第38話◇伝承再演



                 

伝承再演ミステリオン――雷霆継承権スノウラケ


 伝承再演ミステリオン修得には、前世と現世の二つが重要になってくる。


 前世の力を使うだけなら、それはあくまで異能スキル使用とでも言えばいい。

 前世の力に、現世の力を掛け合わせることが出来た時、それは奇跡の次元に到達する。


 シュラッドは貴族だ。前世に覚醒する以前から、魔法の訓練を受けている。


 その上で【英雄】の前世に目覚めたのだ。


 そこから更に研鑽を積み、その力を手にしたのだろう。


 いけ好かないやつだが、実力は本物。


 なにせ、落雷を操る魔法に至ったというのだから。


 天災を御する魔法。


 国によってはそれだけで神の代行者として崇められるだろう。

 凄まじい力だ。


 これだけの力があれば、全能感に酔いしれてしまうのも無理はないのかもしれない。


 こいつと初めて衝突したのは、未来視のハーティを奪還した時だから、五年前か。

 その時には習得していなかったので、五年の間に修得したのだろう。


 敵ながら見事だ。


 この魔法ならば、どのような敵であろうと滅することが出来るだろう。


「な、な、なッ――何故だッ! 貴様、一体何をした!」


 だが、俺はぴんぴんしている。


「何って、目の前にいるのに見てなかったのか?」


「ふ、ふざけるなッ……!」


 俺はただ、『始まりの聖剣』を天に掲げただけだ。

 そうすれば、俺を狙った落雷はまず、聖剣に触れる。


 それで充分。


「お前、さっきから狼狽えてばかりだな。戦士の動じなさはどうしたんだよ」


「だ、黙れッ! 一体どのような奇術を弄した!? 代理負担の魔法具――いや、有り得ん! 一瞬で千回以上は殺せるダメージを相殺できる筈が……吐け! いかなる手段で神の怒りから逃れたのだ!」


 わからないことを素直に人に訊くとは感心だ。

 言葉遣いがよろしくないのは問題だが。


「この剣だよ。特別製なんだ」


 長兄より譲り受けた、本物の聖剣である。


「馬鹿な! 仮にそれが聖剣に匹敵する魔法具だとして、神の怒りを防ぎ切れる筈がない!」


 まぁ、確かにそうだ。


 この聖剣は竜の鱗さえ断ち切る優れものだが、天災を斬れるものではない。


「でも斬れた。何故だろうな」


 シュラッドが一歩後ずさる。


 俺を見る目は、先程までの若造を嘲るそれではなく、幽霊にでも遭遇したようなものへと変わっていた。


「しゅ、シュラッド様!」


 騎士の一人が彼を呼んだ。


 その男はマーナルムと戦っていたが、全身に裂傷を負い、ついには胸を貫かれて息絶える。


 マーナルムは四足獣のように騎士の周囲を駆け巡っては、敵の防御を潜り抜けて攻撃を加えていたのだ。


 彼女の白銀の毛髪が淡い光を帯び、その両手には光の爪が伸びている。


「な、なんだあれは……姉の方には、異能スキルはなかった筈だろう……!」


 気になるのは部下の死ではなく、マーナルムの変化の方らしい。

 どうやら、死んだ騎士はそこまで仲の良い相手ではなかったようだ。


 変化はマーナルムだけではない。


 ブランは複数の分身を出現させて騎士を翻弄し、リアンの咆哮に応じて森の木々が蠢き騎士に襲い掛かり、クエレが大きく息を吐くと代わりに業火が噴き出した。


 騎士たちも、俺達のことは事前に調べていただろう。

 戦い方についても対策を練っていた筈だ。


 だが、それがまったく役に立たない。


 俺の仲間達が、彼らの知っているよりもかなり――強いから。


「貴様の仕業か! 対象の性能を上げる異能スキル、そうなのか!」


「惜しい」


 先程シュラッドが後退した分、やつに近づく。


「有り得ん有り得ん有り得ん! 聖剣と配下合わせて五つの対象を同時に強化だと!? それも、神の怒りを相殺し、四人の聖騎士を上回るほどに!? そんなもの、並の異能スキルでは――ま、まさか」


 ようやく、思い至ったようだ。


 愕然とするシュラッドに、俺は一歩また一歩と近づいていく。


 よろめくように後退しがなら、シュラッドは剣を持っていない左手で、自分の顔を覆った。


「き、貴様――貴族か、、、


 ようやく、その可能性に思い至ったようだ。


「そうだよシュラッド殿。家を出た貴族が、みんな聖騎士団に入るわけではないんだ」


「……ならばこれは、やはり――伝承再演ミステリオン、なのか」


「あぁ」


 対象は、これまで俺が蒐集した『モノ』であれば何でもいい。

 聖剣でも、聖獣でも、亜人でも、異能スキル持ちでも。


 それらの性能を一時的に数段階、引き上げる。

 真贋審美眼でいうところの希少度が、一時的に跳ね上がるのだ。

 道具は性能が強化され、生物は異能スキルに目覚め、既に持っていればそれが進化する。


 俺の伝承再演ミステリオンならば、それが出来る。


 【蒐集家】というクロウの前世に、俺の魔法を組み合わせた、現世だけの魔法。


「何故だ! それほどの能力がありながら、何故我々に敵対する! 我らのように尊い血の流れる者以外が異能スキルを持つことを、何故許せる! 何故咎人共を仲間に迎える!」


 シュラッドは、世界を貴族とそれ以外で分けて考えているのだろう。

 だから、貴族でもないのに異能スキルを使える奴らは許せない。

 自分達の特別性を侵す存在だからだ。


「何故って、興味があるからだよ」


「きょ、興味、だと?」


「あぁ。違う種族も、不思議な道具も、摩訶不思議なダンジョンも、まだ見ぬ大地も、全てを見てみたい。そういう欲求に従っているだけなんだ」


「……貴殿の前世は」


 おや、呼び方が貴様から貴殿に変わった。

 俺に流れる貴族の血への敬意だろうか。


「――【蒐集家】だよ、シュラッド殿」


「――――」


「これだと、結局聖騎士団には入れなかったんじゃないか?」


 シュラッドは何かを思い出すように、ぶつぶつ言い出す。


「【蒐集家】……まさか、いやだが、彼は死んだ筈では」


 どうやら俺の家を知っているらしい。


「死人にしては元気だろう?」


 彼は顔を青くしている。

 あまりの顔面蒼白っぷりに、シュラッドの方が死人みたいだ。


「死を偽装したのか」


「あぁ、そしてこのことは、誰にも知られてはならないんだ」


 でもシュラッドには明かした。


 つまり、彼をこのまま解放することは出来ない。


 周囲にはもう、彼の仲間は生きていない。

 残すは彼一人。


 シュラッドは状況を認識するように周辺を見渡し、そして――剣を捨てた。


 そのまま両手を上げ、降参の意を示す。


「私の負けだ。霊薬エリクサーは全て渡す。どうか見逃して欲しい」


 プライドの高い聖騎士様が、敗北を認め降伏している。

 同じ貴族ならば、自分に慈悲をかけてくれると思ったのだろうか。


 どうやら、彼はまだ状況がよく理解できていないようだ。



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