第37話◇喧嘩のお作法
出迎えに対して皮肉を返されたシュラッドは、一瞬不愉快そうな顔をしたものの、すぐに自分を落ち着けるように咳払い。
きざな笑みを浮かべてから口を開く。
「うちには目のいい者がいてね。空から大地を見下ろす視点が得られる。貴様らの登場は察知していた。だが何故訊く? 未来視のメス犬は読み逃したのか?」
「――貴様ッ!」
妹をメス犬呼ばわりされたマーナルムが牙を剥き、眷属を愚弄されたリアンが唸り声を上げる。
「ふっ、愚かな。一流の戦士ならば、戦場で何が起ころうと動じるべきではないだろうに」
シュラッドの言葉に騎士たちも頷きあったり、こちらを嘲笑したりする。
こいつらは、前回の俺達との衝突で散々動揺していた事実を忘却しているのだろうか。
空中移動要塞に竜の群れに八人の解放に仮面の男の登場にと、色々起こって動じていたじゃないか。
まぁ、シュラッドは復帰が早かったのも事実なので、本人的には問題なしなのかもしれないが。
「ところで、貴様らの中に楽園の首魁はいるのか?」
そうなのである。
俺は今まで、その正体を隠してきた。
今日は仮面をしていないが、奴らはそもそも俺を知らないのだから、顔を出しても楽園の長だとは認識できない。
「俺だよ、シュラッド殿」
シュラッドが怪訝な顔をした。
「……嘘を吐くな小僧」
小僧って、お前も精々が二十代後半だろうに。
二十代も半ばを過ぎると、二十歳は子供に見えたりするのだろうか。
どうにもシュラッドの考えていることはわからん。
「貴様のような若造が、周辺国家に名を轟かせる犯罪組織の頭目だと? 奴隷契約でもなければ人に従わないような希少種族、咎人共が、貴様を
確かに、正体不詳の若者が、世界中で希少な存在を蒐集して回っているというのは、非現実的かもしれない。
もっと威厳ある風貌で、年嵩の男だったら説得力も出ただろうが。
「信じていただく必要はないが、貴殿らの招待に応じてここまで足を運んだのだ。パーティーは予定通り開催していただこう」
ちょっと気取った感じで言ってみるが、やっぱりしっくりこない。
「……ふざけた男だ。だがいいだろう。
シュラッドを含め、騎士は全部で七人。
いや、
未来視で見た内、対空
その二人が、首に受けた刃傷から血を噴き出しながら、それを抑えようとしつつも勢いを止められず、そのまま地面に倒れて事切れる。
「なッ――!?」
シュラッドが目を剥く。
答えは簡単で、仲間の透明化能力を駆使して、暗殺を決行しただけ。
透明化の対象は二人までなので、
今俺の近くにいるブランは分身体である。
残り五人になった聖騎士たちが慌てて剣を抜くが、二人には事前に離脱を命令済み。
そして、俺の近くにいる四人の仲間たちが、それぞれシュラッド以外の四人に飛びかかる。
「どうした騎士様? 一流の戦士ならば、戦場で何が起ころうと動じるべきではないだろうに」
先程マーナルムに吐いた言葉を自分に返されたことで、シュラッドが怒りに顔を赤くする。
「この卑怯者共めが……ッ!」
端整な顔を大きく歪め、言葉と共に唾も飛ばしている姿は、とてもではないが聖騎士感ゼロだ。
「なんじゃそりゃ」
俺は肩を竦めて笑う。
こちらの仲間を処刑しようとしたり、病を押し付けたりは、卑怯ではないというのか。
シュラッドはなおをも続ける。
「貴様らに誇りはないのか……ッ!」
「喧嘩に、ルールや誇りを持ち込んで何になるんだ? わけのわからんお坊ちゃんだな」
剣の試合でもしているつもりなのだろうか。
ルールの中で競い合うことと、ルール無用の戦いは、別物として考えるべきだろう。
少なくとも俺達は、やつらの中にあるルールを守るつもりはない。
俺達にただ勝ちたいなら、攻めてくる方向がわかった段階で広域殲滅魔法を放てばよかったのだ。
だが、やつらは
もちろん、この未来を知っていたからこその作戦決行ではあるが、やはりシュラッドの思考は理解できない。
「なっ、あっ、がッ……、き、貴様ッ、死んだぞ」
怒りが限界を超えたのか、声にならない声を吐き出した末、シュラッドはそう口にした。
チンピラも聖騎士様も、ブチ切れた時に出てくる脅し文句は似たような感じらしい。
ぶっ殺してやる的な、シンプルな脅しになる。
俺は『始まりの聖剣』を抜き放ち、これから起こる未来に向けて準備する。
「私が何故、聖騎士団においてこれほどの権限を与えられているか分かるか」
まずこいつに与えられた権限の程度が分からんが、下っ端でないのは確かだ。
部隊を率い、国内を駆け巡り、俺達の邪魔をする。
そう考えると、結構な自由を与えられているように思える。
俺達はどこにも所属せず誰にも縛られておらず拠点も空中移動するので、自由に生きられるが、普通の組織人はそうはいかないだろう。
「さぁな、教えてくれよ」
「私が神に選ばれた存在だからだ」
「そりゃすごい」
俺の反応にも慣れたのか、シュラッドは無視して続ける。
やつは自分の剣を天に掲げた。
「どのような未来を見てやってきたかは知らんが、私が負けることは有り得ない」
それほどの自信があるから、未来視を抱える俺達と勝負しようと思えるのだろう。
自分達には神がついている、という謎の確信があれば、未来視ごとき怖くないのかもしれない。
俺達の頭上遥か高くに暗雲がたちこめ、そこに光が瞬いているのが確認できた。
そして、シュラッドは言う。
「見せてやろう、咎人を討つ――神の怒りだ」
次の瞬間、空が輝き、空が鳴き。
天より雷が降り注いだ。
やつらの言う咎人である――俺に向かって。
だが当然、俺はその未来を読んだ上でここに立っているのだ。
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