完璧で素晴らしい救済

海沈生物

第1話

異世界転生いせかいてんせい、その裏側に迫る】


 異世界転生※1とは、将来性のない民衆にとっての救済だ。ここではない場所へと逃避し、その場所で自分が自分で良いと肯定してくれる人と共に暮らす。そんな救済へと縋るため、2099年の日本では年間数千、数万もの自殺者が出ているそうだ。苦しみしかない人生を送る者たちにとって、それは現代における蜘蛛の糸と成り得るのだ。


※1私たちが生きている世界ではない世界へと生まれ変わり、新たな環境で新たな生活を送ることである。


 さて、本題に入ろう。読者諸君はつい最近、ある博士によって「異世界転生」が科学的に立証されたことをご存知だろうか。知らないのであれば、無理はない。これはまだ学会ですら発表されていない内容らしい。だが、その博士によって十分なエビデンスとなるデータは既に集められており、それが世の中に出れば多くの人々が驚くこと間違いなしだろう。


 その博士の名は、輪廻繰返りんねくりかえ博士という。この名前を聞いてブラウザバックしようと思った読者がいたとしたら、待ってほしい。その事件についても博士から話を聞いてきた。あの頃の世間から「パワハラクソ科学者」と炎上していたが、あの裏には、確かな理由があるらしい。

 そのことを含めて、ここからは輪廻繰返博士に取材した模様をお送りする。




【輪廻博士との対談】


——まずは博士。今回の取材を受けていただき、本当にありがとうございます。


輪廻博士「あぁ、それは気にしていない。むしろ、私の発表が広く民衆へと伝えてくれるキミの方に感謝すらしているよ。学会の奴らに聞かせたら、また盗作されるかもしれないからね」


——ということは、以前の盗作とうさく博士による「演算装置たる神の存在の証明」を執筆をされたのは?


輪廻博士「あぁ、私だ。いつも”異世界転生など机上論だ”と馬鹿にしてきていた学会の奴等に、圧倒的なエビデンスを見せつけてやろうと思ったのだ。ただ、その論文を預けていた助手の盗作博士に盗まれてしまってな。しかも、私を”パワハラクソ科学者”と紹介しやがった。……まぁ、あの頃は私も幼かったからな。いつも献身的であってくれた彼を、少々信頼し過ぎていたらしい」


——なるほど。それでは、そんな博士が提唱された今回の「異世界転生実在論」という論文についてご紹介いただけるでしょうか?


輪廻博士「あぁ、良いだろう。その論文の内容は、まさにタイトルの通りでしかない。すなわち、”異世界転生は実在する”という内容だな。詳しいことを語っても良いが、どうせ記事になればほとんどが書かれないのだろう?」


——大体の場所はそうかもしれませんが、私は違います。博士の論に対して救済の希望を持つ民衆の代表として、今日はここに来ています。ですから、どのようなことでも書きますよ。


輪廻博士「……まぁ、その気持ちだけで嬉しいよ。どうせこんな意味のない文章は読み飛ばされるのだ。私は世間にとって助手へパワハラを行った悪人でしかなく、希望を持つ民衆など、実在するのかも怪しいのだからな」


——それは。それは、違います。少なくとも、私は本当に望んでいます。博士がどれだけ世間や人間という者に対して信頼を持っていなかったとしても、少なくとも、今この瞬間の私は信頼しています。博士が救済をもたらしてくれると、信頼しているんです。


輪廻博士「あぁ……そう、だな。だが、どうにもダメなのだ。人を信頼するほどの気持ちがどこにもない。不信というのは極まれば……おっと、話が逸れてしまったね。それで、なんだっかな」


——はい。「異世界転生実在論」について話を聞かせていただく、という話ですね。


輪廻博士「あぁ、そうだったそうだった。その論だが、”異世界転生が出来る”という事実以外に付随した分かったことがある。それは、”生まれ変わる先がまともである可能性が低い”ことだ」


——えっ。それは「言語が全然違う」のようなものではなく?


輪廻博士「あぁ、その程度なら”能力”とやらでどうにかなる。そもそも、あの神からの能力付与とは”その世界で生きていくのに必要不可欠なもの”だからね。無人島で暮らすために、少なくとも衣服を着てくるのと同じさ。肉体的な問題は能力で解決する。だが、精神的な問題はやはりダメなのだ」


——えっと、あの、具体的にはどのような?


輪廻博士「……まぁ、そんなに動揺しなくてもいい。この世界でもそうだが、同じ人間であっても価値観が異なることがある。例えば、カニバリズムのようなものだ。この世界において、多くの民衆はカニバリズムを好まない。だが、向こうでは殺した敵の人肉を食べることが普通かもしれない」


——それを精神的に受け入れられるのか、という話ですか? でもそれだって、能力があればどうにかなるのでは?


輪廻博士「能力というものに期待しすぎだ。精神にまで能力が至った場合、それは果たして同一人物だと言えるのか? 根暗でコミュ障※2でカニバリズムに生理的な嫌悪を覚える人間が、”能力”によって明るくて外向的でカニバリズムもいける人間に変化したとして、それは同一人物なのか?」


※2なんらかのトラウマが原因で、話すことが苦手な人間のことである。


——同一人物ですよ。人は変化するんです。こうやって対話している中でも、私たちはお互いがお互いに作用しあって、変化するんです。一秒前の私と今の私と一秒後の私は常に別人です。だったら、能力によって変化しても、それが私であるというアイデンティティーは変わりません。


輪廻博士「ま、まぁ……えらく熱を籠った話し方をするね」


——します。博士がいくら人間や助手に対して不信を抱いていたとしても、私は博士の語る救済を信頼しているんですから。だから、その救済だけは博士にも完璧で素晴らしいものであると信頼していてほしいんです。


輪廻博士「まぁ……そう、だな……そうだな。私は民衆の信頼を背中に負っているのだからな。すまない! ……おっと、そろそろ時間じゃないか?」


——本当ですね。それでは博士、お話をありがとうございました。ちゃんと一から十まで博士のこと、記事で伝えますので!


輪廻博士「あぁ、頼むよ。私も、キミを……キミぐらいは、”信頼”しても良いと思っているのだから」




 以上が博士との対話である。この後、輪廻博士は何者かにそうだ。残念な話だが、仕方ない。やはり、この世界は信頼を裏切り続ける場所なのだ。そうである必要があるのだ。異世界転生というものは、完璧で素晴らしいものであるべきなのだ。むしろ、死んだことによって完璧で素晴らしいものになったのではないか。民衆の救済と成り得たのではないかと私は考える。


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