『The Ruiny Day』
水研 歩澄
《Case.1》雨弾む帰り道
今日はお姉ちゃんが家に帰ってくる日!
高校から寮に入っててしばらく会えてなかったけど、今日から夏休みで
いつも優しくて、たくさん遊んでくれたお姉ちゃん。しばらく会えなくて寂しかったけど、今日はお姉ちゃんに喜んでもらいたい。
だから、会えなかった間の誕生日をお祝いしてあげようと思って駅前までプレゼントを買いに来た。
「ん〜ぅ、ちょっと高い……」
プレゼントはお花が良いと思ってたんだけど、大きな花束はどれも高くて僕のおこづかいじゃ中々買えなかった。
「こんにちは〜。ボク、何か探してるのかな」
それでもしばらくお店の中をウロウロしていたら、奥からお姉さんが出てきて声をかけてくれた。
「うん。プレゼントでお花をあげたくて」
「へ〜、優しいね。ママへのプレゼントかな」
「ううん。お姉ちゃんに。でも僕のおこづかいじゃどれも買えなくて」
「そっかぁ。うーん、今日お金はどのくらい持ってきてるのかな?」
「おこづかいなるべく貯めてたんだけど、これだけ」
僕が財布の中身を見せると、お姉さんはなるほど〜って頷きながらお店の奥の方から丸い何かを持ってきた。
「じゃあ、これなんかどうかな?」
お姉さんが持ってきてくれたのは丸いガラス玉の中に入った小さなバラの花だった。
「花束じゃないけど、小さくて可愛いって若いお客さんに人気あるんだ」
「人気……? じゃあ、お姉ちゃんも喜んでくれるかな!?」
「うん。きっと喜んでもらえると思うよ!」
お姉さんにオススメされたそれを買って、プレゼント用の紙に包んでもらった。
「ありがとう、お姉さん! またね〜」
「うん! また来てね〜」
お姉さんにお礼とお別れを言ってからお店を出ると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
急いで帰らないと。この時間ならそろそろお姉ちゃんも帰ってくるはずだし、何よりせっかくのプレゼントが濡れちゃう。
僕はプレゼントを壊さないよう庇いながら走った。家は駅から近い訳じゃない。僕が本気で走っても20分くらいかかる。
だから、なるべく早く家に帰ろうと僕は焦ってた。焦ってたから、周りが見えていなかった。
「────あぶないッッ!!」
突然、狭い道の真横から自転車が飛び出してきた。
その声に驚いて避けようとした時、水溜まりで足が滑った。
「ふぅッぐ!!」
自転車はスレスレで避けてくれたけど、僕は肩から地面に叩きつけられた。その間に、明らかにガラスの割れるような嫌な音がした。
「あぁーっ!!」
痛みも忘れて覗き込んだ袋の中では、さっき買ったばっかりのプレゼントが粉々に割れていた。
「ごめんね、キミ。大丈夫?」
自転車に乗っていたお兄さんが心配してくれてるのにも気づかないで、ただ砕けたプレゼントを取り出していた。
「あぁ、うぅぅぅ……」
「ご、ごめんね! それ、プレゼントだったのかな?」
必死にくっつけようとしてみたけど、ガラス玉は元に戻らない。それどころか、触れば触るほどポロポロと崩れて中のバラが雨に濡れた。
「うッ……ひぐ…………ゔうぅぅぇ」
こんな粉々になったプレゼント渡せる訳ない。そう理解した途端、一気に身体中が痛みだした。
肩を酷く打った。ずんと沈むように痛い。
脇腹も打ちつけたみたい。動こうとすると声が出るほど痛い。
肘も膝も擦りむいて、傷口に砂利が突き刺さっていた。雨が、傷口に染みる。
「ううええぇぇええええっ! ゔっ、ウェえええ!」
泣いても泣いても、何ひとつ事は解決してくれなかった。割れたプレゼントは元に戻らないし、身体中の痛みも消えてくれない。
それでも僕はただ、泣くことしかできなかった。泣いて泣いて泣いて、このどうしようもない絶望感と虚無感に浸かることしかできなかった。
僕にはもう、頬を伝う水滴が涙か雨かも分からない。
涙で滲んだ灰色の空が、いつもより少しだけ近く見えた。
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