天を追われたアポロ
藤和
天を追われたアポロ
「は? 呪術師学界を追放された?」
僕が所属していた呪術師学会の一派から追放するという通知が来たという話を友人のペリエに話したら、当然のことのように驚かれた。
僕とペリエは大学の呪術科で一般教養の単位がよく被っていて知り合った。ゼミ自体は別々だったけれども、お互い講義を休んだときなどにノートを写し合ったりしていた。
そんな学生時代からの付き合いだから、ペリエは僕のことをある程度はわかっている。だから驚いたのだろう。
「え? ほんとに追放されたの?」
「うん……もう学会にも行かせてくれないし、論文も投稿出来ないって……」
先日僕のところに届いた追放の通知のことを思い出して、僕は思わず俯く。俯いてすこしずれた顔の上半分を覆うマスクの位置を直していると、ペリエが自分が付けているマスクの、頬にかかっている縁の部分を指で叩きながらさも不思議そうに言う。
「でも、まさかアポロが学会を追放されるなんて……
学会追放ってなるとよっぽどヤバい説を立てたとか、禁呪に手を出したとか、そんなでもない限りそうそうないだろうし。
しかもアポロの論文は学会でも評価高かったじゃない。理由とか書面に書いてなかったの?」
そう、ペリエのいうとおり、僕の論文は学会でも評判がよかった。専門書とは言え、一般書店に並ぶような本にだって載るほどだった。そんな僕がなぜ? と考え込んでしまったペリエに、僕はマスクの上から手で目の部分を覆って返す。
「学会の年会費を五年分滞納したからって……」
「は? 年会費?」
素っ頓狂な声を出すペリエに、僕は頷いてから言葉を続ける。
「あと、論文の掲載料と投稿料を三本分滞納してて……」
「なんでそれで今まで在籍できてたの?
そっちの方が不思議なんだけど?」
呆れた声でそう言うペリエに、僕は息巻いて返す。
「だって、論文の掲載料と投稿料を滞納してても学会誌に載るほどの論文を書いてたんだよ?
もう少し猶予があったっていいじゃん!」
「いや、年会費掲載料投稿料未払いは普通にダメだわ。追放待ったなしだわ。
むしろ今まで学会に在籍させてくれてたことに感謝して?」
僕の言葉に、ペリエは溜息をついてそう言う。それから、ふと思い立ったように右手の指を折ってなにかを数えて驚いたような声を出す。
「えっ、まって。年会費五年分未払いって、大学卒業後一回も払ってないってこと?」
「そうなる」
「バカ! おバカ! なんでその状態でしれっと学会にいたのよ!」
「いさせてくれたから?」
「会長に死ぬほど感謝して!」
大きめの声で僕を責めるペリエの方を、同じ喫茶店の中にいる他のお客さんがちらちらと向いている。そのようすに気づいたのか、周りを伺ってからすこし身をかがめて頬を押さえているペリエに、僕は小声で、けれども熱のこもった声で主張する。
「でも、やっぱり追放なんて納得いかないよ。そんなお金のことくらいで、僕みたいな優秀な呪術師を学会から追放なんて、絶対に大きな損失だと思うんだ」
それを聞いたペリエは、頭を抱えてから、また溜息をついて僕に訊ねてくる。
「でも、もろもろ滞納した状態で学会にいさせてくれたなんて、年会費払えないくらい生活が苦しくて、それが考慮されてたのかな?」
どうやらペリエは、僕が年会費を払えない状態にあるというのが納得いかないようだった。
「なんか、どうしてもお金が足りなくて……」
泣き言を言う僕に、ペリエはやっぱり納得いかないような声で確認してくる。
「そうは言っても、話を聞く限りアポロも人並みに仕事が来てたんでしょ?
よっぽど安値で仕事を受けてたとか、もしくは家族になにかあってそっちにお金を使わざるを得ないとか、そういうことがない限り年会費くらいは払えると思ってたんだけど」
それから、掲載料と投稿料はたしかに厳しいけど。と付け足す。
ペリエの問いに、僕は溜息をついて事情を話す。
「実は、大学時代から延々増え続けてる蔵書を収めるのに庭に大きめの書庫を増築したらお金が無くなっちゃって……」
「ん~、おバカ! 気持ちはわかるけどこのおバカ!」
「だって書庫欲しかったんだもん……」
僕の頭のてっぺんを指でぐりぐりと押しながら、ペリエはすっかり呆れてしまったようだ。めそめそする僕の頭をしばらくぐりぐりした後、ペリエは指を離して頬杖を突く。
「蔵書が増えがちで書庫が欲しいのはわかるけどさ、年会費を払えないと学会にはいられないのはそれはそうなの」
「う~……」
それでも、僕みたいな優秀な呪術師を追放するなんてと納得のいかない僕に、ペリエはとくとくと話して聞かせてくる。
「学会はね、優秀な学会員を集めて研究を推進するのが目的だけど、その目的のためにはお金がいるの。そのお金はどこから来ますか?」
「……年会費……」
「そう、その年会費を払わない学会員をいつまでも在籍させてると、経営が成り立たなくなっちゃうでしょ。
アポロの例は異例中の異例なんだから。
滞納即追放だからね? 普通は」
「ううう~……」
お金が無いと経営が苦しくなると改めてわかって、自分の身の上と学会とを重ねる。それでようやく、年会費や掲載料や投稿料の滞納がとんでもないことで、いままで在籍させてくれていたことは、本当にお情けだったのだなとわかった。
だから僕は、思いを新たにペリエにこう宣言する。
「今からお金を貯めて今までの滞納分を払って、絶対に学会に復帰してやる!
それで、僕がいなかった空白期間を後悔させてやるんだ!」
「う~ん、空白期間はアポロの自業自得ね~?」
ペリエはまだすこし呆れた声をしていたけれども、僕の熱意が伝わったのか、くすりと笑ってこう言った。
「これから貯金して年会費を払う気があるなら私も応援するから。がんばりなさい」
「僕はやるぜ僕はやるぜ」
そうして、僕の心に学会に返り咲くための準備をしようという決意がみなぎった。
ペリエとの喫茶店でのおしゃべりも終わり家に帰って、僕は早速今後の収支の見込みを計算した。
向こう一年分、どれくらいの仕事がはいるかの予測を計算して、それを元に収入見込みを出す。仕事がはいるかどうかの計算なんて、大学の時に数学の講義で因果推論をやってなかったらできなかったな。
なにはともあれ収入見込みを出して、食費や光熱費もろもろの生活費や書庫のローンなどの出費見込みも出す。その結果、今の収入だけでは滞納分の学会の年会費を貯めるのには収入がすこし心許ないことがわかった。
貯金できないほどではないので、それこそ十年とか二十年とかの長期計画で積み立てていくなら滞納分は貯められるのだろうけれども、そんなに長いこと学会から離れているなんてがまんならない。離れている間に僕のことが忘れ去られるなんてことがあったら嫌なのだ。
そこで、すぐに本業の呪術師以外の仕事も探そうと思い立つ。
ぱっと思いつくのはアルバイトだろう。けれども、いつ仕事がはいるかわからない呪術師という仕事柄、シフト制のバイトはやりづらい。
それなら、確実にスケジュールが空いている日に入れられる日雇いの仕事はどうだろう。そう思ってパソコンを立ち上げて検索をしていると、小説の公募のweb広告が目に入った。
広告を見て、僕はいつも趣味でやっているあることを思い出す。僕は趣味で、webの小説投稿サイトに小説を投稿しているのだ。
しかも、その腕前はそこそこで、ジャンル別とはいえ日刊、週刊、月刊、それぞれのランキングで百位以内に頻繁に入るランカーなのだ。
ここで小説の公募の広告が目に入ったのもなにかの縁だろう。入賞すれば賞金が出る公募もあるみたいだし、僕は自分の小説の腕を試してみようと思い立つ。
早速電子書籍で公募の情報を集めた雑誌を購入して、自分の方向性に合っていそうな賞を探す。かなりの数ある公募の中から方向性と締め切りと文字数制限を考慮して選んで、目標を定める。
大体の賞は、締め切りが来年の前半頃。そして今は上半期。今から取りかかれば複数応募することも出来るだろう。
これで入賞して賞金がもらえれば一発逆転だ! そう思った僕は、早速公募の応募作品を書く準備をはじめた。
それからというもの、呪術師の仕事の合間にパソコンに向かってキーボードを叩く日々が続いた。
今までも投稿サイト用に小説を書いてはいたけれども、こんなに集中して小説を書くのははじめてかもしれない。
そんなわけだから、投稿サイト用の作品まで手が回らない状態になったので、投稿サイトに新作を出すのはしばらくお休みすることにした。僕のことをフォローしてくれている人に心配をかけないように、そのことはプロフィールに記載した。これで走りきるまでは後戻りできない。
僕は日常の合間に、今まで以上に小説を書くことに没頭していった。
そんな日々が数ヶ月続いた。こんなに根を詰めて文を書くのは論文の時でもそうそうないので正直言って疲労困憊だ。
なんとか本職である呪術師の仕事には影響が出ない範囲でやれていて、一ヶ月から二ヶ月に一件投稿出来ていたのでかなり頑張れた方だろう。結果として締め切りまでに四件ほど公募に応募できたので上々だ。
これでどれか一件でも賞が取れれば学会の年会費の足しになる。そう思いながら久しぶりにゆっくりとミモザを浮かべたコーヒーを飲んでいると、あることに気がついた。
公募の結果が出るまで、これからさらに半年はかかる。
そうだ、そんなに時間が掛かるならやっぱりもっと他の仕事を探せばよかった!
そう思いはしたけれども、執筆をしている時間はやっぱり楽しかったし、やりきった感はある。やっぱり僕は、小説でも論文でも、書くことが好きなのだ。
とりあえず原稿に希望を託して、これからでもまた別の仕事を探してお金を稼ごう。とりあえず今はコーヒーをじっくり味わって疲れを少しでもとって、またスキマ時間に出来る仕事を探そうと思った。
それからというもの、僕は呪術師の仕事以外に、webのコミッションサイトに登録してたまに来る執筆依頼で細々と稼いでいた。
もっとも、その仕事は途切れることも多いのでわずかな稼ぎだけれども。
そんな細々とした稼ぎで少しずつ貯金を貯めて数ヶ月。応募した賞の結果が発表される頃になった。
公募に応募するにあたって、ペリエに必勝祈願のまじないをかけてもらったりもしたけれどもどうだろう。とりあえず結果発表を見に行かないとなにもわからない。
結果発表を見るためにパソコンを立ち上げ、いつもの癖で真っ先にメールを立ち上げる。すると、ダイレクトメールに混じって、応募した賞の出版社が差出人のメールを四件ほど受信していた。
まさか。そう思いながらメールを開いていくと、今回応募した賞全てで、大賞を受賞していた。
「やっ……たー!」
メールにはそれぞれに、書籍化の打診のことなども書かれていたけれども、なにはともあれ賞金だ。この賞金全部を合わせれば、滞納していた学会の年会費も掲載料も投稿料も全部支払える。支払って、それでも残るくらいだ。
これで僕は学会に戻れる。
待ってろよ、呪術師学会!
そして僕は、今まで滞納していた年会費と掲載料、投稿料を完済して、新年度の年会費も払って呪術師学会に復帰した。
学会に戻って最新の学会誌を読んで僕は驚いた。学会誌に載っているものだけでなく、様々な論文での僕の論文の引用数がすごいことになっていたのだ。しかも、否定的な引用ではなく肯定的な引用がほとんどだ。
久しぶりの学会で、僕は学会員達に歓迎された。僕に引用数を抜かれた重鎮達は悔しそうな顔をしていたけれども。
これで僕は、また呪術師として上を目指せる。いや、もしかしたらもう結構上の方へのし上がっているのかもしれない。
そのことを実感して学会から家に帰り、パソコンの通話アプリでそのことをペリエに報告した。
「あらおめでとう。よかったわね」
「やってやったよ。
でも、これからは小説家との二足草鞋かな」
「ああ、デビューの話も出てるのよね」
僕にまじないをかけてくれたときにも思ったけれど、ペリエは本当に僕のことを応援してくれていた。だから、この報告もよろこんでくれた。
しばらくおめでたい話をして、ふとペリエが意地悪っぽい声でこう言う。
「でも、また年会費滞納したら追放だからね?」
「今度は気をつける」
とは言うものの。積んである本に目をやる。
「でも、新しい書庫欲しいなぁ」
「そういうとこやぞ」
そうやってペリエと笑い合って、清々しい夜を過ごした。
天を追われたアポロ 藤和 @towa49666
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