りものだ。


「わわわっ、頭の中に声がっ」


「あはは、最初はびっくりするよな」


 リアンと初めて逢った時のことを思い出し、懐かしくなる。


「あ、あの……よろしくお願いします、聖獣さま」


『よろしく頼む。そして、我のことはリアンで構わない、モルテよ』


「びゃい! リアンさまっ!」


『うぅむ……怯えさせてしまっているだろうか……小さくなるか?』


「リアンは俺達の味方だよ。この土地を守ってくれているんだ。それに、仲間には優しい」


 俺は試しに、リアンに抱きついてみる。

 ひだまりのような温かさと、もっふっもっふですべらかな毛並みが大変心地よい。


「モルテもやってみるといい。いいか? リアン」


『構わない』


 モルテはおそるおそる、だが着実に近づいてきた。

 そして、そ~っとリアンに手を伸ばす。


「ひゃっ。や、柔らかい。ふわふわ、です」


「俺は背中に乗せてもらったことがあるけど、その状態で走るとすごい気持ちがいいぞ」


『同じことをシュノンがした際は、悲鳴を上げていたが……』


 シュノンは速すぎるのが苦手だったようだ。

 しがみついていないと振り下ろされそうな感じとか、俺は楽しかったのだが。


「気難しいやつもいるけど、ここにいる奴らはみんな仲間だから、少しずつ慣れてくれると嬉しいよ」


「は、はいっ!」


 元気よく頷く彼女を見て、自然と笑みが漏れる。


 少し離れたところでは、クエレの弟デコンが、族長の嫁に相応しいのは姉のクエレだと叫んでいる。


 それに同調する蒼翼竜族たちと、いいやマーナルムこそが相応しいと反発する白銀狼族たち。


 元傭兵の執事ブランは微笑ましげにそれを眺めており、虚空に向かってワインを注いでいた。


 だがワインは地面に垂れることなく、途中で消失する。

 まるで見えないグラスに注がれ、それと同時に世界から隠されてしまったように。


 ブランは、透明化能力を持った仲間に酒を注いでいるのだろう。


 他にも、あちこちで、色んな仲間達が楽しげに過ごしている。

 ここにいない仲間もまだまだ多い。


『随分と大所帯になったな、ロウよ』


「そうだなぁ」


 希少な存在のあるところ、どこからともなく現れる謎の集団がいた。


 囚われの奴隷だろうとも救出し、未踏のダンジョンをも攻略し、狙ったモノは必ず手に入れる。


 楽園を自称するその組織だったが、ある日を境に、同胞を狩られたと憤る聖騎士団はこれを否定。


 逆賊であると声高に叫んだが、既に世に広まった名前を上書きするのは難しい。

 苦肉の策か、聖騎士団は楽園の名に、幾つかの言葉を追加した。


 それは、どこかの聖騎士の言葉を思い起こさせるものだった。


 その組織の長は、悠久の時を生きる魔法使いであるとも、異形の怪物であるとも、死した霊魂であるとも、亡国の王であるとも、そもそも存在しないのであるとも言われている。


 とある貴族家を追放された、元貧民窟暮らしの青年であるとは、世間は知らない。


『まだ旅は続くか』


「もちろんだよ、リアン」


 その組織の本拠地である空中移動要塞には、この世の珍しいもので溢れているらしい。


「次は何を蒐集できるか、楽しみだ」


 定着しているとは言い難いが、聖騎士団は組織をこう呼ぶ。


 ――魔女と魔性と魔宝の楽園。



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