140.ズルくて汚い僕は内緒だよ

 ラーシュやイェルドは教えてくれないし、アスティ達も首を横に振る。でもね、僕……本当は知ってるの。あの子に呪術が返ったら、きっと痛い目に遭うんだよ。


 可哀想だと思うけど、助けようとまで考えない。僕は薄情で冷たい人なんだ。大切なアスティやボリス師匠に剣を向けられたら、僕は戦うよ。ヒスイに切り掛かる人がいたら、突き飛ばして僕も剣を抜く。そのために鍛えたんだもん。


 一番最初にボリス師匠が教えてくれたのは、剣を持つことの覚悟だった。人に武器を向けるのが剣術、誰かを倒そうと磨くのが体術。どちらも相手がいる。敵に武器や殺意を向けたら、それは自分に返ってくるよね。


 僕だって嫌いと言われたら、好きになれない。そういう話がもっと難しくなると、殺意になるんだと思う。ボリス師匠を殺そうとしたなら、あの子は死んでしまう。だけどね、僕は冷たいから。


 ボリス師匠とあの子だったら、師匠の方が大事。アスティはもっと大事だよ。あの子が可哀想でも、僕はアスティしか選べない。こんな僕を知ったら、アスティが僕を嫌いになるかも。怖いから黙って知らないフリをした。ズルくて汚い僕は、アスティに手を伸ばす。綺麗で優しくて強い人に、汚い手で触れた。


「アスティ、一緒に寝よう」


「ええ。そうね、疲れたでしょう」


 優しく指先に頬を撫でられ、黒髪を乾かしてもらって、ベッドに潜り込む。抱っこして、僕からも抱き付いて目を閉じた。






「それで後悔してんのか」


「ううん。後悔なんてしないよ」


 シグルドは僕の考えなんてお見通しだった。夢で会うなり、手招きして肩を抱き寄せる。それで耳元で聞いた。後悔する資格があるのか? って。


「あの少女だが……もしかしたら、俺の番の可能性があるな」


「え?」


 シグルドの番? あの子は獣人だから、番がわかる。だけど僕じゃなくて、僕の中にいるシグルドを求めてたの? きちんと話せなかったけど、ご飯も残しちゃったけど。悲しそうな顔をしてた。


 僕も番のアスティに「嫌い、来ないで」と言われたら悲しい。きっと身体中の水がなくなるくらい泣くよ。本当にシグルドの番なら……。


「シグルド、僕の体で彼女と話をする?」


「いや。そんな簡単に体を貸すなんて言うな。俺が悪い考えで乗っ取ったら、お前の大事な番を泣かせることになるぞ」


 そうやって注意してくれるシグルドだから、体を貸しても平気。でもシグルドは、僕を裏切りたくないんだ。簡単に誘いを向けるのも、あまり良くないのかも。


「いいか? 誰でも悪い方へ傾くのは簡単だ。そのほうが正しく生きるより、ずっと楽なんだ。だからさ、一度失敗した俺にチャンスを与えるな。二度と外へ出さなくていい」


 言い切ったシグルドの顔は、明るかった。ぽんと僕の背を叩いて、笑う。全然気にしてないみたいに……でも手が震えてる。番に会いたくないはずがないよね。でも、死んでるから我慢したんだ。あの子を縛りつけたくないから。


 優しいシグルドのために出来ることはないか。僕はアスティに相談しようと決めて、目を覚ました。

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