なにが、はさまっていたのか

サカモト

なにが、はさまっていたんだ

「あれ、いまわたし、なに食った」

 おさげ髪の少女は同じ机の斜め向かい陣取っていた友人の少女へ訊ねる。

 中学校の昼休み時間、教室には三分の一ほど、クラスメイトたちがいて、おのおの、昼ごはんを食べていた。ひとり自席で食べている生徒もいるし、グループで固まって食べている生徒もいる。

 彼女たちは、ふたりで食べていた。ひとりが、自分の席の椅子を持ってきて、もうひとりの机の上で弁当を展開する。

 いつもそうしていた。昼ごはんは、ふたりで教室で食べてる

 小学校からの同級生で、今年同じ中学校に入り、さらに一緒のクラスになった。そのため、お互いが、お互い、相手の手のうち、および、その性質、あるいは発言行動の動向もあるていど把握している。

「ねえ、キヨちゃん。いまわたし、なに食ったっけ」

 ふたたび横にいた少女へ訊ねる。

 キヨちゃん、と呼ばれた少女の方は、髪が耳にかかるくらいしかない。

 彼女は、正方形で蓋がスケルトンになった弁当箱から視線をあげた。それから、じっと、おさげの少女を見返す。

 じっくり三秒ほど経て「なに、って」と聞いた。

「いや、だから、わたし、いま何食べたっけ」

 三度問う。すると、髪の短い少女が、机に展開されている彼女の昼食を見る。

「なにって、アス」と、キヨは彼女のことを、アスと呼んだ。「あんた、いまサンドイッチ食べてたじゃん。もうぜんぶ食べてなくなってるけど」

 見たままを指摘した通り、すでにアスの昼食は、すべて食べてしまったあとだった。残るのは、家からお茶を凍らせて持参してきた、なぜパワーシャベルのアップリケがつけられたペットボトルカバーにつつまれた、ペットボトルの飲料水のみである。

「それはおぼえてる」と、アスが口をとがらせて言った。「サンドイッチだったことは、おぼえてるんだわ」

「で」

「しかし、いま食べたサンドイッチには、いったい何がはさまれてたのかをおぼえてない」

「すごい事件だね」

「だから、サンドイッチになにが挟まってたのか教えてほしい」

「しらんよ」

「そこをなんとか」

「なるもんか」

 アスは腕を組むと「たよりにならん」と言った。「わたしたちは今日まで、ふたりでひとり、みたいに生きて来たつもりだったのに」

「稀代のいいがかりだ。われわれは、ふたりでふたりだ。まず、物理的にな」

 と、彼女は返した後で、窓の外を見る。

 晴れていた、空は青い。

 すると、キヨが「情報を整理してみなよ」といった。

「そうか、なるほど」アスはうなずいた。「となると、どうなるの」

「なるほど、って言った後に、回答を丸投げか、もう素材のまま、まるごと、丸投げだし」と、彼女はひとつ皮肉を入れて「サンドイッチ食べたんでしょ、なにか、たとえば、後味とか、口のなかに残ってないのか」

 と、指摘してアスを見る。丁度、ペットボルのお茶を飲んでいるところだった。

「時すでに遅し」と、おさげの少女はいった。「口のなかの後味は、いま、麦茶に始末されたところだ」

「なんでいま飲んだ」

「飲まなきゃやってられないときって、あるでしょ。それがたったいまだった」平然と答え、おさげをいじる。「まあ、これで、手がかりがひとつ失われたわけだ」

「あんたが、自ら葬ったんでしょ、手がかりを、隠滅したんでしょ、手がかりを」眉間にシワを寄せた顔で言う。「あと、わたし、比較的、この件に乗り気じゃないからね。好奇心、弱、中、強のレベルでいったら、弱だからね」

「ゼロじゃないって素敵」

「やっかいな前向き姿勢だな、そういうの、べつんところで発揮しなよ」

 自然と、ふたりの会話は、教室のなかでも声の大きいものになっていた。一種、盛り上がっているともいえる。

 やがて、アスがふたたびうなった。「他にヒントになりそうなのはー、ねえ、そのサンドイッチって、あんたのお母さんがつくったやつだよね。たまに、昼ごはん、サンドイッチ食べてるけど」

「そうだよ」

「いつもなら、どんな具を挟んでるの。ハムとかタマゴは挟まってるのは、見たことがある」

「いつものレギュラーの具でいうと、やはりハムとか、タマゴかな」

「なら、今日もそうだったじゃないの」

「でも、なんか、手ごたえっていうか」アスは指先で頬をかきながら、斜め上を見た。「サンドイッチは食べたんだけど、そこになにが挟まってたかを、おぼえてない」

「でも、サンドイッチは食べたんなら、もうそれでいいじゃん。サンドイッチは食べたんでしょ、それでお腹はいっぱいになったんでしょ。だったら、あとは真実を知らないまま、がまんして胃で消化して、余生を生きていきなよ。それがあんたにはお似合いだし」

「それはよくないよ」アスは主張する。「今日のじぶんが何によって生かされているか、それは知っておくべきさ」

「そんな知っておくべきだ、とか、しっかりとした信念を掲げたくせに、なに食ったのかおぼえてないって脆弱な記憶力はなんなのさ」

「キヨちゃんの不満はもっともだよ、でもね、ここは落ち着こう」と、アスはなぜか説得するような口調だった。どうどうと、野生の動物の猛りを沈めるかの如く。「もう少しがんばろうよ」

「っけ」と、キヨは口をゆがめて音をならす。「他にないか手がかりはないの、あ、ねえ、そういえば、サンドイッチ、どうやってもってきたの」

「おのれの肉体ひとつで運んで来たよ」

「じゃなくて、ランチボックスみたいなのに入れて来たとか」

「ラップにくるんで持ってきた」

「なら、そのラップに具の痕跡とかは」

「それだね」と、アスはうなずいた。「真実はいただいたも同然だ」

「あー、ま、そうやって、あんたがはしゃいだときは、全般的にダメなんだろうな」と、アスがサンドイッチの包装を調べ始めるとほぼ同時に、キヨはもうあきらめていた。「未来がみえた」

「キヨちゃん、これはたいへんだ」

「どうしたの」

「うちのお母さん、サンドイッチをきれいにラップでくるんでくれたから、ラップに全然てがかりがない。ラップがきれいなままだ」

「素敵なお母さんゆえ、真実から遠ざったかね。まあ、あんたのお母さんに聞けば一発でわかるけど、いまはスマホ使えないし」

 学校の決まりで生徒がスマートフォンを学校に携帯することは許されている。だが、校内で使用することは禁止されている。だいいち、学校で平然とスマートフォンを使えば、たちまち、ならず者扱いになり、没収される。

 そして、ふたりと想いは同じだった。

 われわれは、誰にもしかられたくない。

 やがて、ふたりに沈黙の間があった。それにより、教室に静寂が訪れる。それは、この昼休憩、教室内で発生していた音のほぼすべて、ふたりの会話だったことを示していた。

 ふと、キヨが顔をあげた。

「目撃者を探そう」

「目撃者」と、アスが口きき返す。

「もしかしたら、あんたが食べたサンドイッチの具を、見た人間がいるかもしれない」

「そもそも、キヨちゃんは見てないんだよね。わたしが食べたサンドイッチの具とか、こんなにそばにいるのに」

「アス、基本、わたしはあなたをそんなに見ていない。基本、自分のことばかり考えてるから」

 キヨがそういうと「基本がふたつ入ってるね、キヨちゃん」と、アスはそこを指摘した。

 だが、たがいにそこは発展させる気はないらしく。ふたりして、教室内を見渡す。

 そして、キヨが「よし、目撃者を探すよ」と言った。

「うん」アスはうなずいた。

「じゃあ」と、キヨは視線をめぐらせ「そこの、きみ!」と、指をさす。

 ふたりの席から少し離れた席に座っていたその男子生徒は、いきなり指をさされ、「え、あ、あ」と、少し慌てた。

 キヨはかまわず「きみ、アスが食べてたサンドイッチの具がなんだったかわかる?」と、問いかける。

 すると、その男子生徒は「え、あ、タ、タマゴ………」と答えた。



 やがて放課後を迎えた。下校時間になる。

 キヨとアスは横並びで帰路についていた。空は以前として青い。風は少しだけ吹いていた。

 歩きながらキヨがいった。

「彼、答えたね」

「うん」と、アスはうなずいた。

「あんたのこと見てるんだろうね」

「うん」

「即答したってことは、かくじつに、わたしたちのサンドイッチ騒ぎもしっかり聞いてたんだろうね」

「うん」アスはさらにうなずき「トクシバくん、やっぱかっこいいよねえ。今日なんかさ、ビシっ、と、あれは、まるで探偵みたいだったなあ」そういった。

 すると、キヨはいった。

「しかし、暴いたのは、恋心による視線だったかは、まだ定かではない」

 そう言われるとアスは「また、仕掛けよう、キヨちゃん」といった。

 キヨはうなずいた。

「うん、また、はさみこんじまおう」

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