俺が主人公だなんて聞いてない

@Bub_and_peace

第1話 俺が主人公だなんて聞いてない

その時諏訪の鼓動は誰よりも忙しなく、酔いは回り切っているというのにその場を楽しむなんてできる状況ではなかった

これは20歳以上の面子で忘年会をしていた時の話

ー以下は面子である。OFF:諏訪 太刀川 冬島 堤 来馬 東 木崎 早番:二宮 加古 遅番:東 風間


 諏訪と太刀川は部下たちとの予定も無く本部出発であった為諏訪の隊室に太刀川が迎えに来る予定となっていた。しかし諏訪のくたびれたiPhoneが時間を知らせても一向に現れない太刀川を呼びに諏訪は重い腰を上げドカドカと見飽きた廊下を踏み鳴らして歩いていた。


大人全員の予定を合わせての飲み会は年に一度、無理をして時間を作ったりかなり前からスケジュールを押さえたりして程々には楽しみにしていたうちの1人が諏訪だった。

自分の隊室と全く同じ作りの自動扉をタッチで開けると、あろうことか太刀川は暖房MAXの部屋の長ソファで寝こけていたのだった。

なんだ出水は居ないのかと世話係の不在に悪態をつきながらどかーっと重いソファを蹴ると反動で太刀川が地面にぐずぐずと雪崩落ちていく。

持ち主と同じようににTシャツがめくれあがり見たくもない物が諏訪の目に飛び込んでくる。乳首……もそうなのだがその突起の根本に痛々しく食い込んだ小さな鉄の輪形。「諏訪さ……あ!タバコ!!タバコ床に落としてる!」

むくりと上半身を持ち上げた太刀川がシャツも直さずに何度か同じことを言っていた。

はっ、と一度床に目をやるが意識と目線は磁石になってしまったのだろう、その金属にはりついて戻ってこない。

あ、やべと言ったか言わずか太刀川がやっとシャツを下ろした頃には部屋の中の熱は遠く逃げ切ってしまっていた。


 改札から出て飲み屋に歩いて向かう道すがら諏訪は思い過ごしなのだろうがいつもほど会話が滑らかでない気がして居心地を悪くしていた。

お気に入りのビンテージスカジャンは少し今の季節には薄い。どれにソワソワしているのか分からず歯痒いままなので、今脳内を占めているひとつの事についてやっぱり聞いてみる事にした。

「あのよ、ちあ、乳首ピアスって、い、たいんじゃねーの?」

太刀川は流れる塀を見送りながらいつもの調子でへらへらと答え始めた

「あ〜痛みは本当耳とかの比じゃなくて、でもそれに耐えたから今やっと相手と精神的にベストな関係に落ち着いたっていうか…それまでは喧嘩ばっかりだったし、何考えてるか分からなくてしんどかったんすよ……」

タバコに火をつけるのはもう1ターンあとにしようと諏訪は手を両手を口の前で止めた。

「あ"……お前の女メンヘラか何かかぁ!?自分の男にチクピ開けさせるなんて独占欲強ぇの?……おっと悪ィ、人の趣味によ……」諏訪は直前までの滑りの悪い会話から解放されてついつい何のカバーもかけずに口から出した言葉たちを咄嗟にブレーキする。勿論太刀川の恋人が男であり、あの二宮匡貴とは知らずの発言であった。


太刀川はというと諏訪の言葉の好きなところだけを器用に耳に入れており「あ〜まぁ、そっか、独占欲強い……そうなるのか」と目尻を細めて、ふにゃと上がった口角から犬歯を見せている。

これはとりわけ鈍感でもない諏訪がコイツも結構相手に本気で、でなければこんな手間がかかって痛みの伴う事なんてしないよなと腑に落ちた瞬間だった。

このどう見ても淡白そうな太刀川をここまで熱中させる女を想像してみたがボーダーの戦闘隊員を何人か思い浮かべたところで捗らなかったのですんなり諦めて

「で、それって何どれくらいの期間痛ぇモンなの?開けたばっか?付けっぱなし?」と質問ボタンを連打する諏訪に太刀川は嫌な顔せずぼちぼち答えていく。

太刀川が言うには穴は一年以上前に開けたもので初めの1週間はかなり痛くて熱も出た為大半をトリオン体で過ごしていた事、半年前から殆ど定着しているが、普段はファーストピアスーこれは同じデザインの物をもうひとつ持ち歩き夕方一度綺麗なものと取り替えるー、会ってる間は相手の所持している"合ってる時用のピアス"に付け変えるということだった。そこまででもかなりのハードコアな内容に「へ、へぇ……」とか「マジか……」しか返せない諏訪の歩調は次第に早まっており

「まぁ、ピアス開けてって言ったのも俺だったし着脱はいつも相手なんですけどね」とこれまた悪びれもなくヘビィな発言で諏訪を再度閉口させところで2人は飲み屋に到着するのだった。


 会が始まって30分程経った頃、諏訪の元来持っている好奇心やら恋バナ好きがアルコールに底上げされてやはりさっきの続きを欲しがった。遅れた2人が結局端で隣同士に座ったという事はかなり大きいのだが。

なにせこういう事はニッチな世界だという偏見を持っていた。それが身近な後輩にやってる奴がいて、そいつが普段カジュアルで飾らない、ピアスの一つも着けない奴だった事にアンバランスさを感じ一層興味をそそったし。もうどんな相手かも気になって仕方がない。

酒を勧めたくともこの後遅番の防衛任務に交代で行く為素面でいなければならなかった太刀川に酒を煽れない諏訪は少々小言を垂らしながらも、ピアッシングをして何が変わったのか、実際つけてみてどうか、感度や行為にどんな影響があったか酒の席という事で無節操にかつ小声で聞いていく。


要は絆なのかもしれない。

まずピアッシングに至るまでに二宮と太刀川は初めて一つのことに向き合った。身体に傷をつける行為の為おふざけでは済まない。開ける方の責任と開けられる方の覚悟が要るので何度も話し合ったし準備にも時間を割いた。今まではしなかった本心で話す事もした。

自分の手で持つニードルが相手の身体を、しかも性感帯を貫通する、あるいはその逆が起これば常人なら鮮烈な出来事となって記憶に焼き付くだろう。ヒーローのような仕事をしていてももまだハタチそこそこの子供に変わりはない。結果ピアスを中心に2人は首輪で繋がれた犬のようになり逃げられなくなった。

これまでは衣服を取り払い熱をを打ちつけ合っている状態でしか互いの形を確認できずそれ以外では目隠しをしながら刃物を振り回しているような痛々しい2人だったのだが、そんな2人が一緒にこの事について調べたりケア用品を選びに薬局へ行ったり二宮が毎日身体の具合を伺うメールをよこしたりと、恋人として急速に安定したのは事実。

この絆は開けられた方より寧ろ開けた方を縛っていると太刀川は思う。二宮にかかった"自分のエゴで他人の身体に穴を開けてしまった"という甘い呪いは地獄みたいだった2人を救う数少ない手だったように思えた。2人はずっとこんな風に鎖に繋がれたかったのだろう。

そして感度については正直わからない。何故なら心がピッタリと結びついたセックスはあまりに気持ちがよく前戯だろうが交わっている時だろうが、たとえ胸だけに絞ったとしても攻め方はバリエーションに長けていたからだ。つまりは最高。


要所要所で入る諏訪の好反応や鈍い悲鳴、感心したようなそうでないようなリアクション達の全てが太刀川には面白かった。

ここまでを二宮という恋人の名前だけを伏せて

おおまかに説明してきたが諏訪は案の定どんな女だとか写真は無いのかと何度も尋ねてくる。

しかしカミングアウトするかどうかは1人では決めかねるので丁寧に別の話にすり替えておりこういう時酔っ払いは有難いと思った。

「で……ぇ?女の写真、あんだろ?」

「あ〜いや、無いんすよそれが……」

「アホ言え〜!1年以上付き合ってて無い訳あるかよ、俺が酔ってるから何とかなると思ってんだろお前!!ナメんな」圧のない強弱が凸凹な喋り方は完全にアルコールが回りきっていると太刀川でも、分かる。

「何ダァ?見せらんねえほどの、不細工かもしくは美人か……?」

「……んーまぁ美形ではある、かな」と太刀川が小さくこぼすと

「ウーワッ」と諏訪は虚空に鼻息を飛ばした

「さては俺も知ってるやつだな」といきなり鋭いことを言われて一瞬たじろいだ太刀川の反応を見逃す諏訪ではなく

「わーったよ、じゃぁ特長!特長10個教えろ?よそしたら写真はあきらめてや〜る〜」くるくる回す100円ライターを見ながら半分拗ねたような諦めたような、諏訪らしからぬ可愛い物言いに太刀川は相手についてのストッパーを少しだけ外しても良いかなと思わされてしまった。

もちろんこれも諏訪の戦略の一つなのだが。

「え〜っと、じゃぁ10個だけっすよ〜」

「あ〜まず神は栗毛で、身長は高め、フォーマルな服装よくしてるかな〜。え、10個多くないスか?」だらけたポーズで指を折り折り聞いていた諏訪は続けろと顎で催促する。

「髪型はショート、え〜っと大学生、あ〜同い年、あとは目が二つ鼻がひとつ〜」

「おー却下却下ぁ!まだ6個ォ〜!」

「ゔ〜礼儀正しくて仏頂面でiPhone12使っててジンジャエール好きですはい終わり!!これ以上もう無理!!」太刀川はバレた可能性を危惧し耳を塞いであ〜あ〜やっている。

ここで聞こえてきた「お連れ様で〜す」の店員の声に振り向くと、レイジが遅番の東と太刀川を本部まで送り届けるべく迎えに現れた所だった

「うぉ、もうそんな経ったか?」

諏訪は自分のぬくくなったジョッキが小さな池の上に浮いている事に少々驚きつつも一旦テーブルの上を少し片付けて太刀川達を素直に見送るのだった。


 それから30分と少し経った頃だった。また例の店員の声が聞こえてレイジに続き二宮と加古がお疲れ様ですと個室に入ってくる。礼儀正しい二宮はレイジと加古を上座である奥側へ促し出口に一番近い諏訪の隣りへと座った。

「お〜ッス、お疲れさん〜!悪りぃなさきはじめてて」

「お疲れ様です。いいえ」

「お前同級生の加古にも礼儀正しいのな」

「ありがとうございます、まぁ女性と言う事で……」

「いや、褒めてンだよなんで仏頂面?!お前も変わらねえなぁ〜で、何飲むよ?」

「初っ端からビール入れると悪酔いするんでまずジンジャエールいいですか?」

「ジンジャエールって女子かよ!」ん?とこの辺りでどこかで聞いた言葉の並びだなとよぎったがここは酔っ払い、元気にスルーした。


それからは向かいの堤や東、風間を混ぜ混ぜせっかくなので仕事以外の話を楽しんでいた折店員が追加注文のビールを持って来がてら「お客様の中で男性トイレにこちらをお忘れの方いらっしゃいませんか?」とキャンパスのバネ式コインケースを胸の辺りで差し出すように見せていた。

「何何?お洒落なケースね、中には何が入っているのかしら?」と加古。店員が中身を掌の上に出し

「ピアス……ボディピアスですかね?」と店員。スマホを見ていた二宮と今まさにタバコに火を付けたばかりの諏訪は同時にその店員の方を見上げた。

2つの腱膜に「お、お客様の物で……」と言いかける店員の言葉にかぶさるように

「太刀川の、帰った連れのものです……ありがとうございます……。」と二宮


その場にいた人間は「な〜んだ太刀川のか〜」とか「あいつピアスなんか開けてたのか」とか「二宮良く知ってたな〜」とか言っている。

そう、とりわけ仲が良くもないむしろ悪いくらいの二宮がよくもまあ知っていたものだ。もうこの辺りから諏訪の中では答え合わせの赤ペンは走り出していた。

栗毛でショートな高身長、丸。礼儀正しくて仏頂面、丸。フォーマルを着こなしてジンジャエールを嗜む太刀川の同級生iPhoneユ〜ザ〜……血の気が引いていく。

極め付けに見える所の何処にもピアスを着けていない太刀川の落とし物のボディピアスを即答で引き取った事でもう答えは出ていた。コイツが太刀川の女だ……!!

嫌でも二宮と太刀川の生々しい下世話なやり取りを脳内再現できてしまう先ほど根掘り葉掘り聞いた自分を呪わずにはいられなかった。

太刀川に対して何を言ったか、裏ではどう接しているか、どんな気持ちで見つめているか、知ってしまったのだ。

そのうちこの男の隣に居ることに気恥ずかしさがドカドカ込み上げてきて完全に回っているはずの酔いは息をひそめ

ーなんで俺がこいつに照れないといけねェンだ、ボケ!ボケボケボケ!せっかくのタダ酒が不味い、クソ!ー

と顔を真っ赤にしながらタバコを一気に短くするしかなかった。

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