15 ユウ君の業をちょっとだけ知りました
アニエスさんは浮遊魔法というものが使えるらしく、保健室のベッドまでは一瞬でした。
さすアニ。もうアニエス師匠って呼ばせて下さい!(呼ぶとは言ってない)
ユウ君を寝かせた後、彼女は立ち上がって言います。
「いつまでも時間止めてられないので、ちょっくら細工を加えてきますね」
「どうするんですか?」
「認識阻害とか。色々です」
細かいことは企業秘密と言われてしまいました。
でもエリちゃんはそのうち履修するんだって。いいなー。
「私って有望株みたいだからぁ?」
エリちゃん、褒められてからずっと得意そうですねっ。かーわいい♡
さて。細工が終わって戻ってきたアニエスさんに、今回の事件について相談してみました。
クラスごと召喚されてしまったと聞くと、彼女は目を瞬かせます。
「それはまた面白……いや、大変なことになりましたね」
「今面白いって言いかけたよね!?」「ね!?」
アニエスさん、あくまでしらを切ります。
「あたしも戦士の端くれなので。力業で解決する方法はあるんですけど、果たしてそれでいいのか」
何でもこういう形の召喚の場合、よく被召喚者に能力が付与されたりするらしいのですと。
あ、私知ってますっ。クラス召喚でチート能力的なやつですよね! いくつか読んだことありますよ。
ってことは、もしかして私もすごい力を手に入れることになってたんじゃ……?
勇者アキハちゃん爆誕かもしれなかった……!?
前の一人で勇者やれは絶対嫌でしたけど。クラスのみんなとだったら……しかも異世界だったら。
ちょっと楽しいかもしれません。
ほんのちょっと、体験ならしてみたかったかも。これってユウ君にチャンス潰されちゃった系ですか?
……でも占いによれば、ユウ君が守ってくれたことに意味があったっぽいですし。
きっと私が召喚されたら大変だったんですよね。そうですよね? ね?
うん。そう思うことにしましょう! 悔しくないもん!
「ただ事件を解決してみんなを連れ戻しても、能力者クラスが誕生しちゃうかもってことかしら」
「そういうことになっちゃいますね」
「……そこのアキハちゃんが欲しそうにしてるけど」
はっ! 悔しくない悔しくない。
アニエスさんはそんな私を生暖かい目で見て、困ったように笑っていました。
「ふふ。アキハさん。超能力と言っても、そんないいものじゃないですよ。むしろ過ぎたるは災いの種というか」
「そうなんですか?」
「地球だとTSP、Transcendental Personって言ったりもするんですけど。そういうのが大量発生すると社会問題になったりもして」
「確かに。差別とか恐れられたりとか何とかするわよね。だから私も普段隠してるわけだし」
自らも魔法少女(特別)なエリちゃん、一家言あるようです。
そうですね。いくら力があっても、怖がられるのは嫌ですね。
みんな持ってるって聞いたら、つい私もってなっちゃいましたけど。やっぱなしの方向で。
平和主義者は原点に立ち返るのですっ。
「アキハちゃん納得したみたい」
「よかった。ユウくんと一緒で顔わかりやすいですね」
そんなにかなあ。あれほどじゃないと思うんですけど。
「二人とも、元のさやには収めたいですよね?」
「そりゃもちろんよ」
「みんなと普通に笑い合えないクラスなんて嫌だなって」
せっかくみんなが戻って来ても。
能力者同士で鎬を削ったり、恐れられたり、デスゲームみたいなことはして欲しくありません。
物語だから楽しいのであって、現実にそんなのは求めてません。ノーセンキューです。
「ユウくんなら何とかしてくれると思います。一緒に起きるの待ちましょうか」
「はい」「ええ」
結局そういうことになりました。
「でもユウ君、ほんとにお疲れみたいだね」
「これじゃいつ起きるかわからないわね……」
トドメを刺した犯人が何か言ってますが。
「消耗した心の力は、時間経過と同じ心でしか回復しないですからね。こればっかりは」
そう言えば宇宙喰らいさんのときに、心の力がどうこう言ってましたね。
「心の力って何ですか?」
「ありゃ。ユウくんから説明されてないんですか? この人の力は、心を司るものなんですよ」
「心を司るって、テレパシー的な?」
「それの超すごいやつです。二人とも、心を繋いでもらったことあるんじゃないですか?」
「あ、ありますあります。何となく思ってることが伝わっちゃうやつですよね」
「私もあるけど。でもそれだけであんなに強くなるものかね?」
エリちゃんの疑問ももっともです。それ、私も思いました。
彼の強さをよく知っているはずのアニエスさんも、なぜか同意するように頷きます。
「そうなんですよね。元々はただ想いが伝わるだけの力でした。だからユウくん、最初はほんと弱っちくて。今のエリちゃんなんかより全然。随分苦労したみたいですよ」
まるで自分が見てきたような語り口でした。
「色々あって、弱いままではいられなかったから。壮絶な戦いと試練の果てに――辿り着いた」
そこまで言うと、アニエスさんは何かを思い返すように瞑目しました。
わずかに下唇を噛んだところには、深い悔しさと懐かしさが入り混じっているように見えます。
再び目を開けて言います。
「想いの力を高めていくと、ついには現実に到達する、と言いますか。専門用語でラナソーライゼーションって言うんですけど」
「もうちょっとわかりやすく!」
「スポーツとかで、みんなの想いが力になりましたってよく言うじゃないですか。あれの究極みたいな感じです」
「なるほど」「なるほどです」
「現実こそが心の力によって覆る。ユウくんはただ一人、その領域に到達した者なんですよ」
へえ。そうだったんだ。
想いが力になる。言葉にすれば簡単ですけど。
そんな身近なところが、あの頭おかしい強さの根っこだったなんて。
何だか不思議ですけど。とてもユウ君らしくて素敵ですねっ。
「そうだ。元気になれって心を込めて、手を握ってあげて下さい。実はそんなことが一番よく効くんですよ」
「そうなんですか?」
勧められるがまま、おずおずと彼の手を取ると。
ユウ君の寝息がすっと安らかになりました。
ほんとだ。効いてるっぽいです。
「ね。ほんと寂しがり屋で甘えん坊なんですから。そこが可愛いところなんですけどね」
「激しく同意します」
「こいつら、好き同士でやがる……!」
エリちゃんの突っ込みは置いといて。そこからしばらくはユウ君トークで盛り上がりました。
さすがライバルです。いいところをよくわかっています。君とはいい酒が飲めそうですな!(未成年)
ずっと楽しい話をしていました。そこでふと、アニエスさんが真剣な表情になりました。
「アキハさん。せっかくですから一つ、大事なことを伝えておきたくて」
「はい。何でしょう」
「あなたが世界を斬る剣と呼ぶものですが」
「はい」
「あれはつまり、心の剣なんです。本当の名を心剣《センクレイズ》と言いまして」
「心剣《センクレイズ》、ですか」
何だか物々しい名前です。
実はこっそり技名付けがちなユウ君ですが、これも何か由来があるのでしょうか。
「そう。心力をもって剣を振るうとき、現象世界を超えて人の想いの及ぶ果てまで届く。およそすべての概念、理――あらゆるものの本源を断つ深青の剣。あるいは世界を改変する鍵。そういう、とてつもない代物です」
けれど。だから。それゆえに。
どこか苦虫を嚙み潰したように俯いて、アニエスさんは続けます。
「ただ……すべてを斬ることができるだけなんです。振るうと決めた先をただ傷付けるだけ。決して誰かを癒すことはない。直接救うこともしない」
「それって……」
何となくだけど。彼女の言いたいことがわかってしまいました。
「そう。この人は。本当は何もかも救いたいと願っているのに。『終わらせること』しかできない。ずっと、そういう宿命を背負って戦ってきました」
それは――本質的には、この世の何よりも残酷な力なのだと。
あなたの知らないところで、たくさんの命を終わらせてきた。
どうしようもないものを終わらせてきた。
力あるものとして。誰よりも過酷な運命に立ち向かう戦士として。
一見頼りなさそうな仮面の裏には、極めて冷徹な覚悟と恐るべき精神が宿っている。
いざやるとなれば、本当に世界だって何だって斬ってしまうでしょうと。それが「できてしまう」人なのだと。
聞いていて、いたたれない気持ちになってしまいました。
けど私、知ってます。ユウ君がとても優しい人だってこと。
「でも私、ユウ君にはいっぱい助けてもらいましたよ。さっきだって!」
「私もよ! 最悪でくそったれ契約をすっぱり断ち切ってもらったわ!」
私たちの精一杯の反論を受け、アニエスさんが一番嬉しそうでした。
「ふふ。ま、どんな力も使い方次第ってことです。ユウくんはいつも、できれば優しくあろうとしている」
だからそれを支えるために。
「あたしたちがいるんですよ。誰よりも先頭に立つ者が、なるべくつらい決断をしなくて済むように。少しでも優しい世界になるように」
そう言って胸を張るアニエスさん。本当に誇らしげでした。
うわぁ……。何だかすごい話を聞いちゃったなあ……。
それに。私のライバルって、みんな強くてかっこいいなぁ。すごいよ。
翻って私って……いつも守られてばっかりですもんね……。
つい我が身を情けなく思う私を優しく見つめて、アニエスさんは微笑みかけました。
「でもねアキハさん。あたしには、あたしにしかできないことがあるように。あなたにもきっと、あなたにしかできないことがあるんですよ?」
「本当ですか? 私なんかが」
「はい。ユウくんは言ってました。あなたは……やっと廻り遭うことができた奇跡の人なんだって」
「それって、どういうことですか?」
残念ながらその疑問には答えてくれませんでしたが、ただ彼女の視線はいっそう慈愛に満ちていました。
「アキハさん。あなたにはたぶん、あなたが思っている以上の力があるんです。単なる強さとは違う。あなたにとってははた迷惑なだけかもしれない。けれど、
「…………」
「ユウくんが残りの人生を、いっぱい笑って過ごせるように。この人はもう旅人じゃない。十分頑張ったんですから、あとは幸せになっていいと思うんです」
……旅人って何だろう。この人は何をどこまで知っているのでしょう。
私には、彼女の言っていることの深さ。その一端も真には理解できないのですが。
それでも、本当にユウ君を愛していることだけは伝わりました。
「だからアキハさん。ちゃんとユウくんの隣にいてあげて下さいね。決して手を離してはいけませんよ?」
「えっと。はい! ですね。どこにも行かないように、ちゃんと手を握っておきます」
「いい返事です。クラス召喚でしたっけ。そのくらいのことならきっと、後にはただの笑い話になるんです。それでいいんですよ」
想いを込めて、彼の手をさすってあげると。
良い夢でも見ているのでしょうか。ユウ君は穏やかな顔をしていました。
そこへエリちゃんも手を重ねます。
「私も助けてもらった身だしね。精々良いお友達でいてあげることにしますか」
「あたしも。今後とも良き後輩として」
こうして三人から生暖かい目を向けられ続けることになった、眠り姫のユウ君でした。
隣のクラスメイトが世界を斬る剣とか使い出してマジでやばいんですけどっ! レスト @rest
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