第36話◇聖騎士団というもの




 数週間で蒼翼竜族が死んでしまうのだ、ギリギリまで待つ必要などない。


 俺達は即座に、奴らが待ち構えている場所へ向かうことに。


 場所についても、ハーティの未来視で把握することが出来た。


 俺達が、霊薬エリクサー所有者を訪ねた場合の分岐での出来事。

 ハーティが視たように『既にない』と言われるが、その者の屋敷を出ると、馬に乗った聖騎士が近づいてきて、招待状、、、をくれるのだという。


 ここに霊薬エリクサーがあるから、欲しければ来いというもの。

 招待状の内容に関してもハーティの能力で確認済みなので、わざわざその未来をなぞる必要はない。


 やつらが待ち構えているのは、森の中に作られた演習場だった。


 聖騎士団のメンバーは、全員が前世持ちの貴族。

 そういったものを用意できるコネくらいはあるのだろう。


 まぁ、そうはいってもメンバー全員が家督を継げない次男以降の者達ではあるが。


 家を継ぐことは出来ないが、自分は凄まじい力を持っているとなった時、自分が輝ける場所を求めて外に出たくなる者がいるのも、無理はないのかもしれない。


 だが、やっていることは弱いもの虐めに金儲けなので、どこらへんが『聖』でどこらへんが『騎士』なのか、分かったものではない。


 彼らは一応、特定の神を信仰している。


 死した者の魂は失われず、時に同じ世界、時に異なる世界で新たな生を受ける。

 これは、その神の教えだ。


 魂に刻まれた『前回の情報』を引き出す術を生み出したのは、その宗教の神官だったか。

 聖騎士団は、それらを自分達に都合よく解釈した。


 異能スキルとは、前世に覚醒した者の力であり、これこそが神の祝福である。


 選ばれし者以外がこの力を使うことは神の意思に背いており、許されざる罪である。


 だから捕まえて、利用するなり処刑するなりしても良いのである。

 むしろ正義である。


 という感じの主張だ。


 理解できないと言うのは簡単だが、実際に聖騎士団にメンバーが集まっている以上、一部の貴族には効くのだろう。


 まぁ、前世持ちにしてみれば、ただそれだけで『自分達は特別』と肯定されるようなものなので、気持ちがいいのかもしれない。


 巻き込まれた者達は堪ったものではないが。


 というわけで、森の中である。


 空中移動要塞『トイグリマーラ』は、離れた位置を飛行している。


 俺達は演習場から少し距離を空けて地上に下りると、そこから移動を開始。


『地上か、久しく下りていなかったな』


 気を利かせて狼サイズに変化中の、聖獣リアンだ。

 俺の左隣を歩くリアンの頭を、そっと撫でる。


 ちなみに右隣はマーナルムだ。


 リアンのような聖獣は、一度棲家を定めると、基本的にそこから出ない。

 リアンの母親は、俺の父や兄妹の住まう土地にある『鋼鉄の森』を棲家とした。


 聖獣は一箇所に一体という掟のようなものがあるらしく、リアンは生まれてしばらくしてから出ていかねばならなかった。

 縁があって俺と共に旅をすることになったリアンが棲家と決めたのが、空中移動要塞の土地なのだった。


 リアンのおかげで拠点には清浄な空気が流れており、一部の種族にとって特に居心地のよい場所になっているようなのだ。

 そんな聖獣が棲家を離れるというのは、滅多にないこと。


 リアンはまだこの世に生まれて日が浅いので、超常の存在ながら時間感覚は俺とそう変わらない。


 これがエルフとかになってくると、空中移動要塞から数年ぶりに地上に下りたとしても大した感慨もなかったりするのだろうか。


 エルフは別名緑精霊族とも言い、滅多に人前に姿を現さない。

 現さなさすぎて、存在しないのではないかとも言われている。


 俺も見たことがないので、いつか会ってみたいものだ。


「聖獣様、いいなー」


 蒼翼竜族のクエレが、羨ましそうにこちらを見ている。


「気を引き締めろクエレ。貴様らの一族の命が掛かっているのだぞ」


「もちろん分かってるよ、マナちゃん」


「ならば――」


「だからこそ、だよ。普段のお仕事も、今回のお仕事も、同じようにこなさないと。大事な家族を救うためだからって、緊張したり焦ったりしたら、むしろ成功率が下がっちゃうからね」


「むっ……」


 クエレからの反論に一理あると思ったのか、マーナルムが言葉に詰まる。


 確かに、肩に力が入っていつものパフォーマンスを発揮できないよりは、自然体でいられる方がよいだろう。


 どんな時もいつもの空気感を維持できるのは、クエレの才能といえるのかもしれない。


「だから、族長様に撫でてもらってもいいと思うんだよっ」


「むむ……いや、それは納得しないぞ。仮に貴様に撫でられる権利が発生するのだとしても、順番的にわたしが先だ」


「マナちゃんは出逢った順番を意識しすぎじゃない?」


「う、うるさい。長く共に過ごしたことを誇りに思って何が悪い」


 俺はマーナルムの白銀の髪と耳をもふもふし、それから少し背伸びしつつクエレの青い髪も撫でた。


「わふっ」


「んふふ」


 不意打ち気味のもふもふに驚くマーナルムと、撫でられたことを素直に喜ぶクエレ。


「両方自然体なようで安心だが、そろそろ静かにしないと敵に気づかれるぞ」


 マーナルムが「申し訳ございません」と反省し、クエレは「はーい」といつも通り。


 そんな俺達のやりとりを、壮年の執事ブランが微笑ましげに眺めている。


 ちなみにもう一人、透明化能力を持つ仲間が一緒に地上に下りたが、今は別行動中。


 そいつの異能スキルで全員透明化できれば楽なのだが、同時に二人までの制限付きなのだ。


「しかし、敵も考えましたな」


 ブランが感心するような呆れるような、両方ともとれる声を出した。


「そうだな」


 敵が、対空異能スキル持ちや広域殲滅魔法持ちを用意しているのは未来視で判明しているが、実はもう一つ判明していることがある。


 俺達が損害覚悟で全戦力を投入したら、奴らにも相当の被害が出る。これは敵も予想していたようで、事前に取り決めを用意していたのだ。


 俺達が大部隊を率いて出現したら、その時点で霊薬エリクサーを破壊する、という命令を出しておいたのだ。


 事実、複数の分岐の中には、霊薬エリクサーをダメにされてしまう未来もあった。


 シュラッドは、ハーティを捕らえていた過去から、未来視についても理解がある。


 未来を視ることで、逆に行動を制限されることもあると知っているのだ。


 霊薬エリクサーを破壊されるわけにはいかないから、俺達はどちらにしろ、少数精鋭で突入するしかなかった、というわけである。


 だが、その少人数部隊で霊薬エリクサーを奪還できる可能性がゼロなら、俺達は突入してこない。

 シュラッドはそこも理解している筈。


 だから聖騎士も聖騎士で、戦力は厳選されている。

 俺達が、不利を覚悟で突入してくるバランス。


 ――と、敵は思っていることだろう。


あるじ殿、卑しい聖騎士共の匂いです」


 マーナルムが鼻をくんくんと鳴らしながら、ある場所を指差す。


 そこへ向かって歩いていくと、やがて視界が開け、木々や草花のない、広い空間に出る。


「よく来たな、咎人共」


 金髪の美男子シュラッドが、実に嫌味な笑顔で出迎えてくれた。

 彼の近くには六人の聖騎士も立っている。


「なんだ、ずっと待ってたのか? 俺達がいつ来るともわからないのに、ご苦労なことだな」


 俺の言葉に、シュラッドが目許をぴくつかせる。


 イラッとしたようだ。



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