第39話◇蒐集家



 潔いとでも言えばいいのか、シュラッドは負けを覚悟するとすぐに降参した。


 俺はシュラッドに霊薬エリクサーの居場所を聞き出し、元傭兵のブランと蒼翼竜族のクエレに回収を頼む。


「嘘はついていない……!」


「だろうな。でも確かめないと」


 しばらくして、どこかから「あったよー!」とクエレの声が聞こえてくる。


 その一つをブランが持ち帰ってきたので、真贋審美眼で確認。

 間違いなく本物だ。


「確認できたよ、シュラッド殿」


「な、ならば手打ちでよろしいか? 私は、ここを去っても?」


「少し待て」


 俺はシュラッドに近づき、常に携帯している革袋の中から、あるものを取り出す。

 そしてそれを、シュラッドの首筋に突き刺した。


「――――ッ!?」


 円筒に液体が詰まっており、片端には針、もう片端には中の液体を押し出すための棒が装着されている。


 注射器だ。


 シュラッドは驚愕に飛び退き、首筋を押さえながらこちらを睨む。


「何をするッ!」


「これは一つしかないんだ。だから、誰に使うかは慎重に選ぶつもりだったんだが……お前ならば丁度いいと思ってな」


 異変はすぐに現れた。


 シュラッドが苦しげに胸を押さえ、地面に膝を付き、そして――口から何かを吐き出す。


 それは琥珀色の宝石だった。親指と人差し指で円を作った時くらいのサイズ。


 当然、ずっとシュラッドの胃の中にあったわけではない。


 マーナルムが、ハンカチを使って宝石を拾い上げる。

 シュラッドの口から出てきたものを、俺に回収させたくないという思いからだろう。


「なんだ、一体なんなんなのだ! 私に何をしたのだ!」


「俺の前世はお教えしただろう?」


「それがどうした!」


「蒐集だよ、シュラッド殿」


「なん……だと」


 俺はシュラッドを視る。

 真贋審美眼で表示される情報は、前回と違っていた。



 ――『シュラッド』。

 ――人間。

 ――希少度『/』


 彼にはもう、希少度がついていない。


「お前ふうの表現を混ぜて言うなら――神のご加護を蒐集した、、、、、、、、、


「――――」


 シュラッドは己の両手を見下ろし、そしてすぐに――慌てふためく。


「す、異能スキルが消えている!?」


 何かしらの異能スキルを使用しようとし、失敗したようだ。


「それだけではないよ。お前は伝承再演ミステリオンに到達していた。異能スキルと魔法を掛け合わせることに成功したんだ。だから悪いが、両方頂いた」


 シュラッドは最早、魔法の使用も出来なくなっている。


「あ、有り得ん。こ、このようなことが起こる筈がない!」


「起こっているじゃないか」


 シュラッドはマーナルムの手にある宝石に目をつけた。


「そ、それだな!! 返せ! 私の力だぞ!」


 マーナルムに飛びかかるシュラッドだが、今の彼は最早、少々鍛えた武人程度。


 並の人間を圧倒できても、マーナルムには到底敵わない。


 既に俺の伝承再演ミステリオンは解いているが、それでも充分。


 文字通り彼女に一蹴され、シュラッドは大地を転がる。

 土に汚れるシュラッドを、マーナルムが冷たい眼差しで見下ろす。


「貴様は我が故郷を襲撃し、逆らう同胞を手に掛けた。その上、妹を監禁し、生き残った同胞を奴隷として売り払った。他者から奪い続けてきた罪を、償う時が来たのだと受け入れろ」


「獣混じり如きが偉そうに! 私は貴族だ! 前世は英雄だ! この魂は、この生は神に祝福されているのだ! 平民や亜人をどう扱おうが、私の自由だろうが!」


「……救いようのない下衆め」


 対話は不能と判断したのか、マーナルムは唾棄するように彼を一瞥し、視線を切る。


 そこへ、霊薬エリクサーを回収したクエレも戻ってくる。


「よし、作戦成功だな。帰ろうか」


 もうここに用はない。


 だが俺の帰還を阻む者がいた。

 シュラッドが、俺の足許に縋り付いてきたのだ。


「ま、ま、待ってくれ! 頼む! 頼む! 異能スキルを返してくれ!」


「貴様ッ、あるじ殿から離れろ!」


 マーナルムが怒号を上げるが、引き剥がそうとする彼女を手で制する。


 あの注射器――正確には中に入っていた液体――は魔法具だ。


 魂に刻まれた『能力』を抽出する効果がある。

 前世も現世も関係なく、まとめて。


 シュラッドの見立て通り、あの宝石に彼の能力が込められている。


 つまり、俺は今回、大量の霊薬エリクサーだけでなく――雷を操る伝承再演ミステリオンを手に入れたのだ。


 あの注射器、これだけ破格の能力だからか、特記事項に『複製不可』とあった。

 仮にここで使用を温存しても、モルテに増やしてもらうことは出来ない、ということ。


 ならばやはり、使い所はここで良かった。


「何故、お前を殺さないのだと思う?」


 俺はシュラッドに問う。

 彼は目を泳がせながらも、答える。


「そ、それは、同じ貴種としての慈悲からではないのか」


 こいつは、この戦いで六人の部下が死んでいるのを忘れているのだろうか。


 貴族への配慮なんてものを持ち合わせているなら、そいつらも生かしていただろうに。


 確かに、貴族を殺めることは、盗賊を殺めることよりもずっと厄介だ。

 こいつらの善悪とは関係なく、親族たちが体面のために犯人探しをするからだ。


 とはいえ、衝突が避けられないのならば仕方がない。


 仲間の命が懸かっている戦いで、敵の命に配慮している余裕はない。


「いいや、そうじゃない。俺はただ、知りたいんだ」


「な、何を……」


「神の加護を失った聖騎士の、末路を」


 シュラッドの顔から、生気が完全に消える。


 こいつらは、前世に覚醒できるから自分達は特別だと信じている。


 だがこいつが再び前世の能力を引き出す儀式を行っても、もう無駄だ。

 そこに刻まれた情報は、既に宝石に移されてしまったから。


 前世持ちが、途中でその特別性を失ったら。

 一体、どのように扱われるのか。


 少し気になったのだ。


「ゆ、許してくれ! 頼む! そ、そうだ! 私を貴殿の部下にしてくれ! これからは楽園の為に戦うと誓おう!」


わからないな、、、、、、


「え……?」


 シュラッドが気の抜けた声を上げる。


「さっきからおかしいぞ、お前、一体誰に縋ってるんだ」


「え、なっ、そ、それは……楽園の宗主たる、き、貴殿に……」


 盗賊団の首魁と呼んでいた筈だが、楽園の宗主ときたか。


「だからな、シュラッド殿。縋る相手を間違えているんだよ」


 俺は人差し指を立て、上へと向ける。


 彼がつい先程雷を落とした空だが、既に暗雲は晴れている。


 青の広がる天空を指し、俺は微笑んだ。


「神がお前を祝福してるんだろう? ――救われたきゃ、天に祈れよ」


「あ、あ、あ……あぁ、そんな……」


 シュラッドが俺に縋り付く手から、力が抜ける。


 地面に両腕をついた彼は、謝罪しているようにも、祈っているようにも見えた。


 俺達に救いを求めても無駄だと、ようやく理解したようだ。


 彼がこれまで自信の拠り所としていた神の祝福とやらは、最早ない。

 故に、そう。


 誰も、彼を救ってはくれないのだ。


 そのことに、ようやく思い至り。

 騎士は絶望した。


「じゃあな」


「………………魔女め」


 シュラッドが何やら呟く。


「ん?」


 彼は顔を上げ、表情を大きく歪めながら叫んだ。


魔性、、の存在を従え! 法の物を蓄え! 楽園、、を自称する、悪しき魔女、、め! 貴様のあれが伝承再演ミステリオンだと!? 認めるものか! 神の教えに背いた邪法だろうが!」


 特殊な魔法を修める者を、この世界では魔女と呼ぶ。


 では通常の魔法とは何かというと、地水火風の属性魔法と、身体強化魔法など、今の世で体系化された魔法だ。


 そして『死体を操る魔法』『動物と会話できる魔法』『石を金に変える魔法』など、基本の魔法から外れた術は、全て邪法として扱われる。


 もちろん、お貴族様が使う特別な魔法だけは、神様に与えられたとして例外扱いだ。


 邪法の使用者は男女問わず魔女と呼ばれ、聖騎士団などに咎人として追われることになる。


 どうやらシュラッドは、貴族の中でも更に一部の者だけが到達できる力――伝承再演ミステリオンを、俺が修得しているという事実を否定したいようだ。


 まぁ、『仲間や装備品の性能を一時的に上昇させる魔法』と表現すれば、邪法寄りだろう。


「それで?」


「私を生かしたことを後悔するぞ! 貴様の生家は、魔女を生み出したとして糾弾されるだろう! 当然、私の力を奪った罪もだ!」


「あはは」


 俺は吹き出すように笑う。

 こいつが心から反省するなんて期待していなかったが、こうも予想通りだと笑うしかない。


「何がおかしい!」


「俺も貴族だったから分かるんだけどさ、貴族ってのは体面が大事なんだよ。三男が戦闘系の前世じゃなかったから、人知れず追放する、みたいにな。それで考えてみて欲しいんだが、お前が保護された後、全ての力を失ったと知られたら、どうなると思う?」


「む、無論、私の話を聞き、即座に貴様を――」


「なかったことにされるんだ」


「――――」


「今日死んだ六人の家の奴らは、このままだとお前の家に責任を求めるだろうな。当然だ、お前が部隊長なんだから」


「…………ッ」


「お前は言い訳するんだろう。『死んだ筈の辺境伯家の三男に、前世を奪われたんです』と。考えてみて欲しいんだが、お前が無関係の第三者だとして――これを信じるか?」


 どう考えても、いかれてしまった哀れな男の戯言だ。


 万が一、こいつの話を信じたとしても、意味がないのだ。

 父は俺の生を否定する。


 そしてそれを覆す決定的な証拠は誰も示せない。


 ここに残されるのは、力を失った聖騎士だけなのだから。


 こいつはきっと、この戦いで死んだことにされるのではないか。

 そのあたりは、今後ハッキリすることだ。


「お前の残念な末路を見れば、他の聖騎士達も少しは大人しくなるかもな」


 俺達は何も、無実の者を手に掛けたり、街を破壊したりしているわけではない。

 ただ世界を巡り、珍しいものを集めて回っているだけ。


 シュラッドのような者が減れば、純粋に旅を楽しめる。


「あぁ……そんな……」


 今度こそ、シュラッドは絶望に屈した。


 顔を手で覆い、嘆くように呻く。

 俺達はやつを置いて、拠点へ戻るべく歩き出す。


「――悪魔め」


 シュラッドが最後に呟いた言葉が、耳に届いた。


 俺はそれを聞いて、そういえば、と思う。


悪魔それはまだ逢ったことがないな」


 とにかく、こうして聖騎士シュラッドとの戦いは決着したのだった。



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