《Case.2》空飛ぶ偶像
アタシは今日、この空を飛ぶ。
「あークソっ! やってられっかこんな地獄」
眼前に広がる鉛色の空に黒いため息を吹きかける。
アタシの名前はモモカ。齢は24。
前職では『モモたん』とか呼ばれて名前も知らないヤツらにチヤホヤされてたかな。
親にも愛されずやさぐれモンだったアタシが何の因果に引っ張られたのか、気づいたら人前で歌って踊って。いつの間にかお茶の間にまで名の知れた人気者になってた。
嫌な気はしなかった。人から認められんのが、素直に心地よかった。毎日毎日歌って踊って、たまに名前も知らないヤツに笑顔振り撒いて。
小っ恥ずかしいことも多々あったけど、正直に言えば人生で1番充実した時間だったよ。
その風向きが変わったのは1ヶ月前。
アタシの過去の素行が週刊誌にすっぱ抜かれたのがきっかけだった。
そっからは酷いもんだった。
どいつもこいつも、匿名を傘に寄ってたかって殴るわ蹴るわ。名が売れてる時からアンチだかウンチだかを名乗ってたヤツらはそれはもう有頂天で、正義の衣着て四方八方からアタシの心を痛めつけてきた。
元々言葉遣いが荒かっただの、裏では悪いウワサがあったのどうのって、ヒョーロン家にでもなったつもりピーチクパーチク。
ホンットにうるッッせぇんだよ! テメェらは!!
幻滅したじゃねぇ! イメージと違うじゃねぇ!! 夢を作るのが仕事だっつってんだろ! プロだから見えるとこではキレーに取り繕って、見たくねぇとこはきっちりフタして隠してたんだろ! それを無許可にほじくり回して、勝手にガッカリしてんじゃねぇ!!
有名税だぁ!? ふざけんな!
たくさんのヤツから認められて目立ってるアタシをコケ下ろして自分の劣等感慰めてるだけだろーがよ!
アタシがテメェらに何したってんだよ。
アタシがテメェらに直接痛い思いさせたか? この手でテメェらを殴ったかよ? 包丁か槍でも投げたのかよ?? なんでテメェらだけ好き勝手に銃ぶっぱなせんだよ!!
アタシらだって不死身のバケモノじゃねんだぞ!? 心だってサビないブリキじゃねぇ!
テメェらと同じ生身の人間で、突けば崩れる脆い心なんだよ。
そんなヤツに容赦なく銃弾を浴びせられるテメェらが、アタシには1番のバケモノに見えるよ。
もう散々だ。もう疲れた。
アタシがアタシである以上、どこまでもあの過去は付きまとってくる。精算しようったって、どうも世間サマが許してくれないらしい。
だったらアタシはもう、この地獄を抜けるぜ。
「ふぅぅぅ……よし」
生命の縁に立って、思い出したのは親の顔でもなくいつか見た名前も知らないヤツらの笑顔だった。
思い返してみればヘンなヤツらだったなぁ。
盲目的に“推し”だなんだって言いながら必死にアタシに手ぇ振って。新しい仕事が入ればアタシ以上に喜んでたし、プライベート見つけても嬉しい顔してるくせに距離取ってそっと見守ってくれた。
今回の件も『大丈夫です。ボクはモモたんのこと信じてますから』って、アタシのことなんかホントは何も知らねぇくせにさ。
ホンットに……どうしてお前ら、そんな嬉しいことしか言えねーんだよ。
見ず知らずのアタシのために、どーしてそこまで必死になってくれんだよ。本当の名前も辿ってきた過去も知らないのに、どうしたらそんなに精一杯他人の背中押せんだ。
そうだ。結局苦しい時はいつもお前らに救われてきた。辛いレッスンとか、仕事で失敗した時もお前らの言葉がアタシを支えてくれた。
嬉しかった。アタシが必死に努めてきた成果を誰かに喜んでもらえることが。こんな自分でも誰かを心からの笑顔にしてやれるんだって思うと、ほんのちょっとだけ誇らしかったんだ。
なのに結局、お前らには貰ってばっかであんまり返してやれなかったな。
口先ではありがとうありがとうって言ってきたけど、最後までホントの声とホントの顔では何も伝えられなかった。
ごめんな。
もっともっとお前らに夢見せてやりたかった。アタシが貰ってきた分だけ笑顔にしてやりたかったのに、ごめんな。こんなアタシで。
ありがとう。
お前らに出会えたことが、アタシの人生の意味だったのかもな。ちゃんと伝えられなくてダセーけど、愛してるぜ。いつまでも。
「────じゃーな、お前ら……」
アタシのいなくなったこの地獄でも新しい推しでも見つけて、強く生きろよ。
さいごにそう心の中で呟いて、アタシは大空へ飛び立った。
『The Ruiny Day』 水研 歩澄 @mizutogishiro
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